賢者の専売特許、願いの答え
「現状この世界では、人間が圧倒的優位にある。それは偏に《ギルド》の力だ」
それは治安維持と研究を目的とした、人間の大規模組織。
「人間の安全や秩序を守るためなら、どんな手段も厭わない連中だ。今までどれだけの魔族が犠牲になったか」
魔族はかつて、人間の権利や生存圏を奪った。
だからどれだけ、どのような復讐をしても許される、と。
「でも、人間は魔族より弱い。誰がそんな組織を作れた?」
どれだけ群れても人間が、魔族に勝てるようには、この世界はできていない。
答えがわかっていながら、凪は問うた。
「魔法を使えない人間は、魔族に敵わなかった。転生者が現れるまではね」
およそ100年前に現われた転生者達がギルドを設立。
複数の〖祝福〗によって、少しずつ、だが確実に勢力を強めた。
「大いに活躍したんだよ、特定外来生物達は」
「言い方よ」
酷い言い草だが、この世界に影響を与えすぎてしまっているのは確かだ。
「……でもそれだけならよかった。転生者だけならね。彼らだけを警戒すればいい」
たとえ転生者が数十いたとして、数百万、数千万、あるいは数億の魔族を相手取ることはできない。
〖祝福〗をもってしても、人間の生存圏を確保することがやっとのはずであり。
圧倒的優位に立つにまでは至らない――はずだった。
「ギルドには二人、理外の化物がいる」
――つまりそれらはたった二人で、世界の勢力図を塗り替えた。
「最高執行官〝勇者〟一ノ瀬優希
主任研究官〝賢者〟クリスタ・アルファライト」
「テンション上がる二つ名だ」
ギルドの最高戦力『執行官』、最高峰の頭脳集団『研究官』それぞれの長。
少なくとも片方は転生者だろうと想像する凪は、唾を飲んだ。
「この内、賢者を止めなければならない。彼女は唯一、魔道具の製造技術を持つ」
「魔道具ってのは、こいつだよな」
『空啼』を手に取り眺める凪に、アリスは頷き。
「魔道具は魔法を再現する道具。これがあれば人間は魔族のように……いや、大抵の魔族よりも上手く魔法を使える」
『雷を生み出し操る』とはつまり『雷を生み出し操る魔法を扱う』ということ。
魔道具自体が魔力と、マナを取り込む機能を持っている。
これがあれば、転生者以外の人間も魔族に対抗できるようになってしまう。
たった数十の相手が、途端に数万、数百万と数を増やす。
それなら魔族は不利に――と、しかし凪は眉をひそめる。
「魔道具は誰でも使えるもんじゃないんだよな」
「そうだよ。安全に使えるのは、選ばれし者だけ」
「安全に……ね」
つまり危険な使い方はできるということ。
たとえば『空啼』を抜き、雷を発生させて死ぬことはできるわけだ。
「だがこれ以上研究が進めば、魔道具を安全に運用できるようになるかもしれない。ともすれば、魔族は滅亡する」
賢者を倒し、魔道具の開発を止めさせ、魔族の犠牲を止める。
そうなれば魔族の不利をいくらか巻き返すことができるだろう、と。
「じゃあ勇者は?」
「ムリムリ、あれは倒せない。そういう世界のシステムだ」
「やっぱ勇者ってすげェんすね!」
目以外で笑って優雅に手を振るアリスに、凪もまた笑って、反対に目を輝かせた。
それからすんと口角を落として、息を吐くような声で、アリス。
「本当に、どうしようもないんだ、あれは」
詰みかけの状況でも諦めていないアリスが、ここまで言う相手。
ならば彼に打つ手はないのだろう、と凪は。
「じゃあ、賢者を倒した後はどうするんだ?」
アリスは一転、にこやかに、だが瞳には憎悪をたたえて。
「神を殺す」
「……わっつ?」
地球では有り得ない言葉だった。
存在すらも科学的には証明できない、そんな相手を――殺す?
――だが、そうだ。この世界なら。
自分がここにいることが、世界の理を超えたものの存在、その証明だろう。
「魔族が不利であり続ければ、ファレスは次の手を打つ。するとまた、人間が滅亡の際に立たされる」
既に凪という転生者が魔族の味方として現れている。
次はもっと、大袈裟なことを起こすはずだ。
滅亡のシーソーゲームは、どちらかが落ちるまで続く。
「このままでは、過干渉なお母様の手によって世界が滅ぶ。その前に殺す」
凪にはアリスが、とても冗談で言っているようには思えなかった。
算段があるのか、あるいは夢物語でしかないのか。
そのどちらであっても、アリスはきっと、こう思っている。
「悪党は荒唐無稽な夢を見るもの……とか?」
「なんだ~、わかってるじゃないか」
苦笑する凪は背中を打ち付けるように地面に倒れて、両手を星空に伸ばした。
どうやって神殺しを果たすのか、皆目見当はつかないが。
『私のクソゲーも救ってください』という願いへの答えが、『製作者を殺す』とは、とんだ皮肉だと薄ら笑った。
自分の世界をクソゲー扱いするとは……それはクソゲーにも失礼だ、と。
「協力してくれる、でしょ?」
アリスは凪を跨いで立って、伸ばした両手に指を絡める。
見た目相応に可愛らしく、魔王としては不自然に小首を傾げて。
「拒否権なんてないくせに」
「私は魔王だからね」
なんにせよ、まずは賢者を倒すべく、この魔王に従う他に道はない、と凪。
「じゃあ全部終わったら、俺を元の世界に帰してください」
「んー、ファレスを脅迫できれば、あるいは力を奪えるなら、できるかもね」
アリスはそのまま腰を下ろして、凪の顔の横に手を着いた。
「でも、どうして? そんなに元の世界が恋しいの?」
転生者はランダムに選ばれているわけではない。
才能があり、強靭な精神を持ち、生への執着を失っていなければならない。
だから凪もそうだろうと、アリスは考えていた。
「やり残したことがある。……――あいつら、『逃げるな』ってうるせーんだよ」
最後に配信していたゲームはもちろん、人生からも、逃げたままだ。
「それに、一応16年お世話になってたからな。そりゃ恋しくもなる」
「じゃあ、私と17年過ごすってのはどう? 退屈させないよ」
詰みかけの状況から命をチップに賭け続けるとは、それは刺激的な毎日だろう。
いくらでもあった創作を思い出して、凪は嘆くように呟く。
「……もっと平和に、気楽な転生がしたかった」
「楽なことと楽しいことは違うよ。きっとね」
アリスは優しく微笑みかけて、凪の頬にそっと手を添えた。
「茨の道でタップダンスするのは、さぞかし楽しいだろうな」
彼女ほど聡明な少女に、皮肉が通じないはずもない。
理解して――だからこそ、アリスは。
「タップダンスなら、足つぼとかどう? その方が足裏にダメージありそう」
「冷静に講評するんじゃないよ、恥ずかしいだろ」
言葉の表現について、まさか魔王に指摘されるとは思わなかった、と。
……――言葉の、表現。
「そういや、なんで言葉が通じんの? まさか日本語喋ってるわけじゃないでしょ」
「日本語を話す物好きもいるけれど……全世界に【翻訳魔法】がかけられているの」
「全世界って……なんつーか執念というか……」
転生者に優しい世界にすることは、転生者を逃さまいとする意思の表れだろうか。
それほどまでに価値が――という凪の思考は、別の思考に塗り替えられた。
赤い光が、二つ。
……星ではないだろう。
そんな馬鹿げたことを考えてしまうくらい、それは大きかった。
信じられないほどに大きな大きな――蛇が、見下ろしていた。
❖❖❖
『研究官の記録』
〝賢者〟
知的生命体の到達点として、最もわかりやすく、的確な称号である
彼女は素敵な笑顔で曰く『可愛いからいいわよ』と
……つまり賢者とは、あまねく理論を古典に変える、ただひたすらに極致なのだ
次の更新予定
2024年10月21日 08:06
悪の組織の転生者-ロリ魔王に拾われたので、詰みかけの世界を打開します- 海街ほたる @umihotaru0832
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