第4話:バカ騒ぎの末

 ――この街には伝説があった。

 などと言うと大仰かもしれないが、人々が噂してやまない存在がいるというのは確かである。

 

 その名も――『久世ファミリー』


 地元でその名を知らぬ者はいないほど有名な武闘派集団。

 チンピラやゴロツキが、その名を聞いただけで震えあがり、決して自分たちからは近づかない。

 二年前、街を荒らしまわっていた不良グループの一角が、一夜にして壊滅させられた挙句、全員が縛られて路上に転がっているのを警察が発見。

 グループは幾つかの組織で構成された同盟となっており、噂を聞き付けた別グループがファミリーに報復活動を行ったが、ことごとくが返り討ちにされた。結果的に同盟は解散。

 ファミリーの名前は表裏関係なく広く知られることとなり、彼等の縄張りに少しでも手を出そうものなら、問答無用で潰される。

 構成員は不明。分かっているのは、表立って動いているのはたったの5人だけということ。


 その筆頭の名こそ、久世心鉄。


 身長190を超える巨漢は、睨むだけで相手の戦意を奪い、殴られても一切怯まず、あまりにも一方的なその戦いぶりから『剛神』の名で呼ばれ、恐れられていた。 


 ・・・


 武器を持った人間と素手の人間ではほぼ勝負にならない。


 まず絶対的に間合いが違う。バットでもコーンバーでもなんでもいいが、長物を一つ持つだけで相手がもつリーチの軽く二倍の間合いを確保できる。

 飛び道具など持たれた日には、考えるのもバカらしい距離が開くことになる。


 たつ子の持つ日本刀。長さは刃の部分で約70cm。腕を伸ばせば二倍の間合いにもなる。これは強力なアドバンテージだ。

 しかし――


「くぅっ!」


 たつ子が唸った。

 

「おらあ!」


 真正面から繰り出される単調なパンチ。両者の間には1m弱の距離。

 近い――しかし刀を一閃すれば牽制できる。

 全校生徒の見ている前でスプラッタをお披露目もできない。

 たつ子は刃を返して峰での打撃を見舞う。


「ぐぅ! 貴様――っ!」

「いってぇなくそ!!」


 脇腹に鋼の塊が食い込む。いくら折れやすい武器と言われている日本刀とはいえ、その一撃は決して軽くない。


 ――どんな体をしているこの男!


 先程から、何回も峰で打撃を入れているにもかかわらず、目の前の男はまるで意に介した様子もなく突っ込んでくる。


 強引に詰められた距離、迫る拳を身を捻ってギリギリ躱す。風圧で髪が乱れ舞う。ビリビリと空気が震えた。まともに喰らうのは危険すぎる。

 

 たつ子の身長は158cm、対して心鉄は190cm……対格差は歴然。一撃でも貰えば確実に沈められる。


 しかし、それ以上に厄介なのは、


「でたらめすぎるぞ貴様!」


 この男の頑丈さだ。


 峰で側頭部を打ち据えたこともあった。

 しかし彼は「いてぇ」の一言で、血を流すこともなく、まるで怯んだ様子もなく果敢に攻めてくる。


 何度この手の刃を返そうか迷ったほどだ。


 ――まさかこの男!


「公衆の面前でなら私が刃傷沙汰を起こせないと思って!?」


 それであえて目立つ校庭まで飛び出しのか。

 粗雑な見た目の割に随分と頭が回る。

 しかも体格の割りに動きも速いときた。


 外傷の度合いから、優勢なのは一見たつ子に見える。

 しかし実際のところ、彼女は徐々に追い込まれつつあった。回避に神経を使い、連撃の度に腕が痺れる。体力も――


「どうした、動きが鈍くなってんぞ!」

「はっ、変態程度にはこれでも十分だ!」


 まるで拳と刀が衝突しているかのようにも見える光景が繰り広げられる。


「貴様のことを調べたぞ! 久世ファミリーとかいう無頼の集団を組織し、好き勝手に暴れ回っているそうでじゃないか!」

「ああっ!? こちとら売られた喧嘩を買ったことはあっても、売った覚えはねぇよ!」

「ふん! どうだか!? あんないたいけなお嬢様に破廉恥な教育を平然とするような人間の言葉など、信用できん!!」

「それはお前らがまともな教育もさせてやらなかったせいだろうが!!」

「こちらの苦労も知らないくせに!」

「説明もされてねぇのに知るわけねぇだろ!」


 心鉄の拳が刀の腹を捉えた。跳ね上がる刃。たつ子の目が驚愕に見開く。


「しまっ――」

「もらった!」


 がら空きになった胴。心鉄の剛拳がたつ子に迫った。


「――ちょっ、ちょっと待って~~っ!!」


 しかし、戦場に響いた少女の声に、心鉄は咄嗟に動きを止める。

 その隙にたつ子は距離を取り、二人は声の方に振り返った。


「け、喧嘩しちゃダメだよ~!」

「お嬢様!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……~っ、きゅ、急に飛び出すからびっくりしちゃったよ~!」


 こちらに駆け寄ってくるましろ。後ろから零、蓮華、宮子と続く。

 ましろはたつ子に近づくなり、眉を吊り上げた。


「たつこちゃん、めっ!」

「い、いえ、お嬢様、これは」

「刀は危ないんだから、むやみに振り回したらダメ! ほら、久世さんにごめんなさいしよ、最初に手をあげたの、たつこちゃんだよね?」

「ぐ……」


 たつ子はとても嫌そうな顔をしながら心鉄に振り返る。

 まだ敵意は消えていない。構えを継続する心鉄に……しかしたつ子は刀を鞘に納め、下唇を噛みつつも彼の前に立つと、


「い、いきなり斬りかかって、す、す~……すまっ、すまな、かった」


 まるで血涙でも流しかねないほど屈辱に表情を歪ませながら、頭を下げた。


「久世さん、ごめんなさい。きっと、なにか誤解があったと思うの。ちゃんとお話しして、仲直りしてくれる?」

「いや、それは」

「ダメ?」

「……」


 下から見上げてくるウルウルした瞳。あざとい……しかし邪気を感じない。これは天然、まじりっけなしの純度100%の愛らしさ。


 心鉄はプルプルしながら頭を下げ続けるたつ子を見やる。


「はぁ~……当事者がそう言うんじゃ仕方ねぇ。わかった、ここはあんたに免じて、これで手打ちってことにしてやるよ」

「か、感謝、する……久世心鉄」


 相変わらず嫌そうな顔をしつつ、これにて事態はひとまず終了。


「それはそれとして、さっきの勝負は俺の勝ちってことでいいな」

「はぁ!? なんだそれは! 百歩譲っても引き分けだろ!」

「いや最後、絶対に俺の一撃まともに入ってたろ」

「あれくらい私なら造作もなく耐えられた!」

「噓つけずっと逃げ回ってたくせに」

「なんだと貴様~!」


 またしてもバチバチし始める二人。今にもお互い、相手に掴みかからん勢いだ。


「ああもうやめなってば二人とも」

「すぐに頭に血が上る……単純」

「まぁでも久しぶりにおもろいもん見られたわ~」


 蓮華が二人を嗜め、宮子は冷ややかな視線を送ってくる。零だけはケラケラとこの状況を楽しんでいるようだ。


「むぅ! たつ子ちゃん!」

「はい! すみません!」


 主人の一声に、たつ子はピンを背筋を伸ばし、心鉄から距離を取った。


「も~う、なんですぐに喧嘩しちゃうかな…………あ、待って! そうだ!」


 すると、なにかを思いついたように、パンと両手を合わせるましろ。


「こういう時こそ、昨日教えてもらった『えっち』が役に立つんだよね!」

「「「「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」」」」

「あははははははっ!」


 零を除く四人が噴き出した。

 しかしましろは気にした様子もなく、心鉄とたつ子の手を取る。


「えっちは、親しい人とするんだよね! でもそれって、逆にえっちをしたら親しくなれるってことだよね!」

「いやあんたなに言って、」

「たつ子ちゃん、久世さんとえっちして、仲良くなろ? 皆が仲良くなってくれたら、わたし嬉しい」

「い、いえお嬢様、それは、」

「ダメ? えっちで仲良くなるの、ダメなの?」

「う……」


 まただ。彼女から漂ってくる、言いようのない強制力。直接的に声を掛けられているわけではないはずなのに、思わず従いそうになってしまう。


「ねぇ、たつこちゃん」

「ぅ……うぅ~~~~~……わ、わかりました」

「はぁ!?」

「正直、舌を噛みながら切腹したくなるくらい嫌ですが……お嬢様の頼みなら」

「待て待て待て! お前いきなりどうした!」

「と、とりあえず場所を変えるぞ……さすがにここでは、恥ずかしい」

「正気に戻れ!」


 たつ子の肩を掴んでガクンガクン揺すりまくる。


「――はっ! 私は何を……今、私の人生でこれ以上ないほど屈辱的な発言をしてしまった気が」

「……お前、ほんと大丈夫か? いくらお嬢に言われたからって、今日知り合ったばっかの奴とエロいことするとかさすがに引くぞ」

「ちがっ! くっ~……春子はるこ!!」


 たつ子が誰かの名前を呼んだ。直後、


「――は~い」

「「「「っ!?」」」」


 一同の意識の外から、のんびりとした声を響かせて別の女子生徒が姿を見せた。


 ぽやんとした目元は柔和な印象を抱かせ、セミロングの淡い赤毛が動きに合わせてふわりと揺れる。身長は175cmの零よりわずかに低い程度。女子にしては高身長、そして目を引く蓮華以上の分厚い胸部装甲……


「春子、お嬢様を頼みます。先日のような失敗はしないでくださいね」

「も~う。それは昨日散々怒られたじゃな~い」

「あなたのせいで色々と大変なことになったのですよ! わかっているのですか!?」

「う~……わかった~、反省してるから~」

「とにかく、お嬢様をお願いします」

「は~い」


 いきなり現れたおっぱいさんにましろを預けると、たつ子は心鉄の腕を掴み「ついてこい」と有無を言わさず引っ張っていく。

 

 同時に始業のチャイムが鳴る。


「おい、授業」

「諦めろ、というかお前はその見た目で随分真面目だな。有名な不良グループの筆頭のくせに」

「関係ねぇだろ。あと不良じゃねぇ」

「なんでもいい。一時限目の授業は『無欠席』扱いにしてもらえるようあとで教師に話をしてやる。今は私についてこい。お前に話がある」

「ああ? なんでお前にそんな権限が」

「いいから、黙って、ついてこい」


 刀をチラつかせて脅してくる。今度は本気で斬るぞ、と言わんばかりに。


「はぁ……なんだんだよ、ったく」


 しぶしぶ、心鉄はこの物騒な少女に付き合うことにした。

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