序盤に手に入っちゃまずいタイプの刀

「……魔王?」

「うん。そう呼ばれている、というだけ。王でもなんでもないよ」


 風が肌を撫でる感触、目を刺すような陽光の痛み、氷の冷たさ。

 死を前にした諦観と、安堵。

 まさか夢ではないだろう――が、現実味もなかった。


「改めて、私はアリス・ノースベティ」

「……凪です。助けてくれてありがとうございます」


 凪はまだ少し震える声で言った。どこまで話すべきかとも考えた。


「お礼はいらないよ。ボランティアではないし、ただ君が欲しかっただけ」


 スニーカーらしき、見慣れた形の靴を受け取る凪は思う。

 魔王といえば、大抵のゲームで人間に対する悪として設定されている。

 この世界に普通の人間がいるのなら、アリスは悪なのだろう、と。


「凪は『転生者』でしょ? つまり、日本から来た人間だね」


 凪は目を見開いた。


「この世界の環境に適応できるように、身体が作り替えられているの。だから転生」


 服も容姿もそのまま、しかし身体の構造は変わっている。

 そんな転生者は他にも、呼び名が定着するほどにはいるらしい。


「はい。ファレスってのに連れられて……正直、何もわかってません」

「それは怖かったでしょう。でももう大丈夫、私がいるからね」


 常軌を逸した愛は確かに怖かった、と凪は涙ぐむ。

 同情するアリスが何もないところを数回ノックすると、そこにヒビが入る。


「魔王っていうわりには優しい」

「そうだよ、安心してほしい。悪党は仲間に優しいものだ」


 ヒビに手を入れるアリスは優しく微笑んで、1振りの太刀を取り出した。


「さて、転生者はファレス――女神から〖祝福〗を受け取っている」

「女神か……。どういう〖祝福〗かはわかります?」

「いやまったく。普通は説明があるはずだけど、凪の場合は省かれたらしいからね」


 アリスから太刀を手渡され、凪は重量に驚きながらまじまじと見る。

 実物に触れることは初めてで、小さく声を漏らした。


「都合上、戦うための力を受け取ることがほとんどだ。だから戦ってみよう」

「俺は善良な一般人なので、戦うとかはあんまり――」


 アリスはひょいと跳び、現れる魔法陣を足場に移動し、空中に腰かけた。

 それから口の端を上げて指を鳴らす。

 すると氷が砕け、ゴブリン達は顔を見合わせた。


「死なないでね」

「前言撤かァい! 魔王めェ!」


 ゴブリンは聞き取れない言葉を交わし合い、凪から距離をとった。

 凪は奥歯を噛み……柄を握りしめる。


(やるしかないのか……)


 アリスを認識する前に凍った彼らは、凪を警戒している。

 緊張の糸が張り詰める草原の上、アリスが口を開く。


「理想の動きを鮮明にイメージしてみて。それは雷を生み出し操る魔道具『空啼そらなき』。身体を動かしてくれるよ」


 言葉を聞き終わる頃、1体のゴブリンが凪へ飛びかかった。


『雷を生み出し操る』というファンタジーも、『魔道具』というもの自体も理解できないまま、しかしアリスを信じる他はなく。

 凪が一息に鞘から刀を――抜こうとすると。


「――は」


 バリィッ! と雷が迸り、一瞬、凪の視界が白く染まる。

 

 鋭い痛みに歯を食いしばると痙攣している自分の腕が見えた。

 その下、ゴブリンは地面に膝をついていた。

 

 稲妻模様の刀身を見て凪はやっと、刀が鞘から抜かれていることに気がついた。


「動きを……鮮明に」


 アリスの言葉を繰り返し、想像すれば電気が走り――ゴブリンの首が飛んでいた。


「……おお~」


 刀を初めて触った者が、こうも鮮やかに振り抜けるはずがない。

 これが魔道具の力……と凪が感動していると、ゴブリンの身体は泡に変わった。

 ふわりと泡は舞い、凪の身体に吸い込まれる。


 凪が疑問を口にする前に、頬杖をつくアリスが答える。


「いや、普通そうはならない。きっと君の〖祝福〗だ」

「シャボン玉を作る能力……?」


 それのどこが祝福なのだと、周囲のゴブリンを見回す凪は顔をしかめた。


「まさか。もう少し頑張って。私、せいいっぱい応援するから」

「魔王様の応援があれば百人力だ」


 あまり抑揚のない声のままのアリスの下、まとめて襲い来るゴブリン達に凪は剣戟けんげきを食らわせる。


「がーんばれ、なーぎ、ふぁーいと」

「すごい、まるで応援されてるとは思えない!」


 煽りにすら聞こえる声と、絶妙にタイミングが合わない手拍子。

 クソゲーのBGMを思い出す凪に、ふと。


「あ、思い出した。『雷閃らいせん』って言ってみて」

「『雷閃』?」


 凪の身体は横一文字を繰り出す。

 稲妻が宙を上下に引き裂き、凪の視界にいるゴブリン全てを泡へと変えた。


「それは製作者のお気に入りでね、言うと技が発動するの。かっこいいでしょ」

「合法的に技名を叫べるってことッ⁉」

「非合法に技名を叫ぶ人がいるの?」





❖❖❖


『研究官の記録』


『空啼』

 主任研究官〝賢者〟と名匠による魔導具『閃星宝剣』のひとつ

 閃く雷は空間を引き裂き、轟音を奏でる


 ある日、縁を引き裂かれた名匠は、儚い願いをそらんじた

「空はいつまでも待っている。小鳥の遊ぶ、風止み静まるを」

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