第8話:こりないバカ共

 ましろたちと一度別れてトイレに入った心鉄。

 外に出ながら「そういやまだやってねぇな」と、例のお菓子タワーに足を向ける。


 しかし筐体の周りには小学生くらいの少年たちが集まっており、今は近づけそうもない。

 プレイはいったん諦め、ましろたちを探すことにした。

 

 一番近い格ゲーコーナーに立ち寄り、零と宮子に居場所を訊いてみるが、白熱し過ぎた二人から「知らんわアホ!」、「知らない邪魔!」と追い返されてしまった。とりあえず二人の頭には拳骨を一発ずつ入れておいた。

 

 少し施設内を歩き回る。すると、奥に設置された自動販売機コーナーにましろと春子の姿を認める。

 が、二人は周りを四人の男に囲まれていた。


「なぁいいだろ? 金は全部俺たちの奢りでいいからよ」

「お姉さんと妹さん? めっちゃ美人で俺テンション上がっちゃっててさ~、マジで一緒に遊ぼうって!」

「ほんと! ぜってぇ後悔させねぇから!」

「いえ~、あたしたちは別に~……」


 護衛の春子が、ましろと男たちとの間に入っておろおろしている。

 心鉄はあまりにも定型文のようなナンパの現場に呆れさえ通り越して感心してしまう。


 しかしこういう時のためにいるはずの刀女はどこへいったのか。そういえば蓮華の姿もないときた。


 肝心の春子とかいう護衛はどうにも頼りない。腕は立つのかもしれないが対人能力は高くなさそうだ。ナンパ野郎に終始押され気味で、まるで対応できていない。


「ていうかあいつら、昨日の連中じゃねぇか」


 男たちの顔ぶれに見覚えがあった。昨日の今日でさすがに覚えている。

 間違いなく、昨日の繁華街でましろを「休憩所」へ連れ込もうとした連中だ。

 ましろは状況がわかっていないのか、ぽけ~っと男たちを見回している。


 心鉄は同じ輩をまた相手にしなければいけない事態に辟易しつつ、彼女たちへ近づいた。


「よぉ、待たせたな」

「あん? んだよ今いいとこ――ひぃ!?」


 男連中がこちらに振り返った。途端に全員の顔が強張る。


「お、おまっ、久世!?」

「ああ? てめぇいきなり気安くひとのこと呼び捨ててんじゃねぇぞ」


 心鉄は男の肩に頭に手を伸ばし、そのままギリギリとアイアンクローで締め上げる。


「いでででででででででっ!」

「で? 俺のツレになんか用でもあんのか、あん?」

「だっ、こいつら『もう』久世のお手付きかよ! ちくしょう!」

「お、おい! さすがに久世とやり合うのはやべぇって!」

「でもいいのかよ!? 俺たちこのガキンチョのこと!」

「おまっ、ばか! いいから行くぞ!」


 慌ててゲーセンの外へ駆けだしていくナンパ野郎集団。心鉄は握っていた男もポイと放り投げる。


「ひ、ひぃぃぃぃ~~っ」


 直後、這う這うの体で逃げていく男。


「ちっ……はぁ~……おい、あんたら、大丈夫か?」

「ふぇ~ん、怖かったですよ~」

「っておい!?」


 春子がいきなり心鉄に抱き着いた。巨大なおっぱいが心鉄で潰れる。完全密着。蓮華とはまた違った甘い匂いが鼻を刺激した。


「ていうかあんた、こいつの護衛だろ! あの程度の連中くらい自力でどうにかしろよ!」

「だって~、下手なことしちゃら『壊しちゃいそう』なんですも~ん!」


 なにげに怖いことを言いながら、ズビズビと鼻水たらして美人が台無しな春子。「だぁ、きったねぇな!」心鉄はハンカチを取り出して春子の鼻に押し当ててチーンしてやった。どうすんだこのハンカチ……


 ましろはいまいち状況を分かっていない様子だったが、春子の手をにぎにぎしながら「はるこちゃん、だいじょうぶだよ~」などと慰めている。むしろ目の前でえぐえぐやってる女より肝が据わってるのではなかろうか。


「はう~……こういう時はたつ子ちゃんがいつも追い払ってくれてたから~、あの眼圧で~」

「その本人はどうしたんだよ? てか蓮華もどこ行った?」

「たつこちゃんたちなら、奥のくれーんげーむ? のところにいると」

「――戻りました、お嬢様。大収穫です」

「そうだね~……」


 噂をすれば……たつ子が両手にぎちぎちの紙袋を持って合流してきた。

 そしてなぜか彼女の少し後ろでは、蓮華が遠い目をしていた。その手にもたつ子同様に紙袋が握られている。

 見れば、中に入っているのは全部、黒いネコのキャラクターのようだ。


「どこ行ってたんだよ、てかその荷物は何だ?」

「わ~! たつこちゃんいっぱいとれたんだね~! すご~い!」

「ふえ~~ん! たつ子ちゃ~ん!」


 ましろが紙袋の中身に目を輝かせ、春子がたつ子の腰にしがみついた。


「な、なんだ春子っ、何事だ!?」

「ふぇ~ん! たつ子ちゃんがいない間に変なのに絡まれちゃったの~!」

「なっ!? ほんの一瞬目を離した隙に!?」

「いや~、一瞬ではなかったと思うよ~、たっつん」

「安西、たっつんとは私のことか?」


 いやそこはどうでもいい。


「というかお前、こいつの護衛だろ」

「うぐぐ……返す言葉もない」

「ま、まって久世さん。それはわたしのせいで……たつこちゃんは悪くないの」

「あん?」


 聞けば、久世がその場を離れてから、蓮華と一緒にゲーセン内を回っていた時に、


『あ! あれって~、たつ子ちゃんが好きなジトニャンじゃな~い?』

『なにっ!?』


 春子が指さす先。クレーンゲームコーナーの一角に、やたら目つきの悪いネコのぬいぐるみが陳列されている筐体があった。

 名前が微妙に『アレ』と引っ掛かりそうな黒いネコのキャラクター。たつ子が食い気味に筐体へ走り、文字通りへばりついた。


『ま、まさかこんなところにジトニャンがっ! ぐっ、しかし今は~』

『たつこちゃん、それ、欲しいの?』

『はい……い、いえっ! 今はお嬢様の身辺警護中ですから!』

『も~う、そんなこと気にしなくていいから、やってみたいなら、どうぞ』

『し、しかし』


 物欲しそうな表情を隠しきれない様子のたつ子。

 ましろはそんな彼女にダメ押しとばかりに、


『せっかく初めて来たんだもん。たつこちゃんも一緒に楽しもう、ね?』

『……は、はい!』

『うん! それじゃわたしとはるこちゃんはちょっと休んでるね~』

『よし! 安西! このゲームについて教えてくれ!』

『りょ、りょ~か~い……』


 という流れで、クレーンゲームについて蓮華からレクチャーを受けながらのプレイが始まった。


「あの時、例のお嬢様の強制力が発揮されたんだと思う……頭がジンと痺れて、そのまま」


 その後、たつ子は狂った犬のようにジトニャンのクレーンゲームに挑み、何度も失敗を繰り返したらしい。


「あはは……もうね、全種コンプする感じの流れんなってさ~……店員さんにめっちゃ位置調整してもらったりとかして……めっちゃ100円玉換金したりとか……もうどんだけ金使うねん、って感じ」

「たつ子ちゃん、ジトニャン以外に趣味らしい趣味もないから~、お給料全然使わないもんね~。ここで一気に投入しちゃったんだ~」


 春子がそんな追加情報を提供した。


「ぐっ……ジトニャンはマイナーキャラ過ぎて、あまりグッズ展開されないからな、見つけるとつい興奮してしまって」

「はぁ~……」

「貴様あからさまな溜息を吐くな! 分かっている、子供っぽいと言いたいんだろ! しかし好きな物は好きなんだ悪いか!?」

「別にわるかねぇよ」


 この女がどれだけクソ真面目な性格かは今日の会話だけでだいたい察している。好きなキャラと仕事の天秤、そこにましろの言葉という後押しも手伝って暴走した、そんな感じだろう。

 よく見れば、黒いネコの表情が微妙に、ほんとに些細だが違うことに気付いた。正直、変化が小さすぎてほとんど同じに見えるのだが。


「お嬢様、有事の際にそばにおられず、申し訳ございません。何ならこの場で切腹を」

「気にしなくていいよ。よく分からなかったけど、はるこちゃんと久世さんが対応してくれたから~」

「あう~……あたし、ただ突っ立てただけだ~」

「寛大なお言葉、感謝します。はぁ……その、貴様にも迷惑を掛けた……ありがとう、お嬢様を守ってくれて」


 言って、たつ子は紙袋からぬいぐるみをひとつ取り出し、


「くれてやる。うっかりダブってしまったからな」

「わ~、あのたつ子ちゃんが他人にジトニャンを渡すなんて~」

「うるさいぞ春子! ほら、ぼ~っとしてないで受け取れ!」

「いや普通にいらねぇ」

「なぜだ!? こんな可愛いのに!?」

「可愛いか~? これ?」

「ああ~、久世さ~ん……たつ子ちゃんにその発言は~」

「くっ、ジトニャンの可愛さを理解できんとは……いいだろう、ならば貴様に、このキャラが如何に素晴らしいか私自らが教授して――」

「はいは~い! たつ子ちゃ~ん、今日はもう帰った方がいいんじゃないかな~? ほら」


 春子がたつ子を制し、スマホの時計を見せる。


「む? もうこんな時間か、お嬢様」

「え~、もう終わりなの~?」

「昨日の今日ですし、旦那様も心配されております。今日は大人しく戻りましょう」

「うん……そうだね、心配させるのは良くないもんね!」


 表情を改めて、ましろは笑みを見せた。


「ああ~、ましろ様との時間もこれで終わりか~」


 蓮華は名残惜しそうだ。


「蓮華ちゃん、よければまた、今日みたいに遊んでくれると嬉しいな」

「えっ!? いいんですか!?」

「うん! 今日は本当にありがとね! あ、また遊びに行くなら、連絡先交換しよ!」

「~~~~~~っ!? マっ!? いいの!?」

「もちろん。あ、久世さんも、どうぞ」

「あ~、ウチ、ほんとに今日で死んじゃうかも~……って、ましろ様、それ……ガラケー?」

「がらけ~? よく分かりませんけど、これじゃだめですか?」

「い、いえいえそんなことないですよ!?」


 ほとんど人間がスマホを持っている現代に、女子高生がガラケーというのはやはり珍しい。

 ましろと蓮華が連絡先を交換している最中、心鉄の隣にたつ子が近づき、


「スマホを持たせてはすぐにインターネットに接続できてしまうからな。極力ネット環境からは遠ざけている。例の件があるからな」

「なるほど」


 情報洪水の現代、どれだけブロックしてもネットに触れてしまえば情報は嫌でも入ってきてしまう。せめてスマホだけでも、という配慮らしい。


「あ~、ましろ様の電話番号~!」

「わかっていると思うが、悪用しようなどとは思うなよ」

「大丈夫だって!」


 たつ子が眼圧強めに警告するが、蓮華はテンションが天元突破して全く気にした様子もない。


「はい、久世さんも」

「おう」


 心鉄もましろと連絡先を交換……たつ子からめちゃくちゃ睨まれながら……そして、格ゲーに夢中の零と宮子を回収。一同はゲーセンを後にした。

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