第56話

 彼女の左手を取った悠司は、すっと薬指に指輪をはめた。

 紗英の薬指には、プラチナの結婚指輪が光り輝く。

 そして今度は、紗英が悠司に指輪をはめてあげる番だ。

 大きいほうのリングを指先で摘まんだ紗英は、左手を差し出している悠司の薬指に、結婚指輪をはめた。

 これで互いの指に、誓いのしるしが輝く。

 続いて、誓いのキスが交わされる。

 紗英の顔にかけられている薄いベールを、悠司はそっと捲った。

 彼は甘い声で囁く。

「愛してるよ」

「私も……愛してるわ」

 そっと神聖なくちづけが交わされた。

 柔らかなキスを祝福するように、チャペルの窓からは明るい陽射しが差し込み、幸せなふたりを包み込んでいた。


 結婚式を挙げたふたりは、悠司のマンションでともに暮らし始めた。

 引っ越しやお祝いのお返しなどで忙しい日々が続いたが、悠司が積極的に手伝ってくれたので、紗英はとても助かった。

 一か月ほどが経って、ようやく落ち着いてきた。

 ふう、と吐息をついた紗英は、休日の空をマンションの窓から見上げる。

 悠司のマンションを訪れたときは、まさか彼と結婚して同居することになるなんて、夢にも思わなかった。

 けれど悠司の優しさが、紗英の頑なな心を溶かしてくれたのだと思う。

 そうでなければ、結婚という幸せまで辿り着けなかっただろう。

 キッチンから、カチャカチャとカップを取り出す音が聞こえてきた。悠司が紅茶を淹れるようだ。

「紗英。紅茶でも飲んで休憩しよう。そろそろ落ち着いてきたから、またプラネタリウムでデートしたいな」

「あ……待って、悠司さん。私、紅茶はちょっと……」

 紗英が止めに入ると、悠司は不思議そうな顔をした。

 キッチンには、ふたりで買い直したティーポットと、おそろいのマグカップが用意されている。ふたつのマグカップを合わせると、猫がキスをする絵柄になるものだ。店に探しに行ったら、同じものが偶然見つかったのだった。

 悠司の手を握った紗英は、笑顔で言った。

「もう、カフェインが取れない体になったの」

「え、それって……まさか……」

 はっとした悠司は、紗英の顔を覗き込む。

 紗英は幸せそうな顔で、頷いた。

「赤ちゃんが、できたの」

「そうか、できたか!」

 喜びを弾けさせた悠司は、紗英を抱きしめた。

 これから家族が増えて、賑やかになるだろう。

 紗英は旦那様となった悠司の背中に手を回した。

「喜んでくれるのね。ありがとう」

「もちろんだよ。体を大事にしないとな。……だからしばらく、うちの紅茶はノンカフェインにしよう」

「そうね。ノンカフェインなら、あなたと紅茶を楽しめるわ」

 抱擁を解いた悠司はさっそく、ルイボスティーの茶葉を取り出した。

 彼はティーポットに茶葉を入れながら、紗英に訊ねる。

「男の子かな、女の子かな?」

「まだわからないのよ。病院で診てもらったら、妊娠八週だから初期だもの」

「俺はどちらでもいいんだ。健康に生まれてきてくれたなら」

「そうね。きっと悠司さんに似て、優しい子だと思うわ」

「生まれてきたら、今度は三人でプラネタリウムが見られるな。楽しみだ」

 リビングに移動したふたりは、ソファに腰を下ろす。

 悠司はティーポットから、おそろいのマグカップに紅茶を注いだ。

 それを彼は紗英の手に持たせる。

「熱いから、気をつけるんだぞ」

「あら。なんだか今まで以上に過保護になったみたいね」

「当然だ。きみは身重なんだから。家事も全部俺に任せるように」

「ふふ。頼もしい旦那様ね」

 ふたりはマグカップを合わせて猫にキスをさせると、紅茶を飲んだ。

 それは幸福の味がした。

 マグカップを下ろしたふたりは、自らの唇でもくちづけを交わすのだった。

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一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~ 沖田弥子 @okitayako

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