第7話:放課後ハングアウト

「わぁ~っ! これが、げーむせんたー、なんですね~!」


 放課後。一同は学校の最寄り駅からひとつ跨いだ隣町にあるゲーセンに繰り出していた。


「まさかお嬢様をこのような場所にお連れする日がこようとは……」


 たつ子が眉間を押さえていた。学校ではそのまま腰に下げていた刀も、外では浅黄色あさぎいろの包みに入れて携帯している。


「まさかゲーセンも初めてとはな」

「当たり前だろ。こんなアングラな輩が集まりそうな場所に、お嬢様を連れてくるなど」

「それあんたの偏見だろ」

「というか貴様は私が先輩だと分かっても口調を改めないんだな」

「なんか今更だろ」

「そういうところはざっくりしてるな貴様……」


 半眼で睨んでくるたつ子に心鉄は素知らぬ顔。

 目の前ではちびっ子先輩のましろが初めて目にするゲーセンに目をキラキラさせている。


 そして――


「ああ~、ましろ様~、そんな前のめりになったら転んじゃいますよ~」


 ましろの後ろではオロオロとしたおっぱいさん……もとい、春子が主人の興奮具合に手を焼いていた。

 櫻井春子さくらいはるこ、たつ子と同じ、ましろに仕える従者であり、護衛も兼任している。

 こう見えて、無手での立ち回りに関してなら、たつ子より腕が立つらしい。


 普段はたつ子か桜子、どちらか一方が、交代でましろの護衛についているのだが、今回は未知の領域に足を踏み入れるということで、彼女もついてくることになったらしい。


 ちなみに、彼女はかなりのドジで、なにもないところで躓いてみたり、掃除をさせれば散らかして仕事を増やしたり、と……なかなかに大きな欠陥を抱えているようだ。

 先日、ましろが迷子になってしまったのも、うっかり彼女がましろから目を離してしまったから、らしい。たつ子いわく、減給処分、とか。

 

 とはいえ、戦闘能力だけはとにかく高いため、護衛としてはそれなりの信頼を得ているようだ……それも、護衛対象を見失うという失態をやらしてしまった今となっては、疑わしいものだが。


「あ~、まじでウチ、ましろ様とゲーセンきちゃったんだけど~」


 蓮華はまるで恋する乙女のような表情でクネクネと気持ち悪い動きを披露している。


「零、格ゲーやりたいから付き合って、B×Bビービー

「え~、俺もましろ様たちの方に行きたいんやけど~」

「じゃあ今日はあんたの不戦敗ってことでいいよね。これでB×Bビービーの勝敗、79戦中40勝でワタシが勝ち越し」

「はは~ん、それは聞き捨てならんわ~……よっしゃ、なら今日はおもろいもんお前に見せたるわ。新しいハメコンボでボッコボコにしたるわ」

「ふふん、どうせ結果は変わらない」

「言ってろや」


 零と宮子は格ゲーコーナーへと消えていった。

 B×Bビービーとは10年以上前からシリーズを重ね続けている有名な格闘ゲームである。頻繁にコンシューマー化もされ、熱狂的なファンが多い。


「久世さん、久世さん!」

「なんだ?」


 宮子たちを見送っていると、ましろから声を掛けられた。


「すごい音ですね~。久世さんはよくここに来るんですか?」

「いや、そんなにはこねぇな。俺あんま金とかねぇし」

「テッちゃん、ここ来ると決まってあのゲームやるよね」

「あのゲーム?」


 蓮華の視線をましろも追いかける。そこにあったのは、大量のお菓子がドーム状の透明なケースに入ったゲーム……いわゆるお菓子タワーである。


「貴様、甘党なのか?」


 なぜか意外そうなモノでも見るようにたつ子が言ってきた。


「あ~、違います違います。テッちゃんって小さい子とかいるから、それでよくお菓子を取って帰ってるんですよ」

「なるほど! そういうえば、先日お邪魔した時も、とっても賑やかでしたね!」

「ほぉ」


 と、今度は少し感心したように見てくるてつ子。

 心鉄は少し背中がくすぐったくなった。


「優しいお兄ちゃんやってるんだよねぇ、テッちゃんってば。顔は極悪人なのにw」

「うっせぇな、別にそんなんじゃねぇよ。ここでうまいことやれば、店で買うよりも安いからってだけで」

「そうやって、小さいことで家計を助けてるんだよね」

「うっせぇぞ蓮華。てかお前の目的はどうしたよ」


 絡んでくる蓮華をあしらう。彼女は「そうだった!」とましろに向き直り、


「ましろ様、それじゃあさっそく!」

「は、はい! 今日はよろしくね、蓮華ちゃん! わたし、こういうところ初めてだから、色々教えてね!」

「も、もちろんです!」


 えへへ、と愛らしい笑みを見せるましろ。そんな彼女を前に、蓮華はもはや目がハートになっている。

 憧れの『ましろ様』と一緒にゲーセン、そんなシチュエーションもさることながら、ここにきた目的に蓮華のテンションは青天井だ。


「え~と、ぷりくら、っていうのをやるんだよね?」

「はい! ウチ、是非ともましろ様と一緒に撮影してみたくて!」

「じゃあ、さっそく行こっか!」


 すると、ましろは蓮華の手を取り「どっち?」と首を巡らせる。

 蓮華はいきなり触れてしまったましろの小さい手の感触に、今にも魂が飛び出しそうになっていた。


「こ、ここ、こっち、でしゅ」


 ガチゴチになった彼女は、ましろの手を引いて、プリクラコーナーへと向かった。たつ子と春子も後に続く。あそこだけゲーセンの雰囲気から隔絶されているように感じるのは気のせいではあるまい。


「あれ? 久世さんは行かないんですか?」

「俺はいっすから、先輩と蓮華たちだけで行ってください」

「え~、久世君も行こうよ~」

「俺が一緒にいても別に楽しくねえすから」

「そんなこと、ないよ」


 蓮華の手をそのままに、ましろは心鉄の手も無警戒に握ってくる。


「一緒に行こ! お金のことなら気にしなくていいから!」

「いえ別にそういうことじゃ」


 ただ単に、自分のような野郎がプリクラで写真を撮るというのが明らかにエアブレイクな行為というだけの話で。

 しかしましろがぎゅ~ぎゅ~と小さな手に力を込めて心鉄を引っ張る。


 不意の殺気に顔を上げると、たつ子がすごい顔でこちらを睨んでいた。桜子はよくわからないといった様子でぽけ~っとしている。


「もうここまで来たら覚悟決めて一緒にプリ撮ろうよ~、てかテッちゃんとプリとか何気にはつじゃんw プチテンション上がるw」

「蓮華、お前な……はぁ、わかったよ」


 観念して心鉄はましろに手を引かれるまま、女性陣に囲まれる居心地の悪さを感じながらプリクラコーナーへ向かった。


 キラキラとした白やらピンクやらのパステルカラーに包まれたエリアに足を踏み入れる。既に遊びに来ていた他の女性客やカップルたちは、心鉄の姿に顔を引きつらせてたり、ギョッとしていた。


「場違い感が半端ないな、貴様」

「うるせぇ、わかってるよ。だから来たくなったんじゃねぇか」

「これが、ギャップ萌え~、ってやつなんでしょうか~?」


 春子がなにかずれたことを言っている。心鉄を前にしても怯えた様子がないのは、やはり武術の心得があるからだろうか。


「まぁなんでもいいからさっさとしてくれ」


 気分は刑の執行を待つ罪人の気分だ。


「じゃ、じゃあましろ様、いいですか!?」

「わたしは蓮華ちゃんの言うとおりにするね。どうすればいいのかな?」

「ひゃ、ひゃい! それじゃ――」


 それから、蓮華がギクシャクしながらもましろたちをプリ機へ案内し、初心者ばかりの一同にプリクラの説明をしながら撮影スタート。


「へぇ~、中は意外とシンプルなんですね」

「背景があとで色々と加工できますから」

「このカメラの位置……貴様、完全に見切れいているな」

「いっそこのままでいいんじゃねぇか」

「テッちゃんはもう膝ついちゃえば?」

「色々な加工ができるんですね~……お~、あたしの目がすごい大きさになっちゃいました~」

「櫻井パイセンもこういうとこは初めてなんだ?」

「そうだよ~」


 どうすれば盛れるだのだのなんだのと、蓮華のトークを聞き流しつつ、機械から流れてくるアナウンスに従って撮影……最初の一枚は悪ノリした蓮華によって全員の顔がエイリアンみたいなことになり、心鉄はそれに輪をかけて悲惨なことになっていた。


「あははははははっ! ひぃ、ひぃ~、やっば、テッちゃん、これマジ、お腹痛いだけど~っw」

「っぷ、ぷぷ……これは、なかなかいいんじゃないか、貴様」

「お~、すごいですね~。おばけさんですよ~」

「……いっそあんたらも蓮華みてぇに全力で笑えよ、おい」


 げんなりしている心鉄。

 しかし傍ら、ましろは撮影したプリクラを見下ろしてぽ~っとしていた。


「どうした? さすがのあんたもこのひどい出来栄えに呆れたか?」

「い、いえ! そういうわけじゃなくてですね……わたし、撮影っていえば身なりとか、姿勢とか常に気にするものばかりだったので、こういった自由な写真って初めてで……とても新鮮だな、って思いまして」

「そういうもんか」


 金持ちの世界はわからない。


「ましろ様~!」


 すると、蓮華がましろの肩に触れて、


「次! 次のやつ撮りましょう! 今度は目いっぱい可愛くしちゃいますから!」

「はい!」


 次の撮影会が始まった。蓮華はもちろん、ましろも楽しそうにしている。

 最後に、蓮華は落書きもメッセージもなしの、女子全員でギャルピースを決めただけのプリントシールをましろに差し出し、


「そ、それじゃ! あらためてサインをお願いします!」

「いいよ、でも改めて頼まれると、ちょっと恥ずかしいね」


 えへへ、と蓮華からシールを受け取ったましろは、はにかみながらもたつ子が準備していたサインペンで名前を書き込んだ。


「ふぉぉぉぉ~~っ!! ましろ様の直筆サイン入りのプリ~!!!」

「喜んでもらえて嬉しいです」

「家宝にします!!今日はもうサイコーすぎる!!」


 頭上高く掲げて今日一番のテンションに突入した蓮華。

 これで目的は達成、心鉄はようやくこの空間から解放されると安堵した。

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