悪の組織の転生者-ロリ魔王に拾われたので、詰みかけの世界を打開します-
海街ほたる
第1章 《魔王軍》のはじまり、〝賢者〟の贈り物
第1節 凪のこれから、アリスの夢
ネタバレ:ラスボスは女神【ラストピース+】♯4
少年は窮屈な部屋にいた。
服や菓子は乱雑に床に撒かれ、本やゲームは出番を待って積み上がる。
足の踏み場もないようなそこに――ただ一部だけ、整頓された場所がある。
テーブルに並ぶモニターの一つは、明るい世界を映し出し。
もう一つは、少年と時間を共有する数千人の言葉を流す。
「あ、女神様だ。嫌な予感をひしひしと感じるね」
マイクを前にする少年コトリ・ナギは、コントローラーを強く握りしめ戦慄した。
「え……装備は? ――全部剥がされたッ⁉ そんなに憎いか、健気な少年が!」
3時間を費やし集めた資金で揃えた装備は、女神様の魔法によって儚く散った。
「でも新しい装備貰え……要らねぇ……弱すぎだろオイ、悪行の女神様よォ……」
ストーリーの構成上、女神はどうしても新たな装備を与えたかったようだが。
今までの努力を鼻で
:追剥ぎで草
:こいつのせいで国一つ消えてんだよな
:頼むから裏切ってくれ
:女神撲殺RTAはありますか?
:いいぞもっとやれ
「ここまでやって善人面してんのがマジで、もう、最高だよ」
物好き達のコメントを横目に、弱体化した主人公くんをまた操作する。
――つまりナギは、自分がゲームをプレイする様子を配信していた。
バランス崩壊の戦闘システム、気が狂うBGM、病気の時の夢みたいなシナリオ。
そんなクソゲーをプレイし、絶望・発狂・号泣する姿をお見せしているのだ。
「
ナギは高校の入学式翌日からずっと自室に籠っている。理由は忘れることにした。
人生なんてクソゲーに比べれば、目の前のこれも最高の物語だと思えてしまう。
「本当に女神がラスボスだと思うけど、誰もやってないからネタバレできないよね」
気持ちを落ち着けるために伸びをするナギは、一つのコメントに目を止めた。
それは『オーバーコメント』という、有り体に言えば投げ銭だった。
「ファレスさん、オコメありがとうございま~す。ええと……――?」
画面を見つめるまま、ナギは目を丸くした。
:¥50,000 諦めない姿が大好きです。私のクソゲーも、どうか救ってください
「まさかクリエイターさんで? クソゲー自称は初めて――」
:¥50,000 おねがいします
:¥50,000 たすけてください
「ホラー始まってる?」
:¥50,000 だいすきです
:¥50,000 あいしています
「ちょっと、待って、わかったから! 無理しないで⁉」
:¥50,000 あ
「――……あれ、同接……ひとり?」
:¥50,000 いた
モニターから伸びる両の腕。掴まれる首。身体は震えるだけで動かなかった。
コトリ・ナギ――凪は、鳥籠から引きずり出された。
◇◇◇
「……なぁにが起きてんだろ」
爽やかな風の吹く草原に、凪は仰向けで倒れていた。
耐えられなくなって起き上がり、頬を叩き、呆然とする頭を回そうと息を吸う。
「――うわァあッ!」
せっかく吸った息は悲鳴に費やされた。
「グギャア!」
「ギャグガ、ギィグ」
低い背丈に筋肉質な身体、醜悪な顔。
誰もが想像する通りのゴブリンが数十、歩み寄る。
反射的に逃げ出そうとした凪の前に、布を纏う1体が立ち塞がった。
「……こんにちは」
わずかな希望をもってそう挨拶すると、ゴブリンは棍棒を掲げた。
「グギャラ!」
言葉は通じないが、『やれ』とか『仕留めろ』とか、そんな風な意味だろう。
取り囲むゴブリン達はその過剰な戦力で凪に襲い掛かった。
「……はは」
戦う気はもとより、逃げ出す気さえ失せて、凪は失笑した。
突然知らない場所に放り出され、ルールや状況、目的の説明はナシ。
知る限り最悪のクソゲー『人生』ですら、チュートリアルはあったのに――と。
「【
鈴を転がすような声が一つ、晴天に雪が降った。
「やっと……やっと、やっとやっとやっとやっと――この時が来た」
驚くゴブリンは足を止め、身体に触れた雪を払おうとして。
「グ――ッ⁉」
声を上げるよりも前に、群れはまとめて氷のオブジェクトに変貌した。
「やぁ、こんにちは。いい天気だね」
ヒビの入った空間を背にするのは、幼く見える少女だった。
二つに結わえた白髪、雪のように白い肌。頬から首に三つの黒い星がある。
虹を思わせる鮮やかな瞳が凪を見た。
「私はアリス。人がいうところの〝魔王〟」
一対の角を持つ黒装束の少女は、とてもヒーローのようには見えなかった。
「現状唯一にして、無二の、正義ではなく――君の味方だ」
❖❖❖
『研究官の記録』
【白雪】
魔王の編み出す【色彩魔法】のひとかけら
雪に触れれば、瞬く間もなく氷漬け。少なくとも身体は死にはしない
美しく冷たいだけのあなたに、王子様はきっと、振り向かない
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