第3話:ラストエリクサー症候群
露天商から買った装備を買って城に帰ると、老いた近衛が若い兵士に何か箱を運ばせていた。
「おやニセイ様。おかえりなさいませ」
「ただいま。今は何を?」
「ニセイ様が旅に出られる前にイッセイ様が残されたアイテムを用意しておこうかと。使い道もありませんのでな」
兵士に箱の中身を見せてもらうと、中には大量のポーションが入っている。古びたラベルには『ウルトラエリクサー』と書かれている。
「これって......」
「ウルトラエリクサーでございます。戦闘中の怪我を即時に回復し、魔力も最大まで回復。その後、数分ですが自然治癒力が上昇します」
市販の上級ポーションがだいたい500ゴールドでナイフ程度の切り傷の回復効果だ。ウルトラエリクサーの効能を考えれば数万ゴールドの価値はあるだろう。
「1000ゴールドしか支給されないはずなのに貰っていいのか?」
「元々イッセイ様が冒険中に使わなかったものを兵士の為に備蓄していたのですが、そろそろ消費期限なのです」
ラベルの端には二十数年前の日付が書かれている。おそらくは制作日時だろう。
「そもそもお父様はなぜこんなに貴重なものを溜め込んで......」
「イッセイ様は不治の病に侵されていられました。ある種の呪いとも言えましょう」
「呪い......」
「原因不明のそれは『ラストエリクサー症候群』と呼ばれているそうです。イッセイ様より数百年前の勇者の記録にも残されている言わば”勇者の呪い”です」
英雄譚でも先代勇者パーティは、時々壊滅の危機に直面するシーンが伝えられている。魔王軍の巨大要塞での戦いでは、要塞のボス相手に死闘を繰り広げた後に討伐したものの、1か月ほど治療で近隣の村を拠点にしたという。これほどのアイテムもあったというのに、だ。それも”勇者の呪い”が理由なら納得がいく。
「そもそも”勇者の呪い”はどんなものなのだ?聞いた感じではポーションを体が受け付けないみたいな感じか?」
「いえ、もっと単純な呪いです。それは『貴重なアイテムを使い惜しみしてしまう』呪いなのです」
「使い......惜しみ......?」
「ポーションがあっても僧侶がいれば回復ができる。もう少しで倒れそうでも、相手も倒れそうなら、倒してしまってからゆっくり回復すればいい。そういった思考にとりつかれてしまうそうです」
何となく分かるような気がした。これほどの貴重なポーションだ。魔王と戦うときに取っておこうという思考は容易に想像できた。そして実際に魔王と戦うときは意外と使わなかったり、そもそも使っても余ってしまったりするのだろう。『強い敵が先にいる』という事実と、『魔王に挑むなら万全に支度しなくてはならない』という思考が回りまわって自分に呪いをかけてしまうのだろう。
「”勇者の呪い”なら私にも掛かってしまうのでは......?」
今までの勇者の思考を辿ってしまった私はもう他人事のようには思えなかった。
「これから勇者の肩書きを背負って行く以上、そうかもしれませんな。ですが、どうせ捨てるくらいなら、1本でも使ってしまおうという魂胆でございます。ただ無駄にするよりマシということです」
古びたラベルを撫でながら老いた近衛は続ける。
「それに、私は今までの二十数年。ニセイ様には『物を粗末にするな』と教育させていただきましたから。こちらもある種の呪いのようなものです」
近衛は穏やかに笑った。
「そうは言ってもこんなに持ち運べないが......」
話している間にも、若い兵士達が次々に木箱を運んでくる。馬車数台で運ぶような量だ。
「イッセイ様が使われていた魔法のポーチをお使いください。古く見えますが、今では世界で数人しか作れないと言われている無限収納のポーチでございます」
「無限収納!?」
「文字通り、無限にアイテムが収納できます。成人男性の鎧装備程度のサイズまでなら出し入れに支障は無いかと」
「これ武器の棒もらう前に欲しかったんだけど?」
むしろこれが貰えるなら棒なんて要らない。
「完全に失念しておりました」
「やっぱりこの国おかしいよね?お父様が使っていた聖剣は溶かされるのに、最初に使っていた棒とかこんな古びたポーチは捨てられずに残ってる。しかもポーチに至ってはとんでもない性能なのに忘れ去られてる」
「魔王最盛期の武器庫は現在の美術品用の武器庫とは別管理でしたので、もう長いこと誰も開けていなかったのです」
「まあそれだけ平和だったんだろうけども」
ひとまず、装備も道具も一通りは揃った。
「そういえばお父様はパーティーを組んでたはずだけど、仲間ってどう集めてたの?」
先代勇者パーティーは4人と一匹。勇者、魔法使い、戦士、僧侶。そして途中で拾ったドラゴン。
「先代勇者パーティーは道中で集めたそうです。ニセイ様も道中で集められると良いかと」
「この時代に仲間って集められるのか......?」
「では、西にある”魔法使いの森”を目指されると良いでしょう。先代勇者パーティーの魔法使いが実戦までできる魔法使いを育成している場所です。旅と実戦経験を求める魔法使いが見つかるかと」
「なるほど、とりあえず最初はそこを目指してみるか」
「では今日は早めにお休みください」
「ああ、おやすみ」
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