第3話 周る

現在、都道府県懇親会開催でこのホテルは四日間全て貸し切りの状態である。



田吾作は部屋から飛び出した。

左右に顔を向け左隣の高知県からあたる事にした。


インターホンを押し、耳を澄ましてドアが開くのを待つ。


近づいてくる足音、ドアの施錠を外す音

中から出てきたのは自分よりいくらか年下の中年の女性

「どちら様ですか、今日の会合は夜間の部でまだまだ先ですが。」


「申し訳ありません。新潟県の者です。

 ええっと………。」


 田吾作は勢いのままノックし、ここまで来たが何と伝えるべきか。

 迷った。

 「実はうちの若いもんが暴走しようとしていまして、

  今すぐ実行はありません。

  ただ、懇親会全体で今すぐは難しい…ですよね。

  昼食前に相談の場を設けて頂きたいのです。

  ご協力を願いませんでしょうか。」

身体を九十度に折って頭を下げる。




頭を上げ、女性の顔を伺う。

いきなりであった事と自分だけで判断がつけられそうにない困惑顔で

「はぁ、えっと取りあえず中にお入りください。

 素焼はいませんが、

 上絵の翁が今いらっしゃいますので。どうぞ。」



室内では

ボルサリーノ帽子を被り長椅子に腰かけ、真っ赤なキセルを吹かすマフィア風のタマゴ顔の老人と傍らに控えるスーツの男がいた。

女性が傍に控える男の反対に控えると

「おうなんだ、どうした。」と声を上げる。


「突然、訪問して申し訳ございません。

 新潟県の者です。

 実は今うちの素焼の者が暴走しかけていまして今すぐ暴走では無いのですが

 どうも、他の道府県の方々にも話を通しているとか。

 そのことについて出来るだけ早く相談の場を設けてほしいのです。

 どうか、ご協力を願えませんでしょうか。お願いします。」

 先ほどと同様に頭を下げる。

 返事が貰えるまで頭は上げない。



 ふぅーと煙を吐く音が聞こえ目の前に紫煙が見える。

「分かった。うちのも何かここに来る前に言ってたかな。

  昼食前に集まるって事でいいかい。」



 顔を上げて頷く。

 「ありがとうございます。宜しくお願いします。

  では他の県にも行ってくるので失礼します。」


立ち上がり、深くお辞儀をして退出しようとする。

ドア前まで行くと背後から声がかかった。



「電話とかあるんだからそれ使って集めろよ。

 一部屋一部屋訪ねるのなんて効率も悪いし時間の無駄じゃねぇの。

 俺ならホテルの館内放送を借りるね。急いでいるんだろ。」

 

振り返って

「我が上絵に一つずつ訪ねるように言われまして。

 電話も使うなと。

 昼食前にお集まり頂けるよう急ぎますので、

 それでは失礼します。」


退出してさらに左隣の熊本県に向かう。



ドアが閉まったのを確認して、控えていた中年女性に確認を取る

「あいつ電話使わないで一部屋一部屋回るっていったよな。」


「はい、確かに言ってましたが。

 どうかなさいましたか。」

 気になる事は無かったと言いたげにこちらを見返され、聞き間違いでは無かったと理解する。


 傍らに控えるスーツの男に

「ホテルのフロントに電話を掛けてくれ。新潟県が訪ねてきたってな。

 一部屋ずつ回るみたいだってよ。

 それだけで十分伝わるだろ。

 な。」


スーツの男は同意するように頷くと電話に向かう。

女性は電話していいのかと困惑しっぱなしであった。


 

熊本県も高知県と同様に要請をし、詳しい説明をと部屋に招かれていた。

熊本県は代表者が全員揃い、世話係の女人も代表たちとお茶会の途中の様であった。

世話役であろう女性が席を立ち空いた客席を勧められ、代表者の彼女ら三人がこちらを伺う状態になったことを確認し、



急ぎのため、挨拶もそこそこにに本題に入る。

「突然の訪問に対応して頂きありがとうございます。

 実はうちの県を含む素焼が暴走しかけておりまして、そのことについて懇親会の方々と相談の場を設けて頂けませんでしょうか。

 どうか、ご協力をお願いします。」

頭を下げ、返答を請う。

沈黙が場を支配した。

少なくとも二十秒は経っただろうと感じた。

視線を強く感じるがそれ以上の反応が無い。

もう十秒このままなら退室して他の県を訪ねようとカウントダウンを始める。


十秒が経っても返答が得られない。

沈黙が答えと判断し、頭を上げて退室の挨拶を口にしようと

彼らを見て、口が固まる。



車いすに座り、姿勢のしっかりした老婦人がティーカップ片手に

中年の女性も同じように若手の代表を睨みつけている。

若手は私を射殺さんと、殺気すら感じさせながらこちらを見ている。



状況は呑み込めないがこのままでは返答も得られない。

固まった口を無理やり動かしながら声を出す。

「返答が得られないようなのでこれにて失礼いたします。」


客席から腰を上げ、退出しようとドアへ向かう。



「相談の内容は若手の処分でいいのかしら。

 それとも、暴走の停止。」

言葉尻を上げ、問いかけに冷たい恐怖を感じる。



「いえ、新潟県は若手を支持してます。

 ただ、やり方が粗雑過ぎではないかで被害が大きすぎると危惧したためこの提案を。

 我々は、出来るなら若手と話し合いでの融和を求めています。

 強硬策であるため、若手の提案は最後の手とし、

 上の世代が話し合いにて先に当たるつもりであります。」

早口で一息に言い切ると、大きく息を吸い込む。



先ほどよりは、殺気が減少した視線を浴び命拾いしたと息を吐く。




「分かりました。

 要請に応え、協力します。

 ところで、何で館内放送や電話ではないの。

 あれなら、若手の動きを封じられるし、全員に意図を伝えられるでしょう。

 それに急いでいるようだけど時間かかりすぎて非効率に感じられるわ。

 あと何件。まさか、全部ではないでしょう。」

老婦人は不思議に問いかける。



確かにと想いながら、

「私にも分かりかねます。

 我が翁が電話は使わずに一つ一つ訪ねろと。

 あまり、若手を刺激したくないのではないでしょうか。

 まだこちらを含め、二県しか訪ねてませんので。では、失礼します。」


腰を上げ、退出しようと背を向ける。



「待ちなさい。もう、歩き回る必要は無いわ。」



老婦人に呼び止められ、先ほどの視線を思い出して身構えながら振り返る。



「安心しなさいな。襲い掛かったりしないわ。

 勿論、そのまま退出してもかまわないけど。

 ここが二部屋目なんでしょう。

 もう、全体への連絡はおわったから歩き回る必要もありませんよ。」

 


自分に向かってそう言い、

世話役の人に、ホテルのフロントに電話で

「新潟県が来た」と伝える指示をだし、ティーカップを口に運ぶ。



それだけでは、内容が伝わるようなモノでもない。

全体への連絡にもならない。

「電話等は使うな」と言われたが、他県の年寄の行動を阻害する事もできない。

見守る事しかできなかった。



受話器を置く音が室内に響き、静かになる。

「一度自分達の部屋に戻りなさいな。

 たぶん、貴方の県の上絵も分かっていると思いますよ。

 これは上絵だけの仕掛けなのですよ。

 困惑しているのが分かりますが、これで招集がかかりますから。」



 

一旦戻るよう言われた事と電話が使われた事の報告は必要と感じながらも、

騙されている可能性も捨てきれない

何より、あれで全体招集がかかったとは思えない。

上絵だけが知っている一つ一つ訪ねる事の理由も知りたいが時間が無い。

「分かりました。戻りますので失礼します。」

ドアを閉めて隣の部屋のドアへ向かう。

インターホンへ指を伸ばす。


独特の館内放送を告げるリズムが流れ始めた。

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