終 相愛の結婚
「琥珀。準備はいいか?」
扉を叩くと同時に聞こえてくる声に、琥珀は「もちろん」と答えた。旅に出る支度はとっくに整っていて、あとは出発を待つばかりである。
政変から三年、その間に紫嵐は、自分がいなくとも成り立つ体制を整えた。紫嵐自身は徐々に表舞台から姿を消し、遼雲を全面に押し出していった。もちろん、貴族たちの反発も大きかったが、遼雲の持前の実直さと、神にも等しく崇められるにいたった紫嵐の言葉によって、民からの反応は上々であった。
「ようやく、お前を両親の元に帰すことができる」
帰るだけなら一人でも白虎国に行けたのだが、琥珀が嫌がった。両親と会うときには、紫嵐も一緒に連れていく。それから途中で木楊も拾わなければならない。
親や木楊とは文通を続けていて、青龍国の国政を手伝ううちにしっかりしてきたことを、木楊には驚かれ、母には代筆を疑われた。まったく、女親という奴は息子に容赦がない。
やっと一区切りつき、長期的に国を離れても大丈夫になったので、紫嵐と琥珀は連れ立って帰国することになった。
見送りは大勢が来たがったけれど、遼雲と一部の官吏以外は断った。紫嵐は王ではないし、これからも王になるつもりはないから、大きな騒ぎになるのを避けた。
「紫嵐兄上、琥珀殿。無事のお戻りをお待ちしていますよ」
王として立ったばかりの遼雲は、少々やつれていたし、兄に対しても遠慮がちではあった。紫嵐が彼の肩を叩き、「大丈夫だ。ここ最近は、すべてお前の手腕によって切り盛りしているじゃないか」と励ます。いざとなれば、叔父(前王の弟だ)の三男を始め、優秀な部下たちが彼を支えてくれる。
紫嵐が目指したのは、国王ひとりの気分によって左右されない国の運営であった。本当に優秀な人間を積極的に登用し、縁故採用は最小限に抑える。王に対しても口出しするのを厭わない人間ばかりが揃っていて、それはそれで癖が強くてやりにくそうではあるが、おおむね上手くやれている。
紫嵐の本心としては、青龍国に根付くのはいまだによしとはできていないだろう。隙あらば、白虎国への移住を口にするが、琥珀はその度に諫めている 。必要とされている間は、青龍国で。白虎国への移住は、いつだってできるのだから、と。
彼のなすべきことは、青龍王族として、この国の安定を図ること。黄王になる必要はなくなったとしても、その責務から逃れてはいけない。
なあ、そうだろう、××――……。
「そうだ、琥珀」
「ん?」
都を離れるまでの間は、馬車を使う。中に紫嵐たちが乗っているとばれたら大変なことになるので、見た目は王家所有のものとは思えない質素さだが、内部には金がかかっていて、乗り心地はよい。外からは見えないように加工されている窓を眺めていた琥珀は、紫嵐の呼びかけに振り向いた。
「これを」
手のひらに載せられたのは、銀色の鱗。その大きさにはなじみがあって、一瞬、彼の逆鱗が戻ったのかと思ったが、ずっしりと重くて冷たい感触は、白銀の細工であった。紫嵐の目と琥珀の目と同じ色の宝石がついている首飾りである。
「逆鱗がなくても、お前が私の唯一であることの証だ。受け取ってほしい」
どこかの地方の風習では、結婚の際に腕輪や指輪を交換することがあるのだという。白銀の鱗を胸に抱いた琥珀は、「ずるいなぁ」と笑った。
「向こうについたら、俺からも何か贈らせてくれよ」
何がいい? と尋ねた琥珀に、紫嵐は柔らかな笑みを浮かべて応じる。
「そうだな……」
本当は、お前以外に欲しいものなどないよ。
紫嵐の甘い口説き文句を、「馬鹿」となじりつつも、琥珀は悪い気はしなかった。
旅の道のりは、まだまだ遠い。その間に、彼に何を贈ったら驚かせることができるか、琥珀は考えるのであった。
(了)
不本意な結婚~虎の初恋、龍の最愛~ 葉咲透織 @hazaki_iroha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます