転生者として唯一の魔法使い

「『遠雷えんらい』……『鳴神なるかみ』」


 ゴブリン相手には大袈裟な技を好奇心のままに繰り出し続け。

 無限に湧き出るのかと思うほど次々に現われる彼らへの嫌気と、身体が軋むような痛みに凪は息を吐いた。


「……ギャラクレ!」


 リーダー格だろう、布を纏うゴブリンが何か言うと、その仲間達が駆け寄る。

 すぐには数えられないほど大量のゴブリンが集まり、段々と積み上がる。


「ゴブリンってこういう生き物だっけ?」

「世界が違えば、生態も異なって当然だよ」


 そもそも地球にゴブリンはいないが、凪はあんなものを見るのは初めてだった。

 次第に個体の区別がつかなくなるほど、彼らの身体が崩れ出していた。


 恐らく合体……だろう。たくさんのゴブリンが強力な1体になるような。

 察した凪は刀の切っ先を向けた。


「『雷々霆らいらいてい』ッ!」

「ホギャアァあアッ!」


 視界を染めるほどの雷がゴブリン(大)に落ち、悲鳴が轟いた。


「はっはァ! あからさまな強化を待つわけねェだろうが!」

「思ったより……凪、君はこっち側らしいね」


 ゴブリンが泡になってからも鳴り続ける雷は、凪が刀を納めることで止む。

 代償か疲労か、頭痛に歯噛みする凪に、地面に降りたアリスは微笑んだ。


「やるね、凪。まさか本当にそれを使いこなせるとは思わなかった」

「そんなとんでもないものを渡したの?」

「普通は刀を抜いた時に死ぬからね」

「聞き捨てならないなぁ」

 

 魔道具は使い手を選ぶ。

 中でも『空啼』の他6振りの『閃星宝剣』は、製作者達が命を削った最高傑作。

 気難しいそれらに選ばれなければ、いとも容易く命を落とす。


 刀を抜いた時に電撃を食らったことを思い出して、凪はいまさら身体を震わせた。


「死んだらどうするつもりだったんだよ」

「それまでの人間だった、と諦めたよ」

「……悪党め」


 そういえば、ぬるっと悪役ルートに入っている。

 この世界の人間はどんな立ち位置なのか、他の転生者は何をしているのか。

 聞きたいことが山積みな凪は、とりあえず。


「そいで結局、〖祝福〗は?」

「わからない。何か言葉が浮かんだりとか、声が聞こえたりとかしない?」


 言われて目を閉じ、意識する凪の耳元で、ささやく声がした。


「〖泡沫元素うたかたげんそ〗……?」


 凪は聞こえた言葉をそのまま繰り返す。

 アリスは腕を組んで考え、凪を見上げた。


「シャボン玉を作るだけのはずがない。もう少し試してみよう」


◇◇◇


「ん~~~……わかんないよ~」


 凪がついに音を上げるまで検証は続いたが、アリスは結論を出せなくて唸った。

 刀でも素手でも、ゴブリンでもスライムでも結果は同じ。

 泡によって身体に変化が出るでもなかった。


 アリスが手慣れた手つきで肉を捌くことには、とりあえず凪はツッコまなかった。

 これは凪が仕留めた兎の肉。泡にならなかったので、ただの動物は〖祝福〗の対象にならないらしい。


「あまりにもメリットがない。どうなってるんだ」


 膨れるアリスが宙に指を滑らすと、そこに魔法陣が現れる。

 地面に放り投げると炎が立ち上った。


「……魔法って、俺も使えたりしない?」

「人間は魔法を使えない。魔法の元である魔力を持たないし、マナを取り込む器官もないからね」


 せっかく魔法のあるファンタジー世界なら、使ってみたかったなぁ……と。

 凪はくるくると指を宙に滑らせたり、ぐっぱぐっぱと結んで開いたりしてみれば。


「おっと?」

「あれぇ⁉」


 能面を崩して声を上げたのはアリス。

 凪の手のひらには魔法陣が浮かんでいた。


 それを放り投げると――1体のゴブリンが現れた。


 思わず刀をとる凪に、ゴブリンは駆け寄って。


「アニキ!」

「お、言葉がわかる。友好的だと途端に可愛く見えるな」


 アニキと呼ばれた凪はすぐに警戒を解いて、ゴブリンの頭を撫でた。


 ――言葉がわかる。凪の魔法陣から出た。明らかに友好的。


「……信じ難いな。魔法を使えるのか」

「転生者だから何でもありとか?」


 ゴブリンを座らせて、焼いた肉を一緒にかじる凪に、アリスは首を横に振る。


「何かの間違いで魔力があるとして、それだけじゃ魔法は使えない。角も尻尾もない凪は、どうやってマナを取り込んでるの?」


 不思議そうな顔をするアリスは、凪の顔をぺたぺたと触れた。

 頬を引っ張られて半目になりながら、凪。


「マナを取り込む以外で魔法を使う方法は?」

「……一部の魔族は、他の魔族や魔物の魔力を、マナの代わりとして使える」

「一部ってことは、そいつらも専用の器官があるんだな」

「そうだね。吸姫族エンパイアの牙や、機鋼族カラクリの爪がそう」


 言いながら同時に頭を回して――アリスはハッとした。


「〖泡沫元素〗が倒した魔物の魔力を取り込む〖祝福〗だとすれば、兎に無効なのも、あの魔法を持つのも納得がいく」

「……ゴブリンを倒して魔力を持ってたから、ゴブリンが出てきたんだろうな。魔物を生み出す魔法か」


 凪が意識して魔法を行使すると、魔法陣からはライム色のスライムが飛び出した。

 やはり敵意はなく、ぷにぷにと柔らかい。ゴブリンに渡しておいた。


 アリスが口元に手を添えて思考するので、凪はひとまず言葉を待った。


「ひとまず【百鬼魔法】とでもしようか」

「ネーミングで悩んでたのかよ」

「悪党は格好をつけるものだからね」


 したり顔の魔王には、魔王なりの信念があるのだろう。

 深くは追及しない凪は、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「なんで魔法があるんだろうな。〖魔物創造〗とかなら、〖祝福〗だけで済むのに」


 今度はネーミングではないだろう、アリスは少し考えて。


「不思議だね。転生者は普通、人間に味方するために現われる。魔族の象徴たる魔法を持たせる意味がない」

「…………人間じゃなく、魔族に味方するためだったら?」


 魔法を持つのは、『お前は魔族だ』という女神からのメッセージだとすれば。

 今までの転生者とは、目的が違う。


「……ふふ、凪は不幸だね」

「笑うなよ、一方的な被害者を」

「だって、魔族はほとんど詰んでるんだから」


 聞いて、凪は言葉を失った。

 そうだ、ファレスは言っていた。


 『クソゲー』だと。





❖❖❖


『研究官の記録』


『兎』

 大きな耳が特徴の、ぴょんぴょこ跳ねる、可愛らしい獣

 煮ても焼いても美味く、それなりに栄養もある

 しかしもし獣人族ベスティアに会うのなら、なるべく避けるのが賢明だ

 人を食った獣には、近づきたくはないだろう

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