第6話:ランチタイムに自己紹介

「――皆さん、今日からよろしくお願いします! 2年7組、天羽あもうましろです」


 ましろ様、まさかの先輩だった。

 昼休み、学食の窓際席。

 心鉄を始め、ましろとたつ子、零、蓮華、宮古たちで席を一つ丸々占領していた。


「同じく2年7組の一ノ瀬たつ子だ。今朝は騒がせてすまなかったな」

「7組? うちの学校、各クラス6組までとちゃうん?」


 零が疑問を口にし、たつ子が答える。


「ましろ様のために新たにひとクラス増やしたのだ」

「は?」


 なにを言ってるんだコイツら、と心鉄は呆れた顔を浮かべた。

 しかし、なぜか零は納得したように頷く。


「ああ、なるほど。納得や」

「お前らほんと何者なにもんだよ。てか零はなんですぐに納得してんだ……」

「なんやテツ、知らんのかいな。こちらにおわすましろ様は、世界有数の大財閥、天羽家の御令嬢なんやぞ。そらクラスの一つや二つ、自分達のために増やすくらいわけないわ」

「……マジかよ」


 本当に知らなかった。育ちがいいんだろうな、程度には思っていたが、まさかそこまで良いところのお嬢様だったとは。

 そういえば、昨日ましろ様を迎えに来た車がとんでもなく豪勢な代物だったような気がする。


「も~う。わたしは普通のクラスでいい、って言ったのに~」

「なにを仰いますかお嬢様。あなた様は高貴な血筋。本来であればもっとガチガチのセキュリティで固めた名門校に通っていただき、万全を期してもなお足りないというのに」

「じゃあ、なんでこんな普通の学校に来たんだよ?」


 心鉄が訝しくましろを見遣った。


「その……怒らないでね? わたしが、普通の学校生活に憧れてて……ちゃんと色々がんばるから、通わせてほしい、ってお願いしたの」

「なるほどな、つまりはわがまま、と」

「う~」

「おい貴様、もうちょっと言葉を選べないのか」

「い、いいよたつこちゃん、本当のことだし」

「勉強はどうしてたんだよ?」

「ずっと家庭教師にお願いしてたの」


 小学校や中学校に籍は置いていたらしいが、ほとんど通ったことはなく、自宅で専属の家庭教師から勉強を見てもらっていたらしい。


 心鉄は表情を曇らせた。


「……これも、例の一件が絡んでんのか?」

「そういうことだ、理解が早いな」


 下手な知識を彼女の耳に入れるわけにはいかない。

 なにに興味を持ち、なにが爆弾に変わるか分からないからだ。ならば家の中で、何を教えて何を教えないべきか取捨選択した方が彼女の安全にもつながる。


「籠の鳥だってもうちょっと自由だろうに」

「そうは言うが貴様、籠があろうと強引にこじ開じける力を持っているのがお嬢様だぞ」

「…………」


 確かに。他人を言葉と仕草で従わせることができる少女が本気になれば、外に飛び出すくらい簡単なことだろう。

 いや、たつ子の疲れ切った表情から察するに、実際そういうことがあったのだと思われる。


「たつ子ちゃんはね、わたしが小さい時から、ず~っと一緒にいてくれてるんだよ!」

「私はお嬢様に仕えるために産まれてきましたので」


 なにげに重いこと言っているたつ子だった。

 しかしましろは少し寂しそうに、


「わたしは、仕えるとかじゃなくて、一緒に遊んだりとか……お友達みたいに接してほしいんだけどなぁ」

「分別はつけるべきかと、私たちはもう高校生なのですから」

「む~」


 ぷく~、っと頬を膨らませるましろ。

 相変わらず見た目とか仕草が年齢と噛み合ってない。

 

 すると、ましろは零の方に顔を向けた。途端、少しだけモジモジしながら、


「あの、阿久井さん、でしたっけ?」

「おう、この目つきの悪い男の大親友、阿久井零やで~」

「あの、わたし、ちょっと気になってることがありまして」

「なんや?」

「昨日、久世さんには断られちゃったんでけど」


 ましろの前置きに、心鉄は嫌な予感を覚えた。


「その! もしよければ、ズボンの下のちんちんを見せていただけませんか!?」

「「「「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~っ」」」」


 心鉄たちは一斉にふいた。


「なんやようわからんけど、ましろ様の頼みならええで~」


 しかし、零はベルトを外しにかかり、「正気に戻れ!」と心鉄に顔面がめり込む勢いで殴られた。


「はっ! 俺はいったい何を……」


 零は「???」と首を傾げながら、浮かせていた腰を席に戻した。一同からほうぅと安堵の吐息が吐き出された。


「ましろ様、そういう冗談はおやめください」

「え? わたし冗談じゃ、むぐ」


 たつ子がましろの口をやんわりと押えた。彼女の視線が「これで分かっただろ」と訴えかけてきた。

 ましろの強制力。半分ほど本気にしていなかったが、先ほどの場面を見せられては納得せざるを得なかった。

 しかも場所を場所を選ばず脈絡もなしときた。これは本当に油断もクソもない。


 心鉄はそんな彼女たちから視線を外し、一緒に学食へ来た蓮華と宮古を見遣る。

 先程から二人が一言もじゃべらない。

 宮古は人見知りするところがあり、親しくない相手にはコミュ障気味なので気にならない。

 さっきはましろのあまりの発言に顔を上げていたが、今はスマホに専用のコントローラーをくっつけてゲームに没頭している。面倒事のニオイを敏感に嗅ぎ付けたのか、我関せずを貫くつもりのようだ。


 が、蓮華がここまでだんまりなのははっきり言って気味が悪い。というより、さっきのましろのとんでも発言を聞いてさえいなかった様子だ。

 いつもは口やかましいくらいに相手に絡んで行くのだが。

 見た目も人当たりもいい蓮華。その距離感の近さに何人の男を勘違いさせたことか。

 

 加えて彼女はましろ様の大ファンである。


「ま、ままままま、ままままま~……」


 しかも彼女は、ここに来てからずっと同じ音を繰り返し、全身をプルプルさせていた。バイブのしすぎでおっぱいも揺れまくっている。

 さすがに見ていられなくて声を掛ける心鉄。


「おい……おい蓮華っ」

「はうっ!?」

「お前、大丈夫かよ」

「だ、だだだ、だって! ま、ままま、ましろ様と……あのましろ様と一緒にゴハンとか! もう私、運使いすぎてこのまま死んでもおかしくないんじゃない!? ていうかさっきの発言なに!? ましろ様も冗談とか言うんだ~、マジで可愛い~!」

「一緒にメシ程度で死ぬとか大げさだろ。あとさっきのは気にすんな」


 呆れる心鉄。どうやらあんな状態でもましろの発言は聞こえていたらしい。ちなみにましろの発言は冗談でもないし、可愛くもない。蓮華は完全に盲目というか変なバイアスが入っている。

 すると零から「いや、大げさ、ってこともないで」と否定の言葉が飛んできた。


「ましろ様の周りは常に一ノ瀬先輩みたいなのがぎょうさんおるからの~。声を掛けるどころか、近づくのも難しんやで」


 零が周囲をぐるりと見回した。心鉄のつられて辺りを観察すれば、この座席の周囲だけ、ぽっかりと人のいない妙な空間が形成されている。

 よく見れば、周囲の女子生徒たちは自然な様子で談笑しつつ、時折こちらのチラと盗み見ているのに気が付いた。

 心鉄は心の中で「なるほど」と呟いた。


「不埒な連中がお嬢様を手籠めにしようとどこで狙っているか分からんからな。信用できる者だけをそばに置いている」

「その理屈で行くと、俺たちはあんたらの眼鏡にかなったってわけか?」

「バカを言うな、これは特例中の特例だ」


 なんでも、ここに集まる前に簡単に心鉄たちの身辺を洗ったらしい。


「正直、私は今ここでお前たちと


 テーブルにひじをつき額を押さえるたつ子。隣のましろはなにがなんだかよく分からない様子で首を傾げている。


「久世ファミリー……私の方こそ、お前たちのような『武闘派集団』がなぜこんなにも平然と学校に通っているのか理解できん」

「んなもん、外野にとやかく言われるもんでもねぇからに決まってんだろ」

「はぁ……まったく。ほんとうに、なんでこうなってしまったのか」


 心底から嘆いている様子のたつ子。

 そんな傍ら、蓮華が相変わらず全身を震わせながら、スマホから今朝の写真を取り出し、


「ま、まま、ましろ様! よ、よければこれに、しゃいんくだひゃい!!」


 噛みまくりながら、例のましろの寝顔を隠し撮りした写真を、その本人に差し出した。


「サインですか?」

「は、はい! 是非!」

「いいですよ、わたしのなんかでよければ」

「ましろ様のがいいんです! ありがとうございます!!」


 と、快く了承したましろだったが、渡された写真を見た瞬間、ぽっ、と頬を染めた。


「あ、あのあのあの! こ、この写真!」

「とってもかわいいです!」

「……安西さん、でしかたか。このようなもの、どこで」

「へ? あっ!」


 たつ子の視線に鋭さが宿る。蓮華は今さらに自分の失態に気が付いたらしい。


「え、え~と~……」

「ことと次第によっては、相応の処置を」

「だ、だって~! ましろ様かわいすぎるんだも~ん! なのにお話も触れ合いもできないし~」


 だから、隠し撮りされたものと知りつつ、買ってしまった、と言い訳する蓮華。


「隠し撮り……しかも、これを販売ですか」


 なにやら急に考え込むたつ子。


「も、も~う! 蓮華ちゃんっ、これはいけないことなんだよ! めっ!」

「す、すみませ~ん」


 顔を真っ赤にしてプリプリと怒るましろに対し、蓮華は顔を真っ青にしていた。


「こ、こういうのじゃなくて、写真が欲しいなら、言ってくれれば撮らせてあげますから」

「えっ!? いいの!? マッ!?」

「で、でもこの写真は没収です!」

「ええっ~! せっかく可愛いのに~!」

「ダメです!!」


 ポヤポヤしているましろでも、こういうのは恥ずかしいらしい。


「カメラマンなら専属の者がおります。すぐに手配を」

「あ、あの!」


 と、たつ子がスマホを取り出してどこかに連絡を入れよとした時、蓮華が声を張った。


「そ、そういうのも、いいんですけど……できればもっと、フランクな感じのがいいな~、なんて」

「フランク? どんな感じでしょうか?」


 ましろが首を傾げて蓮華に訊ねた。


「え~と、ですね~」


 モジモジする蓮華。普段は猪突猛進を絵に描いたような勢いで相手に絡んでいくくせに。


「ウチ! ましろ様とっ――」


 蓮華の提案に、一同は目を丸くした。

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