第11話:決して混ぜるなこのマリアージュ
朝のホームルーム前……
『お昼休みに
一緒にゴハンを食べませんか?』
などと、ましろ様からのメッセージを受け取った。
彼女は校内でも有名なお嬢様で(心鉄は昨日まで知らなかった、というか興味もなかった)、心鉄たちよりいっこ上の先輩である。
しかしとても年上には見えない見た目で、背は低く童顔で、どれだけ高く見積もっても中学生としか思えない容姿をしている。
が、可憐な姿の彼女を敬愛する生徒は非常に多く、公的な親衛隊と非公式なファンクラブが存在している。
学校内では基本的に親衛隊の誰かが彼女の側に侍っているため、声を掛けることはおろか近くづくことさえ容易ではない、そうだ。
しかし、どうやら先日から彼女のクラスに変化があったらしく、元々いた男子生徒たちがこぞって別のクラスに割り振られたらしい。
今のましろの周りには、基本的に女子しかいない状況だという。
以上、情報ソースは蓮華である。
「――久世さ~ん!」
そして、そんな状況下で彼女が自分から声を掛けに行く男子生徒の噂が、新たに学校内で広まりつつあった。
「お昼、ご一緒しましょう!」
「むろん、貴様に拒否権はない」
「こんにちは~、久世さ~ん」
ましろの後ろに立つ二人、たつ子と春子。一方は今にも人を射殺しそうな目で、もう一方はポワポワとした調子で、久世に視線を向けてくる。
「ままっ、ましろ様! ウチもご一緒していいですか!?」
「もちろんだよ蓮華ちゃ~ん」
「っしゃあ!!」
蓮華は奇妙なテンションで拳を握る。彼女は生粋のましろ様ファンで、隠し撮りされた高額な写真に惜しげもなく金を突っ込むアホなのである。
「他の皆さんも、よければどうしょうか?」
「俺は問題ないで~」
「皆が行くなら、ワタシも」
と、ましろが全員をお昼に誘うと、彼女の前にスッと出てくる人影がひとつ。
そいつは彼女前で膝を着くと、その手を取って微笑みを浮かべた。
「これはこれは、美しいお嬢さん、あなたのことは聞いていますよ、ましろ様、ですよね」
「え? はい……あなたは?」
「失礼しました、僕はそこにいるシンテツの盟友にして、生涯の友――朝霧源氏といいます、以後お見知りおきを」
「これはごとても丁寧に、ありがとうございます。わたしは天羽ましろです。あなたも久世さんのお知り合いさんなんですね」
「それもう、唯一無二の親友ですとも」
「わぁ~、それじゃ、一緒にお昼はどうですか?」
「もちろん。この源氏、あなたのような可憐なお嬢様のお誘いを断るような無粋はいたしませ――」
――ザンッ!!
たつ子が腰の刀を抜いて源氏の手首めがけて振り下ろす。
しかしその一撃を彼はサッと身を引いて躱した。
「汚らしい手でお嬢様に触れるなこの痴れ者が」
目が据わってる。たつ子はましろの身を引いて自分の後ろへ隠した。
「おっと、これは失礼しました。あまりにも愛らしい方が目の前に来たものですから、つい……どうか、許していただけませんか、美しいお嬢さん」
源氏はキザな台詞と共にたつ子の手を取……ろうとしたところでまたしても一閃。華麗な身のこなしで白刃を回避した。
「っ! 私の一撃をこうも易々と……おい久世! なんだなんだこの気色悪い男は!?」
「はぁ~……そいつは朝霧源氏……あんまし認めたくねぇが、まぁ俺らの、知り合いだ」
「おいおいつれないじゃないかシンテツ、僕たちの出会いは、あんなにも熱く滾っていたというのに……あの夜のこと、君はもう忘れてしまったのかい?」
流し目で見つめてくる源氏。
なにを思ったのか、たつ子とクラスの一部女子が顔を赤く染める。
「き、貴様っ、まま、まさかそっちの趣味だったのか!?」
「ちっげぇよ! お前も誤解を招く言い回しをすんじゃねぇ!」
「ぬぐぉ!?」
心鉄は源氏の弁慶さんに蹴りを入れた。
「ふぅ、今日も賑やかなぁ」
「騒がしい……」
零と宮古は、わちゃわちゃとやかましい光景に呆れた。
・・・
『あの~、お昼ご飯、食べないんですか?』
という、ましろの鶴の一声で、たつ子は居ずまいを正し、『ついてこい』と心鉄たちを先導した。彼女の手には大きめのランチボッスク、ましろはウキウキした表情で階段を上がっていく。
「――で、なんでまた屋上なんだよ? ここ、立ち入り禁止だろうが……てか、なんだこれ?」
またしても学校の屋上へ連れてこられた。
しかし、目の前に広がる光景は、前日のものとはだいぶ様相が異なっていた。
「理事たちを含め、上には話をつけておいた。設備を整え、ここを使えるようしておいた。誰に咎められることはないから安心しろ」
屋上を囲むフェンスは今までのものよりかなり高いものが設置され、床一面には芝が敷き詰められ、ベンチとテーブルが等間隔で並んでいた。
「昨日までなかっただろ、こんなもん」
「昨晩のうちに改装しておいた」
「金持ちこわ……」
規格外な行動力、それを実現してしまえるだけの財力。
心鉄は改めて、ましろという少女の家が、かなりの力を持った家であることを認識させられた。
「心鉄さん! あそこに座りましょう! わたし、今日の為に色々と作って来たんです!」
ましろはたつ子からランチボッスクを受け取り、中を心鉄たちの前にお披露目した。
「うわぁ、おいしそ~う」
蓮華がランチボッスクを覗き込む。中にはサンドイッチがみっちり詰まっていた。LBT、卵、ツナ、てりたま、などなど、レパートリーに富んだラインナップだ。
「全てお嬢様お手製だ」
「マッ!? これ全部ましろ様が作ったんですか!?」
「へへ……お料理はちょっとだけ得意なの」
「今朝は早くに起床され、これを調理されたのだ」
「こうやって皆でご飯を囲むの、憧れだったんだ~」
たつ子は手早くテーブルにクロスを広げ、食事の準備をテキパキと進めていく。そこに源氏が「手伝いますよ」と近づき、「寄るな斬るぞ」と睨みつけられている。
「お、お嬢様~、遅くなりました~!」
すると、後ろで扉が開き、春子が両手に重そうな袋を抱えて現れた。
「はるこちゃん、お疲れ様」
「ふぅ~、この時間の購買はやっぱり混んでますね~」
袋の中身はペットボトル飲料だ。「持つぞ」、「これは重かったやろ~」と心鉄と零は彼女から袋を受け取る。
「あ~、すみませ~ん」と恐縮する春子を伴って、たつ子が準備しているテーブルに飲み物を並べていった。
「それじゃ、いただきま~す!」
ましろが手を合わせ、全員がそれに倣う。
「んっ!? なにこれ、すっごくおいしい!」
蓮華がたまごサンドイッチを手に絶賛、なぜかたつ子がドヤ顔で「当然だ」などと得意げになっている。
心鉄も蓮華に倣いサンドイッチを一口。
「へぇ、うまいな」
「貴様はもう少しリアクションできないのか? お嬢様の手料理だぞ?」
「ふふ、麗しい怜悧なお嬢さん、心鉄はこれでもかなり絶賛している方なのですよ」
「そうは見えないが……それより貴様、源氏とかいったか。次にその歯の浮きそうな呼び方をしたら即座にたたっ斬るぞ」
鍔を鳴らしてたつ子は鋭い眼光を源氏にプレゼント。
しかし源氏は気にした素振りもなく、むしろ更なる追撃に出る。
「申し訳ありません……僕は美しい女性を前に賛辞を押さえられないのです。どうかお許しただきたい」
まるで中世の騎士よろしく膝を折りたつ子の手を取る源氏。
バッと手を振り払ったたつ子は刀を抜いて威嚇し始めた。
春子が「まぁまぁたつ子ちゃん、落ち着いて~」と宥め、どうにか場を治める。
春子もなかなかに苦労しているらしい。
「やっぱ源氏がおると場が面白くなって最高やな」
「騒がしいだけ、あと鬱陶しい……ん、おいし」
零と宮子が高みの見物を決めてましろのサンドイッチをパクついている。
心鉄も我関せずといった態度でサンドイッチを頬張っていたのだが、不意にましろが源氏に近づいた。
「あの、源氏さん」
「おや、可憐なお人、僕になにか御用でも?」
瞬間、嫌な予感を覚えた心鉄。
「はい! 実はわたし、最近男の人のことを色々と調べていまして!」
「ほぉ、それはそれは。実に勤勉ですね」
「ありがとうございます! それで、ちょっとお願いがあるんですけど――」
心鉄は食べかけのサンドイッチを手に席を慌てて立つ。
同時にたつ子も動き出していた。
「ぜひ! 源氏さんのお体を! 色々と見せていただきたく――うむっ!?」
心鉄はましろの口に食いかけのサンドイッチをねじ込み口を塞ぎに行った。
が……
「そのようなことならいくらでも! この源氏の体などで良ければ、好きなようにご覧ください!!」
間に合わなかった。
バッと源氏は制服の前をはだけさせ、均衡のとれた肉体美を惜しげもなく晒す。
「ええい! お嬢様に不潔なものを見せるな!!」
と、たつ子は鞘ごと刀を引き抜き、源氏の頬に強烈な一撃をお見舞い。
彼は「あはんっ!」と吹き飛ばされ、屋上の床に転がった。
……頼みごとをされたら断らないバカと、お嬢の相性を考えてなかったな。
ましろの強制力うんぬんを抜きにしても、断るということをしない源氏に今のましろを接触させたのは失敗だったと、小さく後悔する心鉄だった。
E&B:―知りたがりの純情お嬢様にいらんことを教えた末路― らいと @NOBORIGUMA
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