第55話

 紗英の体を丁寧に拭いた悠司は、バスタオルに包むと、横抱きにした。

 ふわりと抱き上げられ、紗英は慌てて逞しい首にしがみつく。

 廊下を渡って寝室に辿り着き、キングサイズのベッドに下ろされる。

 淡く照明が灯る室内は、純白のシーツが薄闇の中に浮かび上がっていた。ベッドとチェアがあるだけの、シンプルな部屋だ。紫紺の重厚なカーテンが閉められているので、外の景色は見えない。それがまるで彼の檻に閉じ込められているかのような感覚がして、紗英はどきりと胸を弾ませた。

 シーツに背中がついて、ほっとしたのも束の間。

 すぐに悠司が覆い被さってきた。強靱な肉体で、紗英の体はすっぽりと覆われる。

 彼はまだしっとりと濡れた唇に、チュと軽く接吻する。

「シャワーを浴びたから、もう気持ちが冷めたんじゃないか?」

「ん……そんなことないです。どきどきしてるもの」

 大きな手が心臓のある左胸に当てられる。

 鼓動はこれからの情事に期待して、どきどきと早鐘のごとく脈打っていた。

 それを確かめて微笑んだ悠司は、また唇に吸いつく。

「ホントだ。すごいね」

「悠司さんも……?」

「もちろん俺も、どきどきしてるよ。さわってみて」

 剛健な胸板の左側に触れると、確かに鼓動は速かった。彼も緊張と期待を入り混じらせているのだ。

「すごい……一緒ですね」

「だろ? ふたりで気持ちよくなろう。まずはきみの体をとろとろに蕩かさないとな」

 彼の濃密な愛撫に包まれて、甘い快感が沸き立つ。陶然とした吐息が零れた。

 甘美な痺れが全身に走り、甘い官能に脳髄が蕩けていく。

 鼓膜まで欲情の滾りを吹き込まれて、紗英は愛欲の沼に沈められる。

 胸を喘がせて、必死に強靱な肩に縋りつく。

 彼との未来があることを心身ともに感じた紗英は、ぎゅっと強靱な背に抱きついた。

 しばらく抱き合っていたふたりは、息を整える。甘い呼気が絡まっていた。

 達した余韻に浸るこの時間が、体の気怠さとともに、心が充実するのを感じた。

 ややあって顔を上げた悠司が、紗英の乱れた前髪をかき分ける。

「好きだよ」

「……私も。好き」

 愛を確かめ合ったふたりは、情熱的なくちづけを交わした。

 星の煌めきが朝陽に消えるまで、ふたりは何度もつながり、睦言を囁き合っていた。


 荘厳なチャペルは神聖な空気が漂っている。

 結納を済ませた紗英と悠司は、本日この教会で結婚式を挙げる。

 結婚を約束してから、三か月という短い期間だったが、双方の両親のもとに挨拶に行き、結婚を認めてもらった。

 悠司と結婚したら御曹司の夫人になるので、もしかしたら彼の両親に認めてもらえないのでは……という懸念があったが、悠司は紗英のよいところを懇切丁寧に両親に説明して、「俺の妻になるのは彼女しかいない」と言ってくれた。

 感激した紗英は、胸を熱くして彼の両親に頭を下げた。「一生を悠司さんと添い遂げさせてください」と、両親にお願いした。

 その熱意が通じて、彼の両親に結婚を認めてもらえたのだ。

 さらに紗英の実家に行ったときも、悠司は折り目正しく挨拶して、「紗英さんとの結婚を認めていただきたい」と申し出た。

 久しぶりに会った両親は急すぎたので驚いたのか、半ば呆然として頷いていた。

 クズ男とばかり交際してうまくいっていない紗英が、突然イケメン御曹司の悠司と結婚すると言ってきたので、意外に思ったのかもしれない。

 紗英の母親も反対することはなく、「娘をお願いします」と悠司に挨拶していた。母とは幼い頃から確執があったものの、紗英の幸せを望んでくれる母親だったのだとわかった。紗英はもう、母を許してあげようと心に思った。

 そして今日、晴れの日を迎えることができた。

 家族や親戚、そして会社の人が祝福する中で、純白のウェディングドレスをまとった紗英はバージンロードを歩む。

 祭壇前では、グレーのタキシードを着た悠司が微笑を浮かべて待っていた。

「素敵だよ。俺の奥さん」

「悠司さんも、とても格好いいわ……」

 優しい笑みで紗英の手を取った彼は、王子様のように輝いていた。

 一介の社員に過ぎなかった紗英が、御曹司の悠司に見出され、幾多の困難を越えてこの日を迎えられた。

 私は、大好きな人と、結ばれるんだわ……

 紗英の胸は感激に溢れていた。

 牧師の前で、誓いの言葉をふたりで述べる。

「病めるときも、健やかなるときも、ふたりで力を合わせて苦難を乗り越え、喜びを分かち合い、笑顔が溢れる家庭を築いていくことを誓います」

 これは式の前にふたりで練習した誓詞だ。改めて、紗英は悠司と家庭を築き、ともに人生を歩んでいくという誓いを胸に刻んだ。

 式は進行し、指輪の交換となる。

 台座に置かれた白銀の結婚指輪の、小さなほうを、悠司は指先で摘まんだ。

 ふたりは向き合い、紗英は左手を差し出す。

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