第5話:ほんとは死ぬほど嫌だけど
屋上へ連れて来られた。
普段は施錠されて出れないようになっている。なぜか刀女は屋上の鍵を持っていた。
「校則違反じゃねぇか」
「私たちは特例だ、教師から許可は得ている。お前にも累は及ばないから安心しろ」
「いや単純にあぶねぇだろ」
「お前はいちいち真面目か……これだけ見た目が仕事してない人間も珍しいな」
「うっせぇな、親からもらった大事な見た目だろうが、他人にとやかく言われたくねぇよ」
「う、うむ。そうだな、すまん……なぜ私が謝っているのだ」
周囲はフェンスもなく吹き抜けになっている。人が上ってくることを想定していないのだろう。
「それで? なんで俺はこんなところに呼び出されたんだ?」
「言っただろ、話があると……本当はこんなこと、お前に話すのは死ぬほど嫌なのだが……これもやむを得ないと判断した」
「いやなに言ってんのか分かんねぇんだけど」
「だからそれを今から話す」
「じゃあさっさとしてくれ」
「……」
眉間に皺を寄せるたつ子。態度が悪いのは承知しているが、いきなり刀を向けてきた相手に友好的な態度を取れるほど寛容にはなれない。
「では単刀直入に言おう。久世心鉄、お前にはこれから、お嬢様のブレーキ役になってもらう」
「は? ブレーキ?」
「そもそもお前がお嬢様に性教育などしたせいで、先日の我々はそれもう目まぐるしく対応する羽目になったのだ」
曰く――
お嬢様は、一度でも興味を抱いた事柄について、徹底的に追及しようとする節がある。
むかし、とある男児が持っていた銃の玩具に興味を引かれたお嬢様は……玩具を分解しその構造を知るところから始まり、歴史を紐解き、ついには実銃にまで手を出そうとし、銃砲所持許可申請をしようとした。
未成年のお嬢様では空気銃までの申請許可しかおりなかったが……
しかし、ライフル射撃にはまり、モデルガンにのめり込み、家の者一同で、お嬢様のサバゲーに付き合わされたこともある。
怪我をさせないよう……しかしお嬢様を楽しませるため、細心の注意を払う羽目になった。
あの時のことは、今でも忘れない……悪い意味でな。
――断れなかったのか、だと? そうだ、そこがお嬢様の最も恐ろしいところなのだ。
たつ子は一泊間を置き、「はぁ」と溜息を吐き出した。
「お嬢様の言葉は時に、常人では抗えない強制力のようなものが発揮されることがある」
「強制力?」
「文字通りの意味だ。より砕いて言ってしまえば、お嬢様の言葉に逆らえなくなり、なんでもかんでも頷いてしまうようになってしまうということだ……先ほどの私のようにな……くっ!」
いきなり顔を顰め、心底嫌悪するかのように心鉄を睨みつけてきた。
「危うく私は、流れのままお前に純潔を捧げるところだった……ここまで言えば、なぜ我々がお嬢様を性の話題から徹底的に遠ざけたのか理解しただろ」
「要するに、知識欲のおもむくまま、性に関する知識を集め始める」
「それだけではない、確実にお嬢様は性行為そのものを『実体験』しようとするだろう」
性に関する倫理観の薄さ。純粋が故に、歯止めが利かず、暴走する。
「銃の時は、それ自体が危険な物であるという認識がすぐにできたため、お嬢様も無茶な『お願い』はほとんどされなかった……しかし、性行為に関しては」
「病気のリスクとか、それによる犯罪とか色々と教えてやればいいだろ。現に俺は教えた」
「ああそうだろう。しかしお嬢様のなかで、『合意と同意』さえあれば実行しても問題のない行為として受け取られている。それはつまり」
「……なるほど。あのお嬢様の質の悪い性質と、最悪な相性なわけだ」
「そういうことだ。おかげで、家に常駐していた男性従者のことごとくを隔離し、お嬢様が物理的に接触できないように対処した。が、お嬢様の興味は、当然、女性にも向くわけで……昨日は、きのう、は~~~っ」
途端、たつ子は耳の先から首筋まで真っ赤に染めて、はっと顔を覆った。
「全部お嬢様に見られた上に、知られてしまった……それはもう、ほんとに全部……」
ましろは帰宅してすぐ、たつ子に久世から教えてもらった性知識に関しての質問攻めを行った。
特にましろが興味津々だったのが『自慰行為』についてだった……生殖活動以外に、自らを性的に慰める行為。
『たつこちゃんはオナニーって知ってる? したことある!? あるなら見せて、見せて!!』
興味爆発お嬢様の言葉に、たつ子は――
「もう、お嫁にいけない」
「…………その、なんだ、あんまし気を落とすな」
「誰のせいだと思っている!!」
お嬢様にいったいどれだけの痴態を晒したのだろうか。たつ子は耳も首筋も超えて全身が真っ赤になっていた。
彼女はかぶりを振って話を戻す。
「ぐっ……先日はどうにか私でお嬢様の興味を満たせたが、今後はそうもいかない。確実にあの方は男性にも興味を持ち、調べさせてくれ、とお願いするだろう」
「それは」
思い出す、昨日ことを……想像する、あの少女は校内で、道端で、男性に性に関する質問を遠慮なく行い、挙句の果てには「触れて、視て、知りたい」と要求する光景を。
「紙の上の知識だけなら、まだいい……その手の本を買い与えて、興味を満たしてもらえさえすれば……しかし、お嬢様はそれだけでは満足しないだろう」
世間一般的な倫理観を身に着けるまで、ましろは自分の知識欲を満たすために動き回る。
「そこで、お前だ」
たつ子は心鉄を指さし、待ってましたといわんばかりに話を進める。
「お前は先ほど、お嬢様の言葉の強制力に抗って見せた。効果範囲内にいたにも関わらず、だ。これはお嬢様の御父上と兄上以外では初めてのこと。しかしあの御方たちは多忙で、常にお嬢様の傍にいることはできない。よって」
たつ子は更に距離を詰めてくると、心鉄の襟を掴み、凄みの利いた眼光で睨みつけてきた。
「お前にはもろもろの責任を果たしてもらうため、お嬢様が倫理観を養うまでの間、常に彼女に付き従い、その暴走を止め、また危害が及ばないよう誘導する役目を負ってもらう」
「……」
心鉄とたつ子の視線が交差する。彼女の瞳からは、断れると思うなよ、という圧が感じられる。
「お前はお嬢様の知る機会を奪うな、などと豪語したな。ならば先ほどの勝負、誠に、実に、甚だ遺憾ではあるが、私の負け、ということにしてやらないこともない」
「……やっぱしさっきの勝負は引き分けってことにしないか」
「お~い貴様~!」
「いやお前、昨日俺がどんだけ苦労して色々とあのお嬢に性知識教えたと思ってんだよ」
ひとつ疑問が生まれるたびに『あのあのあのっ!』と突っ込んでくる彼女の相手をするのは非常に体力を使った。
おまけに、彼女の言う、姓に関する倫理観が欠如しているが故の質問というのにも、心当たりがあった。
「お前、いきなりひと様のちんこ見せろとか行ってくるような奴の相手を常にしろってのか」
「ち、ちんっ!? 貴様、女子に向かってもうちょっと配慮とかあるだろ!」
「あぶねっ! 刀を抜くんじゃねぇ!」
「この間合いより内側に近づいてみろ。次は本気で斬り捨てるぞ」
刀を持つ方とは別の手で胸元を隠す仕草をする。
「そもそも、他の男であればお嬢様の容姿と言葉にほだされ、すぐにでも、ち、ちん……局部を晒していただろう。やはり、お前はお嬢様の言葉に対して耐性があるのは確実なようだ。是が非でも、この責任は果たしてもらうぞ」
心鉄はボリボリと後ろ髪を掻く。
「…………わかった」
あの少女に性知識を教えたのは確かに自分だ。
先ほどはああ言ったが、心鉄のせいで問題が起きたなら見て見ぬふりをするというのは違うだろう。
「うむ。納得したくはないが、男性側の対応はお前に任せる。まっこと、本当に、このうえなく、納得できんがな!」
露骨に顔を歪ませるたつ子。
頷いておいてなんだがもうすでにやめたくなってきた。
「しっかし、あのお嬢の言葉に人を従わせる力があるとか、ほとんどオカルトみてぇな話だな」
「詳しいことは私たちも分かっていない。お嬢間の喋り方に人の精神に作用するような『特定の呼吸や間がある』とか『特異な周波数が含まれている』とか言っていた者もいたそうだが……真偽のほどは定かではない。お前も深く考えなくていい、お嬢様がそういう特異体質を持っている、と理解していれば問題はない」
「そうだな」
科学的根拠があろうがオカルトだろうがどうでもいい。
「では今日から実施してもらうぞ。休み時間の度にお嬢様がお前のところに行くよう話を通しておく。むろん私も同行させてもらうぞ。お前が不埒な考えを起こさないよう見張っておく必要があるからな」
「好きにすればいいだろ」
責任の一端が自分にもあるとはいえ、面倒なことになった。
心鉄は「はぁ……」と溜息交じりに、自分の持って生まれた『巻き込まれ体質』を呪った。
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