第10話:奇妙で珍妙なバカ野郎
22時過ぎ……チャットアプリにて。
零 『結局、今日はゲンの奴こんかったな』
蓮華『そういえば!
完全に忘れてた!』
零 『ひっどいの~ 笑
言うて俺も忘れてたけどな!』
宮子『いてもいなくても同じ
むしろいない方が静かでいい』
蓮華『それはさすがにひどくないかな?』
心鉄『あのバカ
マジでこのまま留年すんじゃねぇだろうな』
蓮華『てか既読の数的にさ
ジーちゃんこれ見てない説』
零 『またどっかで面倒ごと拾い上げとるんちゃうか?』
宮子『どうでもいい
ワタシ今から忙しくなるから
じゃ…』
零 『またFPSか?
ほんまに好きやな~』
心鉄『あいつはまた…
ホントに体壊すんじゃねぇか』
零 『そんでシンは相変わらずオカンやっとんのな 笑』
心鉄『お前らが生活適当すぎんだよ』
蓮華『それよりマジでジーちゃん明日もガッコ来ないとかないよね?』
零 『そんなら電話してみたらええやろ』
蓮華『ええ~
それはなんかやだ~』
零 『あいつの信頼度ひっく~』
心鉄『明日になっても登校してこなかったら
そん時に連絡すればいいだろ
最悪、このメッセに気付くかもしれねぇし』
零 『それはどうやろな
あいつ、また例の病気出てると俺は思っとる』
心鉄『かもな
じゃあな
お前らも早めに寝ろよ』
心鉄はアプリを閉じた。
今日は先日に引き続き、本当に疲れる一日だった。
朝からましろが教室に突入して来たかと思えば、帯刀したヤバイ女……一ノ瀬たつ子に絡まれた。挙句の果てに、心鉄が実施したましろへの性教育の責任を取れ、と詰め寄られる始末だ。
……ちょっと純粋すぎんだろ、あのお嬢。
隙があれば誰かれ構わず色々と訊こうとするので、その度に心鉄とたつ子がなんど気を揉む羽目になったかわからない。
しかも最後には、彼女たちとなぜかゲーセンへ行くことになった。
「マジで疲れた」
自分にも責任があるとはいえ、あの好奇心旺盛お嬢様とこれからも付き合っていかければならないのか、と思うと気が重い。
蓮華あたりは涎を垂らして大喜びしそうだが。
布団に身を投げ出す。すると玄関から「ただいま~……」という覇気のない声が聞こえてきた。
母親が帰宅してきたらしい。
「よっこいしょ、っと」
おっさんのように起き上がり、彼は母親を出迎える。
年のころは四〇手前、四人の子供がいるとは思えない若い見た目……しかし、最近は少し目元に疲労が目立つようになったかもしれない。
シングルマザー、一家を支える大黒柱、心鉄は彼女に頭が上がらない。
既に妹たちは就寝、心鉄は自分以上に疲れた顔をしている母親に、
「メシ食って風呂に入ってから寝ろよ」
と、ぶっきらぼうに言い放ち、
「いつもごめんね、ありがと……」
母親が就寝したのち、自分も布団に入った。
・・・
翌朝、学校への登校中に心鉄はそいつを目撃した。
「おはようございますマドモアゼル、今日もお美しい。あなたの作るお弁当は、いつだって僕を魅了してしまう」
「あらやだゲン君ったら、おはよう。試作品のサンドイッチがあるけど、よかったら食べていくかい?」
「う~ん、このかぐわしいバラの香り、何度きても脳を痺れさせてくれる。しかし、店員であるあなたの美しさは、バラよりも僕の心を揺さぶってくる」
「も~うゲンジ君は朝から調子のいいこと言って~♪ はい、これ。お部屋に飾るバーバリウムを探してる、って言ってたでしょ。あたし作ってみたんだ」
「ご婦人、なにかお困りごとはないかな? この
「あんら源氏ちゃん、おはよう。最近は平和そのものよ、ほほほ」
「それはなによりだ。なにかあれば、すぐに僕を頼るといい」
「アメちゃんいるかい?」
「いただこう……ふふ、まるであなたのような優しい味がする」
「あんらまぁ」
などと、次々と商店街のご婦人相手に歯の浮く台詞を言ってみたりと、あきらかに異彩を放つ男。
スラリとした長身はピンと一本芯が入っているかのように真っ直ぐに伸び、甘く整った顔立ちはさながらベル○らの登場人物がごとく……長く伸びた髪は嫌味なくらいにサラッサラであった。
「おっはよ~!」
「よう、おはようさん」
「おはよう……あんた、なにしてんの?」
「よぉ……ほれ」
声を掛けてきた悪友三人に振り返り、心鉄は今なお砂糖で構成されたような言葉を吐きまくる男を示した。
全員の視線が一斉に男へ注がれ、「「「ああ……」」」なんとも言えない微妙な反応を示す。
「昨日学校に来ないと思ったら、いつもどおりやな」
「あはは……ジーちゃん相変わらずだな~……」
「目も耳も鼻も腐りそう」
「はぁ……いくぞ」
苦笑を漏らす面々、心鉄は溜息を吐いてその男に近づいた。
「おいこのサボり魔」
「おや」
やたらと優雅な仕草で、バラを散らすエフェクトでも付きそうに男が振り返った。
「おお、我が最愛にして至高の盟友、シンテツではないか」
「……お前はいちいち芝居がかった口調でしか喋れねぇのか」
「これが僕のアイデンティティさ!」
「捨てちまえそんなもん」
「朝から絶好調やなぁ……」
零が呆れた表情を浮かべた。
蓮華も宮古も似たり寄ったりな顔をしている。
「お前なんで昨日学校に来なかったんだよ。出席日数足りてねぇ自覚あんのか?」
「ふっ……僕のことを心配してくれてるのかい? だとしたら嬉しいなぁ」
「そうだよ」
「……君は見た目と違って素直だよね。そんなところ、僕は好きだよ」
「見た目は関係ねえだろうが、じゃなくて、なんで学校に来なかったのか訊いてんだよ」
「仕方なかったのさ」
源氏はサッと髪をかき上げて相も変わらず芝居がかった調子で話し始める。
「昨日は登校中にとあるおばあさんと出くわしてね、様子がおかしくて声を掛けてみたら、家が分からなくなってしまった、ということだったんだよ」
心鉄は思わず一昨日の自分に起きたことと似たような展開があったことを思い出しながら、彼の話に耳を傾ける。
曰く、なにやら言動が支離滅裂で会話するだけで一苦労、なんとか家がありそうな場所まで一緒に付き合ったのだが、
「なぜか青森まで行ってしまってね」
「おい」
東北の最北まで行ってしまったらしい。
「でも結局そこにも彼女の家はなくてね」
「当然だろ」
聞いた限り、どう考えてもおばあちゃんがまともな状態でなかったのは明らかだ。
「行きは良かったんだけど帰りのお金が無くなってしまってね。即席の日雇いバイトでお金を稼いで、なんとか夜行バスに乗って帰ってきたわけだよ」
「もう最初から警察に任せろよお前」
「その発想はなかったね」
「バカだろ」
こいつは目の前のことしか見えなくなる悪癖がある。
「で、そのばあさんは?」
「ああ、いつもの駄菓子屋の店長が知り合いだと分かってね。今朝、無事に家まで送り届けてきたよ」
「完全に無駄足じゃねぇか」
「そうでもないさ、青森のニンニクしじみラーメンはなかなかに美味だったよ」
「堪能してんじゃねぇよ」
もはや怒る気力も奪われ、心鉄は盛大な溜息を吐き出した。源氏は困ってる人間を見ると放っておけない生粋のお人好しなのだ。
しかし同時に、彼はかなりのアホでもある。
「ふぅ、さすがに昨日はずっと動きっぱなしだったから、さすがに疲れたねぇ」
「それって、もしかしてお風呂とかも入ってない?」
宮古が問うと、
「もちろん! そんな暇はなかったからね!」
バッと制服の胸元を大きく開いて、輝く汗を散らしていい笑顔を見せた。
が、宮古は顔を顰めて「不潔、近寄らないで」と距離を取った。
「はぁ~……」
朝からドッと疲れた心鉄。
一行は文字通り朝帰りの悪友を迎え、道中は彼の青森の話を訊きながら、学校へと向かった。
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