第8話:僧侶

廃要塞内はひんやりとした空気に包まれている。単に気温が低いと言うよりは、霊的な干渉で気温が下がっているようだ。


「そ、僧侶はどこにいるんですかね?早く見つけて帰りましょう」


レーナは未だ震えながら、後を着いてくる。


「この辺りは人が通ったらしい。多分この先に居るだろう」


私達は、人為的に払われた蜘蛛の巣の残骸を横目に進む。


「かなり霊が祓われているな。これだけの要塞で全くゴーストに会わない」


潜入してから既に30分程が経過している。基本的にゴーストは人間の生のエネルギーを持った魔力に惹かれるため、ゴーストが発生するエリアに入ると、むしろゴーストから寄ってくる。出会わないのはある種の異常事態とも言える。


「会わなくて済むなら良くないですか」


「やっぱり怖い?」


「もちろん怖いですよ!だって、魔法すり抜けるじゃないですか!倒せるけど辺り一帯吹き飛んじゃうじゃないですか!」


「そういえば”瓦礫の魔女”とか言う肩書きあったな」


ゴーストの倒し方は3通りある。その1、僧侶が浄化する。最も一般的な方法であり、最も確実な方法である。その2、聖水を掛ける。汎用的かつ、誰でも出来る方法だが、強い霊になると対応ができない。その3、魔力のある攻撃を当てる。物理攻撃と魔法そのものは効かないが、魔力出できた体には魔力が効く。火の玉は通り抜けるが、その中に含まれている魔力は効果があるという事だ。


「この要塞を私の手で瓦礫にする前に早く僧侶を探しましょう」


その瞬間、要塞内に悲鳴が反響する。若い女性の甲高い悲鳴だ。それに続いて、女性の高笑いが聞こえる。


「これもゴーストの声ですかね?」


「分からないが人が襲われてるようにも聞こえる、急いで行こう」


廊下を走り抜け、何度か角を曲がると、悲鳴と笑い声にかなり近づいた。両開きの扉1枚を挟んだ大広間から声が聞こえる。


「ここだな。レーナ、魔法は最低限だ。僧侶は巻き込まないように」


「分かってます。ニセイさんも、剣は効かないので気をつけて」


ドアを蹴破って広間に入り、すぐに周囲を見渡す。数十匹のゴーストが飛び回り、広間の中心に立った僧侶を取り囲んでいる。


「ふふふ......ここにもゴーストがいっぱい......。さあ、全部祓って差し上げますわ......!」


僧侶は不敵に笑うと、呪文を唱える。僧侶に青白い光が集まり、次第に強く輝く。光は収束すると、杖の先端に集まる。


「スピリット・ピュリファイ」


僧侶は杖を構え、更に詠唱を続ける。


「クイック・ダブル」


僧侶は更に風を纏う。右足を踏み込み、前に跳躍する。高速で杖をゴーストに叩きつけると、ゴーストが悲鳴を上げながら消滅する。


「アハハハハハ!ゴースト共、成仏しなさい!」


僧侶は止まることなく、次々にゴーストを消滅させる。その動きは僧侶と言うよりは、熟練の剣士のようだった。


「これが......僧侶......?」


知っている僧侶とはかけ離れた戦いに呆気にとられ、いつの間にか剣を構えることすら辞めていた。


「僧侶って支援職ですよね?後衛職ですらないですよね?」


レーナも同じく、杖をしまって様子を見ている。いつの間にか、部屋にいたゴーストは全て祓われていた。


「ふぅ、全て祓い終えましたわね。せめて安らかな眠りを......」


僧侶は正面で手を組み、膝をついて丁寧に祈りを捧げる。


「あ、あの......」


レーナが声を掛けると、僧侶は驚いたように振り返る。


「え、あ、あの、生きてる人間の方ですの......?」


先程の戦闘での高笑いとは打って変わって、消え入りそうな声で返事をする。


「はい。僧侶の方ですか?」


「ええ、わたくしはシエル。旅する僧侶ですの。あなた方は......?」


シエルは長い銀髪を整えながら名乗る。


「私はニセイ。勇者だ」


「私はレーナです。魔法使いです」


「勇者ということは魔王城まで向かわれるんですの......?わたくしも訳あって魔王城を目指しておりますの。連れて行ってはくださりませんか?」


「本当か!?」


思わぬ申し出に思わず大きな声が出てしまう。


「『可愛い子には旅をさせよ』がわたくしの家の家訓ですので、旅をしております」


「旅させ過ぎじゃない!?」


「それもツッコミどころですが、さっきの戦い方も十分ツッコミどころ満載ですよね?」


冷静にレーナが指摘する。


「性格が変わる程に強い強化を掛けてるんですか?」


「いえ、あれは普通の強化魔法ですわ。ただ、わたくし自身が強化されていると自信が溢れて来るのです」


「ほぼ二重人格だった気もするが......」


「ええ、時々言われますわ。ですが、ちゃんと記憶は残っていますし、意識も鮮明ですわ」


「この人本当に大丈夫ですかね?」


「まあ......実力は本物なんじゃないかな......?」


ツッコミどころ満載とはいえ、僧侶はかなりありがたい。


僧侶、シエルが仲間になった。

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