第2話:スライムだけ溶かす服
運が良いのか悪いのか、武器はタダで手に入ったので、まだ手元には1000ゴールド全額残っている。私は適当に布に包んで誤魔化した木の棒片手に革細工師の店へ向かった。もちろん、魔王討伐を考えると、槍も魔法も通さないような鎧が欲しいところだ。しかし、残念ながらそれを装備して戦えるほどの筋肉がない。最低限の防御はできる上にかなり丈夫な革防具を買うことにした。
「留守......」
辿り着いた店先には「素材調達のため旅に出ます」と張り紙が貼られている。
「お兄さん、なにか必要なものでもあるのかい?」
呆然と立ち尽くしていると、少し怪しげな露天商に声をかけられた。
「革防具が欲しかったんだが、不在のようなので諦めようかと......」
「お兄さん、今の時代に防具が必要とは珍しいね!うちでもいくつか取り扱いあるよ」
露天商は大きな鞄をその場で広げると、中身を漁り始めた。鞄の中からはキノコや薬草、モンスターの素材、宝石、アクセサリーなどジャンル問わず様々なものが出てくる。
「確かこの辺りに......あったあった。魔王討伐前の時代の物だから古いけど保存状態と性能は保証しよう」
そう言いながらいくつか上着を取り出した。
「まずはこれ。オーク皮のベストだ。今の時代じゃまずオーク皮なんて手に入りゃしねえ骨董品ってもんよ」
深い緑色のベスト。オークという人型モンスターの皮は所々に裂傷の跡やイボなどがあり、かなり気持ちが悪い。しかし、軽い素材の中では上位に入るほど魔法耐性が高いのだとか。
「次はこっち。カイフクラゲのタンクトップだ。生地が水に濡れると回復効果のある粘液が出る。その分上半身がかなりベタベタになるが生存率はかなり上がる」
カイフクラゲの皮膚は主に漁師や船乗りが包帯代わりに使っていたという。回復力は止血をかなり抑えられること以外は自然回復よりも多少マシ程度だ。とは言え、冒険ではかすり傷から入った菌によって命を落とすという例もいくつかあるので馬鹿には出来ない。
「最後にこれ、これはうちではイチオシしたいんですがね......」
そう言いながら露天商が取り出したのは、白っぽい薄い石版を龍の鱗のようにいくつも繋いで作った鎧だった。
「これは通称、”スライムだけ溶かす服”。文字通り触れたスライムの水分を奪い取って消失させる代物だ」
「どういう理屈だ?」
「これはダイアトマイトという一部地域で取れる土を使ったものだ。その地域では吸水マットとかに使われてるそうだが、それを魔法の力で強化加工したそうだ。耐久力は毎日スライム10匹溶かしてざっと2年程度。ちゃんと手入れしてやればもっと持つ」
かなりピンポイントなニーズに寄り添った商品。隙間産業ここに極まれり。だがしかし、魔王軍の衰退した世界で亜種なども含み最も自然に湧くモンスターがスライム種だ。基本どこにでもいて、数も多く、そして微妙に倒しにくい。正直今の世界で旅をするならかなりいい装備だと言える。
「特殊なスライムには効くのか?」
「もちろん、毒、電気、環境適応種程度なら普通のスライムと同等。炎、氷は急激な温度変化を避ければ少し聞きにくい程度。あぁ、オイル系には効かないことは頭に入れておいてくれ。あぁ、あと、長時間水にぬらすのは避けた方が良い」
聞いた感じではかなり優秀だ。
「それは何ゴールドだ?」
「1250ゴールドのところ、今だけ1100ゴールド。どうだい?」
「じゃあやめとく。今手持ちは1000ゴールドしかないんだ」
私は革袋から10枚の100ゴールド硬貨を取り出して見せる。
「それなら丁度1000ゴールドで手を打とう」
私は1000ゴールド全て支払って、受け取った鎧を着る。革の鎧と同じくらいの重さ。来ていて少し可動域は狭くなるものの、邪魔になりはしない。
「手入れだが、スライム吸わせたら少なくとも1時間は乾かすんだぞ。連続で吸収できるのは5匹までだ」
露天商はそう言いながら紙の端切れにメモを書いて渡してくれた。
「助かる」
「今どき鎧を買うなんてきっと訳があるんだろう。頑張ってな」
私は露天商と別れ、城下町の外へと向かった。
手頃なスライムを見つけた。基本的には知能が低く、何かを求めるわけでもなく徘徊している。しかし、スライムの厄介なところは、複数体でくっついて大きく、強くなることだ。そして大きくなるほど知能を持ち、また、低確率ではあるが特殊能力を持った変異体になることもある。小さいうちに減らしておくことが望ましい。それに加え、スライムの核は錬金術の基本素材であり、鉄や小麦と同等に重要視される素材でもある。そのためどの地域でもスライムは積極的に狩ることを推奨されている。
ひとまず棒を片手に構え、スライムに近づく。スライムはこちらを気にすることなく徘徊している。人口が多い街近くらしいかなり低級のスライムだ。後ろから近づき、棒を振り下ろす。打撃系の効きにくい相手だが、小さければ体ごと核を叩くことが出来る。核を失い、形を保てず自壊し始めたスライムの体液を手ですくって防具に掛けると、液体を一瞬で吸い込んだ。メモによると、付与された魔法によって自然乾燥を早めているのだとか。全額使ってしまったが、かなり便利なものを手に入れたような気がする。私は満足して城に戻ることにした。
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