第十六話 虚言
「その日から、宿泊客である旅人さんたちが、同じような形で亡くなっていき……。一ヶ月後には、お国からのお達しがあり、ロストフォレストは封鎖されることとなりました。」
「……とても、お辛かったでしょう。案内人という立場で、何人もの犠牲を目にして。」
静かに、声を震わしながら、久遠は幼い少女に向き直る。
こういう時、いったいどんな言葉をかけていいのかわからない。
でも、今の久遠の声は、なぜだか、泣きたくなるほど優しい声をしていた。
「……ありがとうございます。クオンさんたちは、本当にお優しい方達なのですね。」
顔を上げたスカーレットは、その桃色の唇をあげて、微笑んでいた。無理やりあげたかのように、唇の端の方を震わせながら。目にはうっすらと涙を溜めながら。
「私が答えられることは全部話します。だから、どうかこの村を助けて欲しいんです!」
改まって、真っ直ぐに背筋を伸ばして座り直す。手の甲で涙を薙ぎ払った彼女は、ただアメリアの目を真っ直ぐ見つめていた。
「私も、この村を助けたいんです!このままじゃ、旅人さんどころか、村のみんなだってずっと沈んだままで、そんなの私絶対嫌なんです!」
グッと握られた拳を震わせて、幼い少女は声を張り上げる。客人三人には広すぎるホールに、意気込んだ声が響き渡った。
「ええ。そのつもりでございます。先ほども言いましたが、私、陰陽師というものは鬼人や呪を祓うのもお役目の一つ。全身全霊で呪をお祓いいたしましょう。」
「本当に、本当に、ありがとうございますっ。」
感極まった声が、頭上に降り注ぐ。
久遠はいつも自信に満ち溢れている。それでいて今のように頭を下げ、敬意を忘れない。
アメリアにはできなかった。そんな自信に満ちた言葉も、態度も。今だって、ただ黙り込んで二人の様子を眺めているだけだ。
「フラン様は、その心遣いだけで伝わりますよ。」
「え?」
不意に目が合う。
隣の、雪色の袖を口元に持って来て、その穏やかに細くなった狐目。
「さて、もう少し情報が必要ですね。私が今から尋ねる問いに答えていただくことは可能ですか?」
「はい、もちろんです!」
さっきの言葉の意味がなんだったのか、確認する間もなく、久遠による取り調べが始まっていく。
しかし、なんだか先ほどより、居心地が良くなっていた。
「まず、ご遺体に傷や誰かにやられた模様はなかったのですか?」
「はい。それが呪いだと言われる原因です。切り傷や殴られた痕、血液などは見つかりませんでしたし、首を絞めたあともなかったです。魔力のあとも、誰かが入った形跡も全くなかったので、自殺とも他殺とも言えなくて。」
スカーレットはそういうと、そばにあったポットの水を三つのマグカップに注いでいく。
「では、噂の通り、完全な不審死というわけですか。」
「そうなんです。毒物を飲まされたというのも考えはついたのですが、毒物を飲んだ後に起こる嘔吐や苦しんだような形跡もなかったんです。」
マグカップに天然じたての水を注ぎ終わった彼女は、ことんと目の前にマグカップをおいてくれた。その取手に手をかけながら、アメリアはそのゆらめく冷や水を眺めていた。
もしこれが呪いなんかではなく、誰かが殺しているのだとしたら、犯人は必ず村の中にいるのだろう。でも、あまりにも人間離れした方法で殺しているのだ。魔法の痕跡もないのであれば、魔法使いの可能性も消え去る。となれば、もう呪いとしか言いようがなくなる。
「スカーレット様。もっと細かくお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです!」
窓辺からは、まだ斜陽がさしている。そのあとも、久遠による取り調べは続いていった。
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「これはなかなかに難しいですね……。」
土埃が舞う舗装されていない道を歩きながら、隣の白服を着た男は眉毛をひそめた。
それもそのはず。
スカーレットから聞くに、犠牲者の死因は不明、発生時刻にその部屋や宿にいた村の人は誰ひとりとしていない。犠牲者の特徴もバラバラなため、何か恨みがあって呪い殺されたとも言いにくい状況だ。つまり、完全に不審死としか言いようがなくなる。
「不明な点ばかり……。私の知る呪ともまた異なるような。この国の呪とは、一体どういうものなのです?」
「……呪いは、二種類に分かれるの。」
民家の間を通りながら、不意に視線は下へと落ちる。
「環境によるものと、人為によるもの。環境によるものは、魔法性植物や魔物、異常気象によって媒介された呪いのことよ。」
「たとえば、どのような形で媒介されるのです?」
からん、と音がして、すぐ近くの小石が一歩先へ飛んでいく。久遠の風変わりな靴の鈴が揺れ動く。
「そうね……。たとえば、この間久遠が倒したタンザナイトドラゴンの魔力には拘束させる効果があるのよ。だから、あの炎に当たると、一時的に動けなくなる呪いがかけられるの。」
「そ、それは早く言ってくださいよ!あのとき当たっていたらどうなっていたか!」
「あのとき貴方は勝手に突っ走っていたじゃない。」
アメリアがため息をつくと、久遠は頬を膨らませながらも前を向いた。
「それで、人為によるもの、というのは?」
「……その名の通り、人の手によってかけられるものよ。何か強い恨みを持っていたり、似たような感情を持っていると、魔法使いでなくても、呪いをかけることができるわ。」
呪いというものは、この国でも曖昧な存在で、まだまだ謎も多い。
やっとのことで見つけた文献に書いてあった内容も、この分類分け程度だ。
「魔法使いも、呪いをかけることができるのですか?」
「ええ。呪いは、魔法と同じ魔力を原動力として機能しているから、その魔力を操ることができる魔法使いは簡単に使えるわ。でも、呪いは禁断魔法で禁止されているものだから、使えば首が飛ぶけどね。」
西日が優しくこの村全体を包み込んでいた。
不意に、隣を歩いていた久遠が立ち止まる。
鈴の音が止まって、アメリアもゆったりと歩みをとめた。ほんのりと、黄金色の光が、久遠の横顔に当たる。
「どうしたの?」
急に口を閉じて、真面目な顔をするその男に、アメリアは問いかける。
一瞬その群青色の瞳を揺らした彼は、変わらない表情のまま言葉をこぼした。
「いえ、ずいぶんと呪に精通していらっしゃるなと思いまして。」
濡らしたような風が、頬を撫でては彼の前に通り過ぎていく。
あまりにも純粋無垢な問いに、刹那、操り人形のように動きが止まった。
しかしそんな時間も一瞬で、アメリアは笑みをこぼして目を伏せる。
「先生……旅好きな人が教えてくれたの。魔法と同じよ。」
向き直って、進むべき道へと足を踏み出す。
「なるほど。やはりその方は見識が相当深い方なのですね!」
なんて彼ははしゃいで、すぐ隣を歩き始めるけど。
嘘をついてしまった。
先生から教わったわけではない。これは自分で調べた。どうしても知りたかったから。どうしても呪いをとく方法を知りたかったから。そんなこと、この男に言えるわけがない。
「さ、行きましょう。日が暮れる前に、村人の聞き込みをしないと。」
本音を全て背に隠すかのように、早々と急き立て、聞き込みを開始した。
ひとりぼっちの魔法使い、陰陽師と出会う。 安曇桃花 @azumi_touka
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