第9話:意外と身近に王子様?
六時過ぎ。ゲーセンを後にした心鉄たちは地下鉄に揺られた末に地元の駅に到着。隣接する夕焼けに染まった商店街を歩いていた。昔懐かしい、昭和のノスタルジーを感じさせる景観。
ここでは車が入ってくることができないため、大通りまでましろたちと一緒することに。
心鉄の手には押し付けられたジトニャン、彼はソレと目を合わせて顔をしかめた。すると、蓮華が距離を詰めてくる。
「このキャラさ、なんかテッちゃんと目つきそっくりじゃね?」
「はぁ?」
「安西、なんという暴言を……ジトニャンとこの男が似ているなど、万が一にもありえない」
「え~、そうかな~?」
改めてぬいぐるみを見下ろす。目つきは最低、名前の由来となったジト目も手伝って、人相は最悪だ。
「こいつより俺の方が絶対にいけてんだろ」
「貴様ホンキでしばき倒すぞ」
「やれるもんならやってみろ」
などとバチバチやりながら歩いていると、唐突にましろが近づいてきた。
「久世さん、蓮華ちゃん、今日はありがと! とっても楽しかったよ!」
「ま、ましろ様!? いえいえ、こちらこそましろ様の貴重なお時間を頂き恐悦至極と言いますか~」
緊張と嬉しさがブレンドされて言葉遣いがおかしくなっている蓮華。そんな彼女にもましろは天使のような微笑みを見せる。
「撮影したプリクラ、わたし大事にしますね」
「こちらこそ~、家宝にさせていただきます~!」
「……おい貴様、あの安西とかいう女子、本当に大丈夫なんだろうな? なんというか、ずっとお嬢様を見る目が危ない気がしてならんのだが……」
「大丈夫だろう……多分」
「おい」
睨まれても困る。蓮華がましろ大好きなのは知っていたが、ここまで極端とは想像していなかった。ましろを前にするたびに口から涎がこぼれ、目が爛々と光っている。
「さすがに一線を越える真似はしねぇよ……」
と、信じてはいるが。
ましろが今の蓮華に『例の件』を質問攻めした時、ノーモーションでなんでもかんでも答えてしまいそうで少し怖い。
「はぁ~……本当になぜこんなことに……」
「仕方ねぇだろ、成り行きでこうなっちまったんだから」
「貴様は家に帰ればそれでいいかもしれんが、あの好奇心が収まるまで屋敷の中でも警戒を解けないんだぞ」
頭を抱えるたつ子。
「というか、お嬢の話、他の連中にしなくていいのかよ」
「それはダメだ。今回の一件はよりにもよって性に関する好奇心なんだぞ」
情報がどこから漏れるか分からない。その知りたい性質を利用して、ましろを手籠めにしてやろう、と画策する連中が出てこないとも限らないのだ。
「秘密を知る者は少ない方がいい。私とお前で常に目を光らせ、お嬢様の暴走を最小限に留めるんだ」
「俺のクラスで既にやらかしてるけどな」
「ぐっ……だ、だが、まだお嬢様が性について無知ではない、という程度の認識のはずだ。ここからお嬢様の性質がバレないよう、最新の注意を」
などと話している矢先、
「ねぇねぇ蓮華ちゃん、ちょっと訊いてもいいかな?」
「なんですか!?」
「うん、蓮華ちゃんって、男の人とえっちってしたこと」
「ああ~ぬいぐるみがかってに~」
「んぶっ!?」
心鉄は棒読みでジトニャンのぬいぐるみを蓮華の顔面にぐりぐりと押し付けた。
「く、久世さん!?」
「たいへんだ~、きゅうにぬいぐるみがうごきだしたぞ~」
ギリギリと力いっぱいぬいぐるみを蓮華の顔面にめりこませる。彼女は「ん”~、ん”~~っ」と引きはがそうと必死にもがく。
「ぬ、ぬいぐるみが意思を!? き、気になります! 見てもいいですか!?」
「いや~、あぶないとおもうぞ~……てかこんなあからさまなウソ信じるなよ(ボソッ)」
ぬいぐるみとクラスメイトをキッスさせている心鉄を前に、零と宮子が半眼で見つめられる。
「なにあれ?」
「知らん、つっこまんとけ。また殴られるかもしれんし」
「もが~、もがが~!」
くぐもった蓮華の声が商店街に響く。
しかし、周りの通行人や店の従業員は「またあいつらはへんなことをやってる」と生暖かい視線を向けてくる。悪名高い久世ファミリーではあるが、ここの商店街からはチンピラや不良などが寄り付かなくなって治安がよくなった、と彼らを評価する層が一定数存在し、一部からは愛されキャラみたいな扱いをされることもあったりなかったり……
「お嬢様、迎えの車が見えました」
商店街の入り口、黒塗りのバカみたいにデカイ車が停まっている。以前、久世の家の前に停まったのと同じ車種だ。
「あ、ほんとだ。それじゃみんな、また明日ね! ばいば~い!」
「おう、またな」
「もが~! もっが~~~~!!」
別れの最中も、蓮華は心鉄にぬいぐるみを押し付けられていた。
・・・
送迎者の車内――
ましろはプリクラを手に喜色満面、お嬢様らしからぬ仕草で足をパタパタさせて、体を左右に揺らしていた。
「今日は楽しかったね~」
「そうですね、実に賑やかな一日でした」
色んな意味で……たつ子の皮肉じみた一言。彼女は対面に腰掛ける同僚の女子に鋭い視線を向けた。
春子はビクリと肩を震わせ「ふぇ~ん、もう許してくださいよ~」と涙目だ。
「ああ、でも」
と、ましろは思い出したように動きを止め、シートに深く沈み込む。
「えっちなことに関しては、なにも新しいこと、知れなかったな~」
「ぶっ」
「たつ子ちゃん?」
「いえ、なんでも」
「今朝になったら、いきなりおうちから男の人もいなくなっちゃったし」
「それは仕方ありません。皆、急用ができてしまったようので」
「でもいきなりみんなして、ご家族が危篤だったり事故に遭われたりして……本当に大丈夫かな……」
「天羽家は福利厚生もしっかりしてますし、大丈夫でしょう」
という建前で、男は全員、屋敷から追い出した。急な人事異動で戸惑いもあっただろうが、彼らには納得してもらう他ない。
というより、全員満場一致で自分から出て行ったので、ましろの件をちゃんと理解していると思っていいだろう。そもそも、彼ら自身もましろの熱狂的な信者である。彼女の害になることがあれば、たとえそれが自分自身であっても赦しはしない。
そんな、狂信的ともいえる連中が彼女の周りには集まっている。
「はぁ~……仕方ないけど、男の人に関しては、家の外で情報を集めるしかないかな~」
「それならあの男……久世を頼るのがいいでしょう」
「ん~、でも、もう色々とお世話になってるし……」
「お嬢様に新しいことを教えたのなら、最後まで付き合うのが筋というものです」
「そうなの?」
「はい。それに、昨日もご説明しましたが、家の者以外の男は、ほとんど信用していけません。あの男は……まぁ及第点、といったところでしょうか」
ふいと顔を逸らすたつ子。
「大抵の男は、お嬢様のような可憐な美少女を前にすれば即座に襲い掛かるようなケダモノです。もしもそんなことになれば、お嬢様はそれはそれは大変なことになります」
純真無垢で基本的に疑うことを知らないこの少女は、男という存在に対する警戒心が薄い。それは性に対する倫理観が希薄というものあるが、なにより彼女は相手をすぐに信用してしまうのだ。
「あ、あのね、お嬢様……今日、ゲームセンターで声を掛けてきた男の人たちは、とっても怖いことを考えてるヒトたち、なんですよ~」
「ええ、それはもう。お嬢様のことを、上から下まで全て(性的に)食べ尽くそうとしているような連中です」
「あの時は、久世さんが来てくれて助かったよ~」
「むしろそれは護衛としてどうなんだ? いや、今回は私も人のことを言えた義理ではないのだが」
「だって~、あたし手加減とか苦手なんですも~ん。絶対に相手のこと~、めっためったにして病院送りにしちゃうし~」
涙目の春子。たつ子は呆れながら、ましろへと向き直った。
「とりあえずお嬢様、男の中には、悪い連中が大勢いる、と覚えてください」
「うん! あ、でもでも!」
すると、ましろはほんのりを頬を赤らめて、
「つまり、久世さんは昨日も今日も、わたしを悪い人から助けてくれた、ってことなんだよね!」
「そ、そういうことに、なりますかね」
全力で苦虫を嚙み潰したような顔をするたつ子。
「はわわ~、なんだかそう考えると、久世さんって王子様みたいですね!」
「いえそれは絶対にないかと」
「そうかな~?」
「そうなんです!」
最後にたつ子が力強く否定するも、ましろはどこかぽ~っとしたような顔で、プリクラに映った目つきの悪い男の顔に、指を這わせた。
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