Sid.5 ようやく救世主が現れる

 居間には二人から三人掛けのセティと呼ばれる、クッション付きベンチのような長椅子が三つ。ひとり掛けの椅子がひとつ。

 女性探索者と俺以外は誰も居ないようだ。

 入って右側に大きな格子窓。正面の壁には肖像画が複数飾られている。写真もあるようだ。写真機はすでにあるんだな。モノクロだけど。左側の壁には書棚が二つ。

 天井からは貝殻を模したランプシェードが複数の、シャンデリアっぽいガス灯。ガスは普及しているが電気は発展途上だ。

 床は板張りでシンプルなアイボリー色のラグが敷かれる。


「あの、ここは?」

「ミエドレメンス・フス」


 構成員の家って意味だ。何の構成員かは、たぶん探索者なのだろうけど。


「あ、あの。あなたは探索者ですよね」

「そうだよ。シルヴェバーリって言う探索者パーティーの」


 シルヴェバーリ、つまりは銀狼。

 軽く説明されるがシルヴェバーリは、探索者稼業を代々引き継ぎ、すでに五十八年続く老舗パーティーなのだとか。ぽっと出の若年パーティーと異なり、ノウハウが多く蓄積され攻略したラビリントも多いとか。


「立ち話もあれだから座ってよ」


 座るよう促され、肖像画の下に置かれた椅子に腰を下ろす。

 探索者が俺の対面にあるひとり掛け椅子に腰を下ろすと「十六階層以降ってことで、十五階層の階層主は倒したってことだよね」と切り出してきた。


「そうです」

「何人居てそれぞれ担当は?」

「六人で剣士と戦士とタンク、聖霊士と魔導士と加療士です」

「バランスは悪くないね」


 少し前屈みになり「聖霊士は階層主の戦闘に参加した?」と聞いてくる。


「えっと、歯が立たなくて」


 背もたれに体を預けると、天井を見上げて「死ぬよ」と言った。

 そのままの姿勢で「階層主を剣士や魔導士で倒せないと、その先に出てくるモンスターに蹂躙されるから」と言う。

 聖霊士の力は絶大だが経験の浅い聖霊士は、一日一回しか奇跡の力を行使できないでしょと。


「五年やって一日三回が限度だから」


 体を起こし腕組みすると「やめた方がいいかな」と言って「できるだけ聖霊士は温存して攻略するのが本来のあり方」だそうだ。

 階層主を倒すために聖霊士を使うのは、ありと言えばありだが、常時その状態だと行き詰まるだけらしい。


「五階層と十階層はどうしたの?」

「聖霊士の力で」

「じゃあ、十六階層から先は無理だね」


 敵の強さが桁違いになるから、最低限五階層と十階層の階層主くらいは、聖霊士を使わず倒せる力は必須だそうだ。


「十六階層に進みたいなら、やり直した方がいいよ」


 今のまま行っても初っ端で聖霊士の力に頼ることになる。そうなると少しも先へ進めず全滅するだろうと。

 引き返すのも無理が来るから、五階層の階層主からやり直し、聖霊士抜きで倒せる力を付けるべきだそうだ。


 階層主は攻略後に時間を置いて復活する。まるでゲームのように。

 だから何度でも攻略にチャレンジできるわけだ。倒した相手と再戦が可能だと言うことで。

 彼女曰く「十六階層以降の情報は、十階層の階層主を倒してから」だと。


「君から言って聞くかな?」

「無理だと思います」

「そう、だよねえ」


 スカラリウスでは何を言っても聞き入れるわけがない。経験豊富な探索者が直接言えば、また違うかもしれないが、それでもプライドが高いと難しいらしい。

 プライドもそうだけど、あいつらはバカだ。戦い方も雑だし。


「死にたくないでしょ」


 頷くと、深いため息を吐き「君に武器を与えよう」とか言い出した。


「武器? 持っても使えないです」

「使えるよ。技能不要だから」

「それって、なんですか?」

「コービネバル」


 よく分からないが何なのか問うてみると、ジェスチャーを交えながら説明してくれる。


「構えて引き金を引くと弾丸が射出される武器」


 ああ、銃のことだ。構えからしてライフル。しかもレバーアクションで後装式連発銃だな。たぶんスペンサーカービン。確か七発まで装填できるんだっけ。

 この世界にそんな武器があるとは知らなかった。魔法だの神の権能だの、あまりにもファンタジーすぎて、銃火器の存在は無いと思っていたから。


「それなりに反動はあるし、訓練しないと当たらないけどね」


 銃は構えて引き金を引けば当たるわけじゃない。それくらいは知っている。初心者は的にできるだけ近付いて撃つ。絶対外さない距離まで近付く。

 でも、モンスター相手だと外さない距離が、敵の攻撃を受ける距離になるわけで。

 そんなもの俺に扱えるとは思えない。


「発射した際に銃口がどうしても上に向くから」

「じゃあ意味無いです」

「だからね、練習して距離を取っても当たるように」


 またもジェスチャーを交え「狙うならココとココ」と額と心臓部分を指す。これができれば階層主はともかく、ラビリント内を徘徊するモンスターは倒せると。

 二発で一体のモンスターを相手にできる。予備に弾薬を数十発分持っていれば、万が一、パーティーメンバーが倒れても逃げ果せることも可能。

 アホなメンバーのために命を落とす必要は無い、とまで。


「でも練習する時間も弾薬も手に」

「指導してあげる」

「明日から攻略予定です」

「じゃあ、うちのリーダーに言ってもらって、一週間先延ばしにしてもらおう」


 シルヴェバーリのリーダーが言えば従うだろと。

 キャリアも実力も段違いだから、素直に言うことを聞いた方がいい。少し脅しを掛けるとも言ってる。


「一週間でモノにしよう」


 救世主のような感じだけど、俺がモノにできるかどうかは不明だ。

 短い人生ではあるが銃なんて手にしたこともない。コミックやドラマで見るくらいだし。簡単に撃ってるけど、同じことが短期間でできるはずないよ。


「そんな便利なものがあって、なんで誰も使わないんですか?」

「魔法と違って限りあるから」


 撃って薬莢を排出し弾丸を装填し、アクションの回数が多く、咄嗟に攻撃ができないから普及しなかった。

 しかも七発しか装填できず、外せば命取りになることも。ついでに範囲魔法のような効果もない。


「でもね、探索者の中には、あえてコービネバルを使う人も居るから」


 シルヴェバーリのメンバーにひとり居るそうだ。一連の動作が素早く、装弾筒に弾薬を込める速度まで速い。狙いを定めると躊躇なく引き金を引く。

 熟練の技だそうで。魔法を放つより相手に到達する速度も速い。急所に当たれば楽に倒せるから重宝していると。


「荷物持ちが攻撃しちゃいけない、なんて決まりは無いからね」


 何より、荷物持ちは人より多くの荷物を運ぶことができる。


「スカラリウスでしょ? 重い荷物を抱えて走る体力あるでしょ」

「それなりには」

「だからこそ都合がいいの」


 予備の弾薬を多数持てる。扱いさえ慣れてしまえば、下手な魔導士を上回る成果を上げるそうで。あの腹黒性悪魔導士の鼻を明かせるのか。

 結局シルヴェバーリのリーダーから、うちのリーダーに直言することに。


「あとで呼んでくれるかな」

「素直に来るとは思えません」

「じゃあ、あたしも一緒に行こう」


 話が終わると一緒に家をあとにし、拠点となる宿へ再度向かう。

 隣に並ぶ女性探索者は俺より少し背が低い。体格も華奢に見えるけどジョブは何だろう?


「あの、あなたの職って」

「召喚魔導士だよ」


 技能が召喚で元々の職が魔導士らしい。実に恵まれたジョブを持っているんだな。

 でも見た目は、ただの町娘。魔導士らしさを感じなかった。


「あ、信じてないでしょ」

「い、いえ」

「いずれ実力を見せてあげるからね」


 召喚って、何を召喚するのか。それも聞いてみると「スコタディとかフォヴォスとかアナトリキアゾ」なんて言ってる。

 全く意味が分からないが、聞けば「この世のものじゃない、恐怖だけが本質の異質な存在かな」と言うが本人もよく分からないと。

 いにしえの破壊者だとも。


「それって、危なくないんですか」

「召喚するとね、根こそぎ滅ぼそうとするね」


 物騒すぎる。

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2024年12月18日 20:13

無能と蔑まれた迷宮探索者パーティーの荷物持ちは銃を手にして這い上がる 鎔ゆう @Birman

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