呪いの盾を、はなせない

井口カコイ

呪いの盾を、はなせない

「呪いの盾を取りに行きませんか?」

 呪いの盾。

 一時期話題になった強大な力を持つといわれる盾。

 その名が話題となり、いくつかの強力なパーティが入手に向かい失敗した。

 そして、彼らは口を揃えてこう言った。

『自分にはあの盾を扱いきれない』

 と。

 そういったことから呪いの盾についての話題が上がることはなくなった。

 私は僧侶のジョブについているが、回復職というよりも回復も出来る物理アタッカーという立ち位置にいる。

 前衛で戦う私が呪いの盾を持つことで、タンクである聖騎士殿の負担を減らしたい。

 他のパーティの失敗にもふれられたが、僧侶のジョブで呪いの盾を手にしようとしたものはいなかったことため、

『僧侶がそういうのであれば』

 と、皆の同意を得て呪いの盾入手に挑むこととなった。

「忘れられた聖域か。かつては美しい場所であっただろうに」

 祈りを。

 どのような聖域だったかわからずとも、須く我が神は救い給う。

 たとえ、邪神であれど、悪魔であれど、我が神は見捨てることはないだろう。

 最奥か。

 ここから先は一人でしか挑めぬ。だが、私には神と仲間がいる。

 なんとしても強力な盾を持って戻ってみせなけば。

「大いなる神よ、我に邪なるものを払う力を与え給え」

 いざ、参りましょう。

「神の子、僧侶か……」

「なんと! 盾でありながら言葉を発するのか」

 強大な力を持つ装備は人格を持つと聞いたことはありますが。

 この声は女性でしょうか?

「我が力を扱うに相応しいか問わせてもらおう」

「いいでしょう。嘘偽りなく我が真心によって応えさせて頂きます」

「えっ!?」

 ん?

 今の間は何でしょう。盾が何やら変な声を上げたような?

「汝、何ゆえ我が力を望む」

「悪しきものを打ち払うために、共に戦う仲間のため」

「汝、悪しきものとは何ぞ」

「悪しきものとは、人を惑わし、堕落させ、世界を混沌へと導くもの」

「汝、神とは何ぞ」

「教えによって、人を救い、導き、世界を善なる世界に向かわせるもの」

「汝、仲間とは何ぞ」

「親愛なる隣人」

「っ!?」

 またおかしな反応。

 それまでの問いかけには淡々としていたように感じましたが。

「汝、最も大切とするものは何か?」

「愛……愛に全てを」

「……」

 何も言わなくなりましたが、問いかけは終わりでしょうか?

「僧侶よ、我が身を取れ」

 おぉ、呪いの盾に認められた?

 あとは、装備した際の呪いに私が耐え切るのみ!

 大いなる神と親愛なるパーティの皆に感謝を。

 行きましょう。どんな呪いでも負けません!

「待ってましたよぉ!」

「は?」

「あなたみたいな人をずっと待っていたんですよぉ」

「え? どちら様でしょうか?」

「私ですかぁ? さっきまで僧侶さんと話してた盾ですよぉ」

 盾? どう見ても人では?

「せっかくお話するなら、こっちの姿の方がいいかなぁって。嫌、ですか?」

「あぁ、えぇと嫌などということはありませんが」

 軽い。とてもノリが軽い。

「本当の姿は盾なんですけど、こうやって人の姿になることも出来るんですよぉ」

「それはすごいですね」

「こう見えても強力な盾なので。えへへ」

 強力な盾であることは間違いないようですが。

 いやしかし、どう見ても可憐な女人にしか見えない。

「今まで来た人は私の力ばっかり見て、どうも信用出来なくて……でも、僧侶さんならいいかなって」

「いいかな?」

「誠実そうで、嘘とか言わなそうで、何よりも愛が大切って言ってくれて」

「は、はぁ……」

「私、僧侶さんのこと……その」

 何でしょう、この雰囲気は。

 我が神、助けて。

「言わせないでくださいよぉ。僧侶さんなのにずるいですよぉ」

 悪い夢でも見ているのでしょうか?

 もしや邪神の幻術?

「さぁ僧侶さん、私の手を握ってください」

 握るのは盾の持ち手なのか?

 それとも、この乙女の手なのか?

「こ、これが呪いの盾……」

「え? 呪いの盾?」

 なるほど、わかりましたよ。

「可愛らしい乙女の姿で使い手の心を乱す。これが盾の呪いの正体なのですね」

 それならば辻褄が合う。

 誰しもこの乙女の姿を見ながら戦いに集中することなど出来ません。

「呪いって何ですか?」

「ん? いや、それは貴方が強力な幻術で」

「いえいえ、呪いとか呪いの盾って私のことを言ってるんですか?」

「え? えぇと、忘れられた聖域には強力だが呪われた盾があると。その呪いの正体が貴方では?」

「呪い……そんなひどい。ひどいですよぉ!」

 ひどく落ち込んでおられる。

 僧侶であるにも関わらず、私は何と愚かしいことを!

「私、ただの盾ですよ! ちょっと人格があるけどそれを呪いだなんて」

 あぁ泣き始めてしまった。

「た、大変失礼しました。これをお使いください」

「ハンカチ……ありがとう……」

 ややこしいことになってきましたが、どうしたものでしょうか。

「あの私、外では呪いの盾なんて言われているんですか?」

「はい……強大な力を持つが誰しもが扱いきれぬと」

「扱いきれないかぁ……ずっとこんな所にいた盾ですもんね。私、めんどくさいですよね……」

「そんなことはありません! 貴方が出てきた時、私はまるで女神とでも邂逅したかのような心地でした」

 僧侶としては失格だ。

 情欲にまみれた言葉だ。猛省しなければならない。

 だが、彼女が女神のように可憐で見目麗しい乙女であることは事実である。

 それならば、僧侶だとしても彼女を前にして嘘偽りの言葉を投げかける方が不実なのではないか。

「女神だなんて、私そんな見た目も心もきれいな人じゃないですよ」

「私は貴方と出会ってばかりで、貴方がどんな方もわかりません。ですが、貴方の純粋な想いは確かに感じますよ」

「僧侶さん……でも、最初は僧侶さんのことを試したりして」

「強大な力が悪しきものに渡らぬようにするためでしょう?」

「そんなすごいこと考えてなくて、優しい人がいいなぁと思っただけで」

「優しい人がいいと思う心で充分ではないですか」

「僧侶さんは本当に……優しいんですね」

 うっ! かわいい。

 落ちそうになった。

「あなたが盾であっても、迷えるものを神の教えによって導くのは僧侶としての責務です」

「僧侶さんは、僧侶だから私に優しい言葉をかけてくださるんですか?」

「えっ!? あ、いや、どうなん、でしょうか……」

 上目遣い……ぐぬぅ。

 堕落しそう。

「ごごごごめんなさい。困らせるつもりはなくて私本当にずるくてめんどくさい盾で」

「ずるくない、面倒くさくないものなどこの世に存在しないと私は思っています。問題はそう思った時、どうするかが大事なことなのではないでしょうか?」

 私よ、こうやって悩みを聞き僧侶としての精神を取り戻すのです。

「私、いつも嫌われたくないとかずっと私のことを考えていてほしいとか思ってしまうんですよ?」

「皆から好かれたいとは当たり前のことです。そのために貴方は努力しているだけだと私は思いますよ」

 忘れられた聖域に長く放置されて、人との距離感がわからなかったのでしょう。

 最初こそは戸惑いましたが、神よ、こちらの盾に出会わせてくれたことに感謝を。

「うれしい……」

「貴方を笑顔にすることが出来て私もうれしいですよ」

「私、僧侶さんの力になりたいです! 改めて、私の手を握ってください」

 大丈夫。

 この盾とならどんな悪しきものでも打ち払えます。

 決して呪いの盾などではない。

「ところで、ずっと人の姿のままなのですか?」

「え? だって周りに敵とかいませんし」

 それはそうですが。

 可憐な乙女と手をずっと繋いでいるとは僧侶的にいかがなものか。

「嫌、でしたか?」

「とんでもない。ですが、パーティの仲間の所に戻ろうと思うので」

「もう行っちゃうんですかぁ……僧侶さんともう少しふたりきりがよかったなぁ」

「貴方と出会えたことも素晴らしいですが、私たちの本分を忘れてはいけませんよ?」

「そっかぁ。そうですよね。僧侶さんのお仲間の方に挨拶できるの楽しみだなぁ」

 ちょっと待った。

「挨拶する? それはどちらの姿で?」

「人型の方が親しみやすいかなと思ったんですけど」

 それはちょっとまずい気がする。

 だって、私のような僧侶と乙女が手を繋いで出てくるのは罪では?

 僧侶としての力というか、私の人間的な何か失うのでは?

「ごめんなさい! やっぱりダメですよね! ごめんなさい、ごめんなさい」

「いやいや、そんなことはありません。どどど堂々としていればいいのです」

 そうです。

 やましいことなど何もないので堂々としていればいいのです……多分。

「僧侶さん、嫌なことは嫌ってきちんと言ってくださいね。私直しますから、嫌いにならないでくださいね」

「嫌いになんてなりませんよ……」

 私は盾を取りに来たはずだったような。

「あと、僧侶さんの好きなものも教えて下さい! 好物とか趣味とかいろいろ知りたいです!」

 どんどん来る。

 盾なのに攻撃力高い……。

「料理には自信あるんですよぉ。いつか僧侶さんの好物も作っちゃいますよ! って、あ……」

 今度は何?

「ごめんなさい。また私僧侶さんのことを考えずに一人で突っ走って、自分勝手で」

「そ、そうですね……まだ私たちは出会ったばかりなのですからもう少しゆっくりと歩み寄りたいというか」

「ごめんなさいごめんなさい。重い盾でごめんなさい。だから嫌いにならないで」

「な、なりませんよ……貴方のことを大事にしますよ……」

「一生、大事にしてくださいね……約束ですよ」

 私はこうして強大な力を持つ盾を手に入れた。

 しかし、私の左手に握られた盾はいろいろな意味でとても重く感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いの盾を、はなせない 井口カコイ @ig_yositosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ