第3話:帯剣したやべぇ奴

「お礼? 俺にか?」

「はい!」


 頬を引きつらせる心鉄にましろが満面の笑みで頷いた。


「先日はお世話になったにもかかわらず、お別れだけしてなにもしてあげられなかったので」

「いや、別にそんな大したことしてねぇよ。大げさに考えなくていい、礼ならちゃんともらってる」


 言葉と態度で、それ以上を望む気は心鉄にはない。

 が、ましろは「むん」と頬を膨らませ、とても高校生には見えない仕草で「いいえ!」と更に心鉄へ迫った。


「してもらったら倍返し――が、我が家の家訓なのです! 道に迷っていたところを助けていただいただけではあきたらず、大変興味深いセカイを教えていただきました! これは、是が非でもお礼をせねばと!」


 なにがいいですか? なんでも言ってください! などと、危うい発言を繰り出すちんちくりん美少女。

 天真爛漫、ぽやんとした雰囲気の中に、なにか言い知れない『強制力』のようなものを感じる。この瞳にみつめられているだけで、なんでも言うことをきいてあげたくなってしまいそうになる、ある種の魔性。


「ど、どどどど、どういうことなのテッちゃん! まま、ましろ様と知り合いだったの!? ていうかどういう関係!?」


 蓮華がツーサイドの髪を跳ねさせて……ついでに魅惑のおっぱいも揺らしながら……鼻先をがっつりとくっつけて迫ってくる。


「ちげぇよ。ついこの前、成り行きでちょっと話す機会があっただけだ。あとちけぇ、離れろこら」


 グイッと蓮華を引き剥がす。


「もしかして、さっきあんたが言ってた拾い物って……」

「ほっほ~、これはなかなかおもしろそうなことになってるや~ん。拾った、いうことは、連れ込んだんやろ? ちゅうことは、いったんか!?」

「はぁっ!? ちょ、ちょちょちょちょっ!? テッちゃん! ましろ様にナニしたの!? しちゃったの!?」

「してねぇ! 人聞きのわりぃこというんじゃねぇよ!」


 周りが普段の五割増しくらいに騒がしい。


「あの、皆さんはなんのお話をしてるんですか?」

「あ、あのあのあの、ましろ様!」

「はい、なんでしょうか……ええと」

「れ、れれれ、蓮華です! 安西蓮華!」

「れんげちゃんか~、可愛いお名前ですね~」

「はうっ」


 名前を呼ばれて蓮華が鼻を押さえてのけぞった。

 ましろの無垢な笑顔に完全ノックアウト状態だ。


「ま、ましろ様、昨日はその、テッちゃん……ここにいる目つきの悪い人の家に、行っちゃったりとか」

「はい! とても良くしていただきました! 道に迷っていたところを助けていただいたり、わたしの知らないセカイについて、色々と教えていただけまして、えへへ」


 頬に手を当てて嬉しそうに笑みを零すましろ。逆に心鉄は「おいちょっと待てその話は、むぐっ」と制止させようするが、零に後ろから「面白うそうやからもうちっと聞かせてや~」などと口元押さえられる。


「っ!? そ、それはつまり、家に連れ込まれた挙句、え、ええええ、えっちなこと、とか」

「えっち……ああ、『セックス』、『性交』、『情交』、『まぐわい』のことですね!」


『ぶふぅ~~~っ!!』と、クラスメイトが一斉に噴き出した。ちっこく愛らしい小動物のような少女から飛び出した、あまりにも直接的すぎる表現の数々。


 心鉄は零の手を払い除けた。


「ちょ、おまっ!」

「あ、すみません! こういうのは、言葉を濁すのが正しい作法なんですよね! うっかりしてました」


 えへへ、と無邪気な笑み。

 しかし周囲の連中からヒソヒソと囁く声が消えこくる。

「い、今の聞いた?」、「ましろ様からあんなストレートに」、「やべぇ……なんかちょっとショックなんだが」、「お、俺はむしろ興奮する」、「「「死ね!!」」」などなど。


「昨日、久世さんから教えてもらったんです……大人のセカイについて、色々と……」

「テッちゃ~~ん!?」


 くわっと目を見開いた蓮華が心鉄に詰め寄る。彼女の後ろでは宮子が体を抱いて後ずさり「け、けだもの」と睨み付けてくる。


「落ち着けお前ら! 俺はただ!」

「男女の交わりというのは、あんなにも荒々しく、たけだけしいモノなんですね~」

「あんたはちょっと黙ってろ!!」


 性の知識がなさすぎる彼女を見かねて、確かに教育はした、ああしたとも。

 なんだったらあまりにもセックスに興味津々なましろに心鉄はやけくそになってAVを観せてやったさ、死にたくなったさ!

 しかし決して、誓って言うが、『実技』まではやっていない。


「ま、ましろ様が……俺たちのましろ様が~」、「穢された、穢されちまったよ~」、「おおい! お前ら気をしっかり持て! 皆であいつをぶっ殺すまで死ぬんじゃね~!!」「無理だろ、だってあの久世だぞ!」と、もはや阿鼻叫喚。

 女子連中からも冷ややかな視線が突き刺さる。「ロリコン」、「けだもの」、「犯罪者」……実にレパートリーに富んだ不名誉な呼び名の数々が木霊する。


「しっかしましろ様が迷子な~……確か、彼女にはいつもべったり張り付いてる連中がおったと思うんやけど」


 などと、零が口にした直後。


「――っ! ようやく見つけました! こちらにおられたのですね!」


 カオスな教室の扉を潜り、またしても別の女子生徒が入ってきた。しかもその手には、現代の学校では決して目にしてはいけない長物……刀が握られていた。


「あ、たつこちゃ~ん!」

「お嬢様! どこかへ行くときは、常に我々に声を掛けて下さい! いつどこで野獣の餌食になることか」

「学校の中なんだから大丈夫だよ~」

「いいえ! 校内とて飢えた野獣はそこかしこに潜んでいるのです! 注意を怠ることはできません! 特に『今』のお嬢様をおひとりにするには危険すぎます!」


 たつこと呼ばれた女子生徒。ましろとセットで校内では有名な生徒だ。長い黒髪に怜悧な面立ち、切れ長の瞳に整った鼻梁、凛とした佇まいの美人だ。


 一ノ瀬たつ子。ましろ親衛隊代表、帯剣したやべぇ女。


「しかしお嬢様、なぜこの教室に?」

「ほら、昨日お話したでしょ? わたしがお世話になったひとのこと」


 途端、たつ子の眉がピクリと跳ねた。


「こちらの久世心鉄さんが、昨日わたしを助けてくれて、色々と教えてくれたひとだよ」


 心鉄の肩に触れて、たつ子に心鉄を紹介するましろ。


「ちょっと待て。あんた、まさかこいつに俺たちのこと話したのか?」

「だってたつこちゃんはわたしの大事な家族だから、隠し事はできないよ~」


 それはつまり、昨日の夜に彼女にした性教育の一切を包み隠さず暴露されたということか。


「――ま、か」

「は?」


 ゆらりと、幽鬼のようにたつ子が心鉄に近付いて来た。

 彼女は手にした刀の柄に手を掛けると、カチリと硬質な音と共に刀身を抜き放ち、


「貴様か~~~~っ!! 我々のお嬢様を穢したのは~~~~~~~~っ!!!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~っ!?」


 間一髪。縦に振り下ろされた刃が心鉄の机を両断した。

 中に入っていた教科書やらノートやらがバラバラと散らばる。


「おまっ、それ『本物』かよ!? 銃刀法違反だろうが!」

「ちゃんと銃砲刀剣類登録証は所持している! なにも問題はない! そしてこの使用は、正当だ~!」

「そんなわけあるか!!」


 刀を構えて迫るたつ子。その間に、蓮華が割って入り、


「なっ!?」

「いきなり人様に理由なく喧嘩吹っ掛けるとか、ちょいありえないんじゃないかな!」


 無手でたつ子の動きを制した。蓮華の白い手がたつ子の腕を絡め取り、まるで素手で刀と唾ぜり合うような恰好になっている。たつ子が目を見開き、後ろへと下がる。


「なかなかの腕前、どきなさい。あなたに用はありません。私がこの場で切り捨てたいのは……」


 斬、という擬音を立てるかのように、切っ先を心鉄に突き付ける。


「そこの男ただひとり!」


 直後、蓮華を躱しながら、再び心鉄に迫るたつ子。


「待て! 俺がいったい何をした!?」

「ナニ? ナニだと貴様~~~~っ!!」


 なにかイントネーションがおかしい。

 教室を飛び出す。廊下の窓を開き、三階の窓から飛び出した。五点着地で地面を転がる。


「逃げるなケダモノ~~っ!!」


 飛び出した窓を見上げる。彼女は先に鉤のついたロープを縁に引っ掛け、スカートの中を覗かせながら追いかけて来た。ちなみに白だった。


 追いかけっこの末、校庭に躍り出る二人。

 心鉄は逃げるのをやめて、彼女と対峙する。


「ようやく覚悟を決めたか、変質者め」

「お前がさっきからなに言いてぇのかわかんねぇよ、パンチラ女」

「だ、誰がパンチラ女だ!」


 スカートの裾を押さえて睨み付けてくる。


「貴様は私たちの大事なお嬢様を穢した! 絶対に許さん!」

「なにを誤解してんのか知らねぇが、俺はあのましろとかいうお嬢になにも手を出しちゃいねぇよ」

「しらばっくれるな! し、ししししたんだろ! お嬢様に! よりにもよって、よりによってもお前は!」

「だから、なにを!?」

「えっちな教育だ~~~~っ!!!!」


 校庭にとでもない声が響いた。何事かと校舎の窓から顔を出す生徒たち。

 教員の姿もあるが、この場にいるのが『久世心鉄』ということもあって出てこない。


「お前は……私たちが相応の神経を使ってお嬢様から遠ざけていた性の話題を、たったの一夜で! 全部、あれもこれも! 赤裸々に、授業したんだろうが~~!」

「は?」


 たつ子が吼えた。

 しかし心鉄は彼女の言葉に目を眇める。


「遠ざけてた……って、お前らか! あいつにわけのわかんねぇ性教育しやがったのは!」


 そのせいでましろは危機感もなくチャラ男についていき、危うく本当に実践での保健体育を経験する羽目になるところだったのだ。


 目の前の女はましろが『家族』と言うほどの人間、彼女の教育に影響を及ぼすほど近しい間柄ということだろう。

 確かにましろは可愛い。小動物のようで純真無垢で穢れを一切知らないかのように純粋。


 しかし、彼女はもう高校生だ。知るべき知識、知っていなくてはならない倫理観を養う機会が奪われていい道理はない。


「お前らがどんな考えがあってあいつにそんなことしたのかは知らねぇが、それはさすがにやりすぎなんじゃねぇのか?」


 雰囲気の変わった心鉄の様子に、たつ子は肌が粟立つのを感じた。


「お前らがそんなんだから、あいつは昨日、あぶねぇ目に遭いかけたんぞ? 話を聞いたってんなら、そこを知らねぇとは言わせねぇぞ」

「ああ、そうだ。それは確かにこちらの落ち度だ。それでも、あの方に性に関する教育はしてはいけなかった、決して。あの純粋すぎるお嬢様に性知識など無用だ! あの方がなにを知り、なにを知るべきでないかは、我々が決める……決めねばならないのだ!!」

「……てめぇ」


 心鉄は眼鏡を外し、拳を構えた。


「わかった、俺とやりてぇんだろ……なら、望み通りその喧嘩、買ってやるよ! そんで俺がお前に勝ったら――あいつの知る権利を奪うのを今すぐにやめろ!」


 両者の視線が交差する。一陣の風が二人の間を駆け抜けた。


「貴様……そこまでしてお嬢様に性教育をしたいのか!? この変態が!」

「違ぇわ!」


 もはや衝突不可避。

 色々と誤解を加速させながら、両者はぶつかった。

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