勇者の住人

コムギ・ダイスキーノ・アレルギノフ

第1話 重魔法資本主義とポーション農家の狭間

 王都から東に少し行ったところにある肥沃な土壌の農村地帯。土地柄、薬草が太古より自生しており職業勇者制度が成立以降は王都からの街道整備をはじめ、ポーション用の薬草栽培が専業に成る程栄え始めていた。


 大手の製薬会社へポーション用の薬草を栽培し、卸すという資本注入された大規模プランテーションが広がりだしている。規格、効率化された薬草栽培は魔法農学などのアカデミズムの介入が進み、地元の小規模農家の稼業としては成立し辛くなっているようである。土地を所有していた者は王都からやってきた製薬会社にあっという間に売り渡し、悠々自適に過ごしているものさえいる。


 しかし、そんなパターンは一部の豪農に限られ、基本的には家族総出で大規模薬草プランテーションに雇用される地元民が大半である。一家が食える分だけ農地を管理し、細々と王都に薬草を卸す時代は潰えたのである。そして益々需要拡大する東の農村には王都から溢れ出てきた若者たちも増え始めている。


 ミサキは職業勇者を目指して王都にかつてやってきた。最初期の魔王の誕生以降、勇者という存在は免許制となり、軍隊や警察機能とも異なる新たな国家の武力装置として羨望の職業として認知されていた。そんな憧れの存在を目指して王都の勇者予備校に地元や家族の期待を背負いやってきたものの、どうにも試験に受かりそうに無い。そんな見習い勇者の浪人期間を5年過ごした後にミサキは身の振り方について悩んでいた。


「職業勇者を陰で支えるポーション農家大募集!頑張り次第では勇者を超えて稼げます!王都の若者よ、いざ東の楽園へ」


 いい加減勇者試験に落ちるのが恒例化していた5回目の春、遂には地元からの金銭的支援も打ち切られる手紙も届いた失意の中その広告に出逢った。職業勇者の受験者は年々増加しており、若年層を優先的に採用するという予備校内の暗黙の了解もそろそろ身に染みる時期である。兎に角支援が打ち切られた今己の手で稼ぐ必要性がある。王都も急激な物価上昇と人的流入により、この競争社会で生き延びていくのに疲弊してくる時期でもあった。勇者になっても職に溢れるという噂すら聞こえてくる。免許を保持して一生安泰な時代も過ぎ去りつつあるらしい。


「勇者は諦めてポーション農家になります」


 生まれて初めての自分からの魔導電話の内容がこれである。魔法産業の発達は遠隔地を音声で繋ぐ新たな技術をもたらした。ミサキは予備校に設置された通信用魔石から地元へ向けてそのような撤退の意識を伝えた。個人の家庭に通信用魔石を設置するのが一般化してきた昨今であるが、しがない浪人生にはそのような持ち合わせはまだなかったし、そのような地元への思いを伝える自信すらも喪失していた。手紙ではなく電話というのは自分なりのケジメでもあった。この季節の予備校の魔導電話は羨望と絶望が列を成している。


 王都から最近整備されたポーション貨物輸送用の魔導列車で数時間掛け、東の農村へ向かう。王都の外は魔物が生育しているため列車警護の職業勇者たちも同乗している。自分がなるはずだった存在にコンプレックスを感じながらも、ポーション農家としての新たなる人生のスタートであった。途中、魔物が列車と衝突するハプニングがあったのが印象的だったとミサキは回想してくれた。魔物というのは魔石が放つ廃残留魔力により野生動物が凶暴化し変質化してしてしまった存在であり、そんな廃残留魔力を垂れ流す魔導列車における交通事故というのは珍しい事ではないそうである。


 車輪に絡みつく原型のない魔物を護衛として着任していた勇者たちが2人がかりで引き抜こうとしている。勇者といえば悠々自適に旅を繰り広げ、魔物討伐の依頼やダンジョンでの魔石採掘にて財をなすように漠然とイメージしがちであるが、魔物の遺体処理という免許が無くても出来そうな作業にまで駆り出されていたのが嫌に印象的であった。勿論、魔物発生地帯故に二次的に討伐する可能性というのも否めないが、実際には有事の時の何でも屋である。あんだけ辛い思いをして狭き門を突破した割には、想像するような派手さはない現実がある。


 足止め含めて半日程度掛けて東の農村に列車は到着した。この列車にポーションを積み、翌日には王都へトンボ帰りするそうである。ミサキはとりあえず製薬会社指定のプランテーション併設の宿屋に向かう。そこには自分と同じ世代の若者たちで溢れかえっていた。

 

 「君も王都から来たのかい?」などと当たり障りのない会話と挨拶もそこそこにこの先どうなるかわからない一抹の不安をミサキは覚えていた。話を聞くには王都から新たな職を得ようとやってきたもの半分、近隣の農村地帯から稼ぎ口を見つけようと移住してきたもの半々であった。前者はやや平均年齢が高く、新たな夢に燃えているものからミサキのように少し人生に見切りをつけた諦めの目をしているものも多い。そして後者の王都を経由しないものたちは、成人前の若年層が多く、地元の農村の次男三男など家督を継ぐことができないものが働き口を求めてやってきているようであった。


 一夜明けると遂にプランテーションでの実務が始まった。何処までも広大に続く薬草地帯は最初は物珍しさがあったものの、次第にそこで働く人々の希望のなさに幻滅していく事になる。最初の半年はこの農場で研修的に農作業を行い薬草栽培のイロハを学ぶ。その期間が過ぎると隣接するポーション工場に舞台を写し、薬草からポーションへ精製する過程を実習するそうである。魔法技術の発達により効率化されているので前時代的な重労働から解放されていると聞いていたが、農場拡張により設備投資が追いついて居ないらしく人力での役務に頼るところが多いのが印象的であった。

 

 工場部門というのは魔導装置の導入が進みつつある事もあり、基幹的な業務というのは魔法使いの独占である。ご存知の通り、魔法使いという職業は魔力認知の性質から大多数が女性である。基本的に男性は魔力を認知して魔法という形で利用できない。そんな状況もあり、男性は腕っぷしで成り上がれる剣術を用いる勇者を目指すのが一般的である。しかし、それに溢れた若年男性というのは基本的には知識階級を除けば農作業や工場部門での魔力認知の有無を問われない単純労働に勤しむ事になる。


 ミサキが投入された区画の農地はどうやら魔導農機が壊れ、地元の一家と一緒に手作業で栽培収穫を行う状況であった。魔法は使えなくとも、魔石という動力源からエネルギーを抽出し、機械を用いて作業することは男性でも可能である。魔法産業革命以降、魔法学を体系化し学ぶ女性の地位は頗る上昇していった。一方で旧時代的な魔石を介さない作業というのはやはり男性中心の現場であり、1番悲惨なのは魔力認知ができない女性労働者でもある。


 研修中は僅かながら賃金が支給される。生憎、製薬会社の寮があるため衣食住の心配をする事はない。しかしミサキはフルタイムで農村で収穫業務に勤しんでおり、程のいい搾取な感覚を覚えては、同じような境遇の研修生同士愚痴りあっていた。


「研修が終わり拡張農園の管理者になればある程度の収入が見込める」


 それだけを希望にある種農奴的生活を受け入れるものが大半であるが、娯楽のない環境は王都の享楽的な生活に慣れきったミサキにとっては絶望的な状況でもあった。


 工場には都市から溢れた若者と地元の人々の他に、債務を抱えその対価として労役する男性の多さが印象的でもある。魔法使いの管理下にあるとは言え、魔力により大量のポーションを精製する過程というのは事故がつきものである。この前も、魔石利用の精製ラインにおいて魔石崩壊の不検出による大規模な労働災害が発生したようである。魔石というのはそのエネルギーを放出し終わると自壊し、爆発的な性質を伴う事が多い。そのエネルギー残留の管理を担うのが魔力認知能力を有する魔法使いの役務ではあるが、重工業的な業務経験が浅い故に事故が発生したようである。もちろん現場で作業するような男性は爆発に巻き込まれて命を落としている。そんな安全性にまだ難がある作業というのは訳アリな存在が多い。

 

 農場では明らかに業務量が増えた地元の古参農民たちが資本が注入される前の牧歌的な農生活を回顧していた。職業勇者制度の成立により、薬草の需要は急激に増加し、農村を上げて集中的に薬草栽培を行っていた時期はまだ忙しくも見入りが良く、充実した特需の恩恵を受けていたそうである。10年ほど前から、薬草加工製品が台頭し始め、ポーションの全国的流通が決定的であった。ポーションを製造する大手資本の製薬会社が農村一体を買い進めていき、工場加工前提の栽培体制が始まると、薬草の納入単価はどんどんと下がっていってしまった。そして高単価で市場に流通していた薬草そのものの価格も下落していき、安値でポーション加工用の均一的な薬草を作るほかなくなってしまったのである。


 農場の大規模化に伴い労働時間も増加の一方を辿り、やがてはミサキのような農村外の若者や工場勤務の債務者などを受け入れるに至る。資本家側の人間は新たな需要故に笑いが止まらないようであるが、労働者にとっては魔法産業革命は単に幸福度を下げる事にしかならなかった。そして流入してきた部外者が農村の中心部には溢れ、トラブルの火種にもなっているそうである。特にミサキのように正規ルートで就業するもの以外にも、職を求める移民が増加傾向にあり、中心部の外れには小規模の難民街も成立しつつある。


 農作業にも慣れつつあった夏のある日、製薬会社の人間からミサキは召集を受ける事になる。工場の一室には自分と同じような若者たちが既に集められていた。皆眼の色が澱んでおり、単調な毎日に辟易とする様子が見受けられる。


「ここ最近、農場を狙う魔物が増加傾向にある。先日もとある区画にて作業者が複数の魔物に襲われるという事件があったのはご存知かと思う。そのために農園を守る自警団を募る事となった。しかし、こちらの事情もあり、正式な職業勇者へ警備を依頼することもできない。そのために予備校へ通っていた君たちの力を借りたく思う。君たちは農作業の他に魔物の討伐業務を明日から担ってくれ」


 一方的な業務命令であった。コスト管理を徹底する製薬会社にとっては、職業勇者へ依頼する費用を削減したいのであろう。ミサキらは体よく利用できる訓練経験のある若者として駆り出される事となった。勇者になれなかった自分がここに来て勇者のような役務に付くことになるという皮肉な運命である。


 免許を持たないものの帯刀は原則として禁止されている。職業勇者成立以降は公にはそういった特権となっていたが、あまり国家の管理も行き届いていない企業城下町ではこのような自警的帯刀はある種黙認されているようである。


 前述したように魔物というのは廃残留魔力の発生に呼応するように生まれる存在である。そんな魔力を垂れ流すポーション工場を併設するこの地帯が狙われるのも必然であった。


 また、この残留魔力は周辺生物の魔物化を促進するだけでなく、森林や洞窟に最終的には堆積し、魔石の成長を促す作用もある。所謂魔物が棲み着くダンジョンの生成もなされるのだ。人々が魔法を産業化すればするほど、魔物の生息域は広がり、治安は悪化していく。そんな事実もあり勇者需要というのは加速的に増加するという一面も否めない。


 ミサキは不本意ではあるが錆びついた剣を与えられ、勇者業務を担う事になった。人間への被害だけでなく、魔物たち薬草自体も食い荒らすようであり、日中だけでなく夜間も交代で警備業務に当たる事になる。


「仮に魔物に襲われても薬草とポーションに溢れたここだったら命は保証されてるかものな」


 ミサキとペアを組む若者が冗談を飛ばす。いくら予備校である程度の訓練を経てるかと言って、実際に魔物と対峙したことのない見習い身分であるため、その緊張感は独特のものがあった。夜間、息を潜めて農園を見回るが魔物がやってきそうな気配は無い。初陣は明日以降かなと安堵して夜明けを迎えた。


 眠気を感じながら交代を待っていたその時である。遠くの方で動き回る大きな影が見えた気がした。ミサキと相棒に緊張感が走る。2人に言葉はなかったものの、眼下に映るその光景にお互い覚悟しているようである。


「このまま息を潜めて気付かれないように後ろへ周り、一気に叩こう」


 変な高揚感と冷静さが同居していた。獲物は単体であるようなので、2人で同時に狙いを定めれば討伐できそうな期待と過信があった。勇者になれなくとも、その資質である勇気ある討伐者にはなれる。一旦潰えた夢が再燃しているようにも思えた。


 徐々に間合いを詰め、両端から襲う射程圏内を捉える。あとはタイミング次第で飛び出し、一気に仕留める。ミサキは相棒の合図を固唾を飲んで見守っていた。


 魔物は相変わらず薬草を屠るようでこちらに気付いていないようである。間合いを見極める両者。


 その刹那、相棒が一気に獲物を叩く。剣。奴を捉える。鈍い衝撃音が農園に鳴り響く。


 後に膠着。

 

 剣は魔物を捉えているようであるが両者動かない。状況を把握しようと相変わらず見。ミサキは土壇場の一歩が何故か出せないでいた。


 静寂。すぐに人では無い咆哮を鼓膜が捕える。怯む後に、相棒が吹き飛ぶ。圧倒的な暴力が彼を襲っていた。


 絶叫する魔物と相方。


 血染めの剣が夜明けの空に舞っているのが見えた。動かなければとミサキは飛び出す。魔物は暴れているがこちらには気付いていない。古びた太刀を振るう。鈍い衝撃と更なる咆哮がミサキを襲った。


 再びの静寂。相棒も魔物も突っ伏して動かない。朝日が鮮血に染まるその剣を照らす。どうやらミサキは初陣にて討伐に成功したようであった。


 少しの安堵の後に、相棒の安否を祈るが明らかに息絶えているように見え、途端に絶望感も襲ってくる。討伐の高揚はすぐに忘れてしまった。その場から走り去り、工場の詰所にミサキは救援を求めた。


 一目散に朝日が照らす農園を疾走していたミサキであったが、魔物の討伐は終わった訳ではなかった。ある程度進んだところで絶望的も新たな魔物に出会してしまう。まだ気づいていないようであるので速度を緩めることなく一気に走り抜けようと画策する。しかし、物音に気付いた相手はこちらを認識すると、一気に襲いかかってきた。


 さっきの自分なら奴を仕留める事ができる。変な自身に溢れ、再び太刀を振るう気配を持ちながら走り逃げ切ろうとしていたが、思った以上に体力を消耗していたらしくあっという間に回り込まれてしまった。もうひと太刀。そう考えていると。いつの間にか帯刀している筈の剣がその手に無いことに気付く。


 一気に冷静になり、歩みを止めた。対抗するすべが無いと逃げる気力さえ湧かないのは意外である。ミサキは朝日が照らす中、魔物に襲われてしまった。そこからの事は全く覚えていないらしい。


 次に目を覚まして時は工場の医務室であった。右手に凄まじい激痛が走る。慌ててその手を目視するが、恐ろしいことに、肘から先のかつて太刀を振るった右手は喪失していた。


「自分も一端の勇者に一瞬でも成れたとあの時は思い込んでいた。でも現実は自己を過信した無謀な勇気でしかなかったのかも」


 この農場襲撃事件の後に製薬会社側も正式に職業勇者を警備として雇い入れることになったようである。ひとりの死亡と、もうひとりの負傷というのはあまりにも被害として甚大で、今後の討伐を鑑みても、労働者にその警備を任せるわけにはいかないという結論であった。帯刀禁止の労働者による越権行為というには表沙汰になることなく内々にひっそりと処理されていった。


 片腕を失ったミサキは相変わらず今も農園で薬草栽培に従事している。その障害故に簡易的な業務に留まり、労働力としてはあまり価値を見出せていないが、事件の補償という意味合いもあり隠蔽的にひっそりと働き続けている。


 正式に勇者が警備を当たるようになって、農園はある程度平穏な日々を送るようになったそうである。職業勇者が警備を担当して以降、特に目立った人的被害はもたらされていない。しかし、片手の勇者はひっそりと夢も希望も途絶え終わりのない業務に勤しんでいる。


 魔法産業と勇者の存在は人々に幸福を果たしてもたらしているのだろうか。黙々と農作業に勤しむ隻腕の若者を見るたびにそんな疑問が浮かぶ。

 

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勇者の住人 コムギ・ダイスキーノ・アレルギノフ @cowabunga1127

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