第39話 つかの間の平穏③
「……とりあえず、もうあんな下品なこと、卑猥なことを言うなら二度とあたしの家には入れないからな!」
彼女の警告に彼は「ちっ」と不機嫌に舌打ちする。
「けっ、『あたしは潔癖なんです~』ばりに上品ぶりやがって。ああやだやだ、なんで人間てのはたかが言葉だけでそう敏感になるんかねえ」
「寧ろショーエイが異常なんだよ。今のお前、人の形をした汚物みたいな奴になってるぞ」
「汚物ねえ、そりゃあ褒め言葉か?」
「…………………」
「まあいいさ。俺が言えることはお前らに何と言われようがこれっぽっちも気にしねえってことだ。否定や拒絶、悪口、陰口したけりゃ勝手にしろ。言うだけタダなんだしな――」
余裕綽々の表情のショーエイだが、突然顔を豹変させて彼女をグッと睨みつける。
「ただこれだけは言っておくぜ。お前ら、特にロイスの野郎はなんか俺に媚び売ろうとして何とかして仲間に引き込みたいみてえだがそんなことするのは諦めな」
「ショーエイ…………?」
「俺を操れるチョロい奴と思ったら大間違いだぞ?今は笑って済ませてるがもし強引にでも俺を御してこようものなら――」
《八つ裂きどころじゃ済まないと思えよ……………!!》
彼のその突き刺すような視線と圧倒的な威圧感に流石の彼女も寒気と共に冷や汗が流れてしまう――。
「ロイスの野郎に言っときな。俺に優しく接してもしかしたら心変わりするかもとかいう淡い期待はするなとな」
ショーエイはその場でハイジャンプしてそのままブースターを噴射し、どこか遥か彼方へ飛び去っていった。
(あいつ…………何でそんなに他人の優しさや気遣いを拒むんだ……っ)
何故そこまで徹底的なのか、彼女は理解できなかった――。
――彼女は家に着き、居間であれから何とか落ち着いたロイスにショーエイが言っていたことを話すと彼は「ふう……」と深いため息をついた。
「なあロイス、もうあいつに期待するのは正直無駄だと思う――アンタの身の安全を考えてショーエイと関わるのをやめたほうがいいよ」
しかし彼は――。
「いや、俺は諦めない。レヴ大陸の戦力も今一つ分からないのに更にショーエイもいるとなるとこのままじゃあアルバーナ大陸、いやテラリアそのものが危ない。だったら一欠片の希望にもすがって賭けてみる。俺よりもマナこそ自分の安全を考えたほうがいいぞ」
「あたしは心配ないよ。あいつはとりあえず全快するまでは私に手出ししないと思う」
「……どういうことだ?」
彼女はレーヴェからハーヴェルへ向かう途中にショーエイの言った「お前は俺がフルパワーになった時の一番最初の血祭り第一号だ、それまではお前を絶対に殺さねえ」ということを彼に伝えた――。
「あいつがいつ全快するか分からないけどそれまでは恐らく大丈夫さ。逆に言えばそうなったらあたしは間違いなく真っ先に死ぬだろうけど――」
諦めからか「はは……」と彼女らしくない微笑の声が漏れてしまう。
「心配するな、その時は俺がお前を全力で守る。たとえこの身が朽ちようとな」
「ロイス……………」
「どの道そうなったら俺、いやこの世界の全員もあいつに殺される運命だ。だったら最後まで抵抗してみせるさ」
彼は腕組みして、間を空けてこう呟いた。
「……ショーエイって元のいた世界でもあんな感じだったんだろうか?」
「そうだろうね。あいつに聞いたら、自分の祖国に裏切られたって言ってたけど元はと言えば敵はおろか味方すら平気で殺してたらしいしそりゃあそうなるに決まってる」
戦闘力という意味での兵器としては申し分ないが自身を創造した味方の陣営すら敵に回すという意味では間違いなく欠陥品、いや失敗作である。
「……俺さ、ショーエイって最終的に一体どこに向かってるんだろうなと、ふと思っていてな。あいつは見た目はちゃんと人の形をして意思を持つけど兵器として生まれたのだからその通り、殺戮や破壊したがるのは分かる。けどもしそれすらもできなくなったらどうするんだろうか――」
そう疑問を漏らすロイス。あの男の欲望の行き着く先にあるのは虚無か、それとも――。
「仮にこの世のありとあらゆる物、生き物全てを破壊、殺し尽くした後、ショーエイは一体どう考え、どう行動するのか。虚しくなるのかならないのか……なんてな」
「……まああいつはそうなってもまた新たな戦いを求めて別の世界に飛ぶかもな。少なくとも虚しくなって自殺するような奴ではないのは分かる」
「別の世界にか……まあ確かにあり得そうだがな。しかしどうしてわざわざこのテラリアに流れ着いたのだろうか――」
「さあな、もしかしたら神のいたずらなのか分からないがあたし達にしたらとんだいい迷惑だ」
「――まあとりあえず俺は諦めずショーエイと何とか少しでもいい方向へ動くように接してみる」
「……ロイス、無茶だけはするなよ」
「分かってる。あと問題はレヴ大陸が本当に攻めてくるのか、それもいつなのかが分からないことだ。俺も一応世界の風や空気の流れを掴んで探っているが難しい――」
「あたしも出来るだけ正確な向こうの情勢、情報を掴めるように努力する。ただ向こうにあたしのことが色々とバレてるから下手に踏み込めないのがキツい――寧ろ今のこの話が向こうに盗聴されている可能性すらあるからな」
「レヴ大陸はそんな高度な技術を持っているのか……」
「ハーヴェルにいた時、レヴ大陸から来たという謎の男はあたしを誘拐してダガール遺跡までの長距離を一瞬で移動したかの様な力を持っていたし、奴に尋問を受けた際に気絶する直前に水晶のような物で仲間と連絡をしているのを目撃した……恐らくレヴ大陸の魔法技術はアルバーナ大陸とは違う発展をしていると思う……それから一度も姿を見せないのは唯一の気がかりだがな」
「………………」
「そう考えるとこちらの動きは何から何まで向こうに筒抜けになっていると考えたほうがいい。恐らくだがまだしばらくは攻めてこないと思う、焦らしに焦らしてこちらがくたびれて少しでも油断した瞬間を狙ってくると予想している。恐らく早くて数ヶ月、遅くて一年以内か――」
「それまでにショーエイが我々になびいてくれればよいが……とにかくやろう。マナも本当に深追いするような無茶するなよ」
「心配するな、あたしだって王直属の諜報員だが身の程は知っている、決して調子には乗らないさ。それに――――」
「…………それに?」
「あたしはロイス、アンタの奥さんになるんだからな。結婚式を上げるまえに何か起きてアンタを悲しませるようなことは絶対にしないよ」
すると彼は「フッ」と優しい笑みを見せて彼女の肩に手をおいた――。
「……絶対に死ぬなよマナ、お前とシェナは俺が必ず幸せにする。挙式は全てが片付いて落ち着いたらしよう、長くなるかもしれないがそれまで待ってくれるかい?」
「あたしも同じ考えだ、だからロイスも自分の命を大切にしてくれよ。何かあってあたしやシェナを悲しませちゃ嫌だからな……!」
「ああっ……………」
……将来を約束し合った者同士の二人はその場で熱いキスを交わして愛し合う。その時の彼女は普段以上に女性らしく可憐な乙女の顔をしていた。
「……………………」
その熱く絡み合う様子を偶然、ドアの隙間から覗き見して顔が真っ赤のシェナだった。
(やあん……マナさんとロイスさんがき、キスしてる…………いいなあ、あたしもああいう男の人ができるかしら…………っ)
考えたらシェナもリィーン族と言えど思春期の真っ盛りのお年頃、エニル村にはそもそも異性として意識するような同年代の男性がいなかった彼女からすればこの二人のなんら普通のキスですら物凄く刺激的であったに違いない――。
(あたしもいつかそういう男性がいればいいな……)
彼女が思い浮かぶ男性は村長やエニル村の数少ない大人、ロイス、そして――。
(…………ショーエイは絶対にないわっ)
と、急激に覚めてしまった。まあ彼は生き物じゃないので人格的には男でもそもそも性別すらないので論外である。
ショーエイ・ファンタジー~こいつをなんとかしないと世界が滅ぶかも~ @lacryma123
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