亡国

「ーー畏み畏み申す」

いつもの日課である祝詞を唱え終わり、私は昼餉の準備のため台所へと向かっていた。


「茜ちゃん!大変だ!早く、早く逃げろ!」

境内に慌ただしく駆け込んで来たのはこの神社のある村の村長だった。

「何事ですか!?」

「あ、あやかしが……村を……」

長い階段を駆け上がって来たらしく、肩で息をしながら途切れ途切れに告げられたのは村の危機。見晴らしの良い鳥居の側まで急ぐと、炎や黒い瘴気に覆われた村の様子が見えた。その中心に目を凝らすと、巨大な人の姿をした妖が立っており、勇敢に立ち向かう人々をいとも簡単に薙ぎ払っていた。


「閻魔様じゃ。閻魔様がお怒りになられた……」

「お婆ちゃん!閻魔様ってどういうこと!?」

「茜よ、急ぎ江東えとへ立つのじゃ。この封書を持ってけ。力になれる者がおる」

どこか知ったような口ぶりの祖母は、私に向かう先だけを指示し「少しは食い止められよう」と、引き止めようとする私に転移の札を投げ村長と共に階段を下りていった。



飛ばされた先はどこかの森の中。火の手や瘴気が見えないことから数里は飛ばされただろうか。祖母が心配ではあるが村に戻れたとしてもあの状況で私ができることは確かにない。祖母の言っていた力になれる者を探すしかないだろう。

封書の宛名を確かめると、「暁勝家殿」と祖母の独特な崩し字で書かれていた。名前を見てもその人がどんな人なのか、祖母とどういう関係があるのかは分からなかった。とにかく探すしかない。そう覚悟を決めて江東を目指すことにした。


暫く歩くとどうやら宿場町と思われる場所に出た。そこでは既に妖が暴れている情報が回っているらしく、店仕舞いをする者や慌ただしく馬を駆る者で溢れ、とても話が聞ける状況ではなかった。

駆け回る人々に注意しながら奥へ進むと、俳諧人と思われる男性が筆を片手にその状況をぼんやりと眺めていた。

「すみません」

「ふむ……君はこの状況に動じていないと見える……もしや、はらいの一族かね?」

「ご存知で?」

「うむ、玉響家は有名な祓の一族だ。君もその出身だろう?」

一目見ただけで私の苗字に勘付いた彼に私は警戒を強めた。

「おやおや、そう警戒しなさんな。こう見えて私も祓をやっている者だ。神主でね」

「じゃあ……江東がどちらかはご存じですか?」

「江東はあちらだが、気を付けて行きなさい。この先の関所でも妖が沸いている」

彼もまた私と同じ祓の家系だったらしく、自分は生家のある西へ向かうと告げ、「お達者で」という言葉を残して去って行った。


彼と逆の方へ再び歩を進めると、件の関所が見えて来た。確かに関守もおらず荒らされた形跡のあるそこは既に妖の巣窟になっていた。

「焔よ……!」

巣食っていた妖はあまり強くなかったようで、札を投げて焔を放つとすぐに祓うことができた。周囲に妖の気配が無くなったのを確認し私は再び江東を目指して出発した。

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時詠之詩 縹香麗 @kaori_hanada

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