第4話 予期せぬ再会

「ゲッホゲホ、ペッ」


 俺は口内に広がる強烈な不快感と共に目を覚まし、咄嗟に口から異物を吐き出した。


 その後、吐き出し切れずに残る口内の異物へと意識を向け、異物の持つ独特な粘り気や苦みなどから一つの答えを導き出す。


「毒か」


 俺は口内に残る毒に困惑しながらも、現状を把握しようとして思い出す。魔王との壮絶な闘いを終え、カルロスの肉体を奪おうとした時に起こってしまった誤算を。


「クソッ!! あれから何年の時が過ぎた。この肉体を奪ってしまった時は赤ん坊だったよな。そうなると……」


 あの時に不可抗力で奪ってしまった甥らしき肉体は赤ん坊だった。だから、この肉体の成長具合を参考にして時の流れを推測しようと思った。


 そこである違和感に気づく。


 自身の手や足を見ようと視線を向けたが、目に映り込んだのは暗闇だった。そこで俺は顔の前まで両手を近づけ、見える自身の両手に安堵する。


 その事によって、視覚障害ではなくこの空間がただ暗いだけだと分かったからだ。それならば暗闇に目が慣れればある程度は見えるようになるだろう。


「クソ、どんな状況だよ。ランプの一つもない部屋で眠り、口内には毒があるとか……」



 やっと、目覚めたのに自身の置かれている状況が意味不明過ぎる。即座に現状を把握できない事への苛立ちを抑えながらも、考察を進めていく。


 新たな肉体を得た俺は、外が全く見えない暗闇の空間で横たわっていた。さらに口内には謎の毒があり、全身は汗に毒物が混ざったような粘っこい体液で覆われていた。


 はじめは毒による暗殺を疑ったが……頭はスッキリとしていて、特に目立った悪い症状もない。その事からこの肉体にはそれなりの毒耐性があると把握でき、毒による暗殺説を否定した。


 さらに毒漬け状態になっていた肉体が毒耐性を持っていることから推測する、と。適切な方法で長期に渡り毒物が投与されていたのだと窺える。


「なんだ、この奇妙な体は……」


 俺は新たな肉体の状態を確認する為に、上半身の至る所を手で掴んだりしていた。


 すると、不自然なほどに整った体へと意識が向く。それは左右均等の大きさに無駄なく鍛え上げられた完璧な体だった。


 俺はずっと意識を失っていた。

 そんな状態で体を鍛えられるはずがない。


「まさか、毒はその為か」


 いつまで経っても意識がなく植物状態のような俺を治す為に、誰かが医療目的であらゆる毒を投与し始めたとしよう。


 そうだとすれば毒の副作用で体が痙攣を起こし、筋肉組織がその衝撃と共に発達したと考えられなくもないが……。


「そんな都合の良い事がありえるか」


 現実逃避をしたいのか。

 俺は楽観的に物事を考えてしまっているような気がしてならない。

 どちらにせよ、それなりに鍛えられた肉体を素直に喜ぼうか。そうでなければこの辛い現実を受け入れられそうにないから。


「十年……」


 現在の体格から推測するに、憑依転生から十年ほどの時が過ぎたのだと俺は悟った。


 つまり、肉体年齢は十歳前後。


 その辛い事実から逃れる為に、俺は楽観的に現状を受け入れようとしている。

 そうしないと気が狂いそうだ。


 受け入れがたい肉体年齢については現状確認を終えてから向き合うとして、今は少しでも多くの情報を集めていく。


「植え付けていた魔力は拒絶反応もなく、よく馴染んでいるようだな」



 カルロスに植え付けていた魔力。

 それは未熟な赤ん坊の肉体にとっては刺激の強過ぎる濃密な魔力だった。

 もしも新たな肉体が上手く適合できなければ、マナコアや魔力回路を傷つけてしまう可能性もあった。


 魔力を使う上で、マナコアは心臓のような役割を果し、魔力回路は血管のように全身へと魔力を循環させる。この片方でも損傷していたら、成長の大きな妨げになってしまうと危惧していた。

 

 一応、同じ血統だからか?


 かつての魔力は、新たなマナコアに不自然なほどよく馴染んでいた。

 俺はマナコアの異常がない事に安堵し、次は魔力回路の状態を確かめるべく。

 体内で魔力を循環させようとし……そこである違和感に気づく。


「はぁ!? 魔力が上手く練れないだと……いや、魔力回路に問題はない。そうなると魔力が練りづらい環境だと判断すべきか」


 一瞬、魔力が上手く練れずに焦ったが魔力回路に異常はなかった。そうなると、俺自身の問題ではなく環境的な要因が影響していると考える。


「この感じは封魔石か……」


 封魔石。

 魔力を分散させる性質を持つ特殊な石。


 魔素の集合体である魔力は封魔石が近くにあると元の姿へと戻ろうとする。この事から魔力を封じる石という意味で封魔石と呼ばれている。

 そんな封魔石が使われる環境は限られる。


「封魔牢……」


 俺は封魔石があるだろう方向を見ながらボソッと呟いた。そして、自身が置かれている状況を理解する。


「変わった場所だとは思っていたが……流石に牢屋は見当がつかなかったな」


 暗闇の部屋。

 その謎が解けた俺は思わず頭を抱える。

 愚兄はいったい何をしでかしたのか、と。


 恐らく視線の先にある封魔牢にはそれなりの強者が収監されているのだろう。

 そんな俺の疑問に答えるように封魔牢から一つの光が近づいてきた。


「……」


 ランプを片手に持ちながらゆっくりと歩みを進める細身の男。その人物の顔が視界に入ると、俺は驚きと共に声を出した。


「ち、父上?」


 アドルフ・クロムウェル。

 公爵家当主の父上がこんな変わり果てた姿で此処に居るはずがない。

 俺は嘘であってくれと願いながら、父上らしき人物の反応を持つ。


「ルシフェルよ、ついに目覚めたのかッ! この日をずっと待ちわびていたぞ」


 声を聞いた瞬間。

 疑念が確信へと変わった。

 やはり父上だったのかと落胆する一方で、予期せぬ再会に喜ぶ自分もいた。


 俺は複雑な感情を抱きながら変わり果てた父上の姿を見ていた。かつては綺麗に整えられていた口元の髭は形を崩し、髪の毛もボサボサになっていた。


 そして、何よりも。


 囚人の証であるかの様に封魔石で作られた輪が手足に付けられていた。鎖のような物はなく、行動制限される事はなさそうだが……手足の四か所にある輪には、それぞれにヘルツ魔石が埋め込まれていた。


 ヘルツ魔石。

 この魔石は特殊な電磁波を放つことで知られ、封魔牢での使用目的は脱獄防止。

 封魔牢から離れれば離れるほどに、苦痛を伴うように設計されている。



「お待たせしました。つい先ほどようやく起き上がることができたところです」


「そうか、身体の異常はないか?」


「えぇ、特に問題はなさそうです」


「……」


「どうかしましたか?」


「なぜ、言葉が話せる。赤子の時からずっと意識がなかった者が、さも当然かのように流暢な会話をしていれば不思議に思うだろう」


「……」


 油断した。

 今の俺は以前の俺ではなかった。

 俺にとっては今まで通りの会話でも、父上からしたら奇妙な状況でしかない。


 この流れで俺が憑依転生したという事実を包み隠さず、父上に打ち明ける事ができるのなら容易に弁解できる。

 しかし、現状が把握仕切れていない状況で打ち明けるのは早計だ。

 もう少し状況を見極めてから判断しよう。



「実は体が動かないだけで、ずっと意識はあったんですよ。だから、周囲の会話から言葉を覚えることができました」


「そう……だったのか。気づいてやることが出来ず済まなかったな」


「お気になさらずに、それよりも現状について把握しきれていないので、一通りのご説明願えますか?」


「もちろん、構わないが長話になるだろうから場所を移させてくれ」


「はい」



 俺は封魔牢の中へと戻る。

 父上の背中を見ながら胸が締め付けられるような思いで後に続いた。


 かつての大きかった。

 父上の背中には、クロムウェル公爵家の当主だった頃の面影が一切なかった。

 覇気と威厳を失った平凡な男。

 その落ちぶれた姿が胸に突き刺さる。


 いったい俺が眠っている間。

 何があったんだよ。

 その答えを求めるように俺は封魔牢の中へと入っていくのだった。

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最強滅魔公子の復活無双~禁忌の金属魔法で没落した家門を立て直しすべてを取り戻す~ 鴉ノ龍 @7kaku2022

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