勇者ニセイ
えびめてうす
第1話:ゆうしゃのつるぎ
私は勇者ニセイ。魔王ショダイを討伐し世界を救った勇者イッセイと、とある国の姫の間に生を受けた男。現在22歳彼女無し。数年前、先代勇者であった父、イッセイが魔王ニダイメの呪いによって命を落とした。国民は酷く悲しみ、三日三晩喪に服した。次第に勇者の死への悲しみは魔王への怒りへと転じ、民衆は命を落とした父の仇を取る2代目の勇者の英雄譚を求めるようになった。
とはいえ、それまでは平和な時代だった。魔王が討伐されて25年、平和ボケの限りを尽くした世界と私は当然戦う力など持ち合わせていないのだった。
「えっ、聖剣溶かしちゃった!?」
城内に驚愕の声が響く。
「ええ、勇者様の像を広場に作る際に、イッセイ様のお名前を刻むプレートの材料として使ってしまったという記録が残っております」
魔王討伐後の世界は平和以外語ることの無い世界だった。
民衆はほとんどの武器を捨て、破壊された街や国の再建資材にあてた。そのおかげで、現在はどこの街に行っても魔法灯で夜まで明るく、馬車が鉄製の車輪で轍を作り、大陸共通の貨幣が発行されていた。血を流すための道具は文化の礎となり、より多くの人の生活を助けるようになった。
それは年老いた近衛兵の言う通り、勇者の装備でさえ例外ではなかったのだった。
「じゃあ武器どうするんだよ!素手で魔王城に乗り込めってか!?そもそもちゃんとした訓練とか受けてないのに?」
普段の冷静さなど忘れ、ニセイは声を荒げる。
「この城の武器庫にも武器はあります。しかし、近年は戦闘と言えるものがそもそも起きていなかったために美術品としての武具以外はほとんど手入れされておらず......」
「この国の軍備大丈夫なの!?」
「まぁ......我が国は勇者の出身国と言う肩書だけでも何とか......」
平和ボケここに極まれりと言った有様だった。
不安げな表情をようやく読み取ったのか、近衛は少し考えると、はっと思い出したように口を開いた。
「一軒だけ、この城下町で武器鍛冶をしているところに心当たりがあります。そこを訪ねられるというのはいかがでしょう?」
「この時代に武器鍛冶が?」
実際、魔王討伐後は武器鍛冶、防具鍛冶共にほぼ廃業状態となった。そして彼らのほとんどが別の職を探すか、日用品や町の設備を作る鍛冶屋として活躍している。武器鍛冶をやっている方が変人なのだ。
「ご安心ください。先代勇者様も旅に出られる前にここで旅支度をされました」
「それなら行く価値はあるだろうけど......」
「ではこちらを」
そう言って近衛はポケットから小さな革製の巾着袋を取り出した。
「こちらで旅支度をなさってください」
袋を受け取り、中を覗くと1000ゴールドが入っていた。
「お使い......?」
「いえ、先代勇者様から続くしきたりでございます。旅に出られる勇者様に準備費用の1000ゴールドをお渡しするということになっています」
「あの、一応肩書は王子兼二代目勇者なんだけどもっと予算降りなかったの......?」
「しきたりですから」
「そこをなんとか」
「しきたりですから」
結局1000ゴールドを握りしめ城下町まで来る羽目になった。
「冷静に考えれば王子が護衛も付けずに外出って良くないよな......」
それだけ平和なのだろうが、全部丸投げされているようで何となく腹が立つ。
「あった、ここだ」
城下町の端の方まで歩いたところで、煙突から黒い煙を吐き続ける工房を見つけた。
「鍛冶屋”鋭利工房”......。少し胡散臭いけど大丈夫なのか?」
鉄板に刻まれた店名を見て少し不安になる。その下には小さな字で『”勇者の剣”あります』と刻まれている。ますます胡散臭さが増していく。ひとまず工房に入り、奥に声を掛ける。
「すいませーん、剣を買いに来たのですが」
少しして、毛むくじゃらの大男が店の奥からのそりとやってきた。
「剣が欲しいとは珍しい......いや、貴方様はニセイ王子、いや、今は勇者ニセイ様とお呼びすべきですかな」
「ええ......まあ......」
「少し待っていてくだされ」
そう言って大男は店の奥へとまた戻っていった。
数分して、戻ってきた大男には木の棒が握られている。
「これを持ってお行きなされ。勇者イッセイ様もお使いになられた由緒ある武器だ」
「は?」
それはどう見ても木の棒だった。端は無駄に握りやすく、丁度小道を歩くときに振り回したくなるような長さと重さの棒。切れ味と言う概念などそもそも持ち合わせるはずもない、そのあたりに落ちているような木の枝だ。
「勇者様が凱旋された際、出発前にこの店で買われたこの棒を寄贈してくださったのです。そしてこう言われた。『旅の序盤を支えてくれた大切な相棒だ』と」
文字通り相”棒”だろうなと思った。
「いやあの、1000ゴールドあるので鉄......いや、この際銅の剣......足りなければもうナイフでもいいです。売ってください」
「いや、貴方様にはこの剣しか考えられない。お父様の相棒を携えたお姿、私はイッセイ様が旅に出らたれたあの日のお姿と重なってしまい感涙に堪えません......!」
だめだ、話が通じない。
仕方なく木の棒片手に城へと戻ることにした。
「おお、お戻りになられましたかニセイ様」
「これを見てどう思う?」
私は木の棒を広場の勇者像と同じように右手に持ち、高く掲げた。
「旅立ちの挨拶をされるイッセイ様のお姿と重なるかのようでございます」
「本当にそうなんだ......」
父は何を思ってこの棒を片手に旅に出たのだろうか。既に先が思いやられる。
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