読み物三昧

小狸

短編

 行きつけの本屋が、12月をもって営業終了することを知ったのは、秋口のことである。


 今年の夏はうだるような暑さで、10月になっても半袖の人が散見されるほどの残暑であった。当の私も、その日、書店にさる大好きな作家先生の新刊を買いにゆく際には、半袖(正確には七分袖と言った方が良いのか、今流行のオーバーサイズというやつである)を着用していった。


 本屋はデパートの5階に位置する、チェーン店である。


 フロア全体どこにどの小説が陳列されているかは、完全に把握している。この街に引っ越してから一番にしたことは、本屋を探すこと、だった。それくらい本が好きだ。もっと言えば物語が好きだ。書店が好きだ。


 勿論、位置の把握について――例えば何々文庫の誰々のものがどこにあるかという話については、小説に限った話だ。


 私は小説以外の本を購入する場合は電子書籍で済ませてしまう(これもこれで電子書籍に喧嘩を売っているような表現になってしまうけれど)のである。


 いや逆か。


 小説だけは、電子書籍にしていない――と言うべきか。


 人口に膾炙して久しく、コミックスのカバー裏も最近はちゃんと実装されるようになった。


 昔の書籍なども、徐々に電子化されていくのだろう。


 そう思いながらも、私は小説は紙の本を買う。


 ページをめくる感覚、次の描写、表現、台詞、それらが重なって物語となるワクワクとドキドキを味わえるのは、紙の本ならではだ。


 それに紙の本を本棚の隅に仕舞い――例えば大好きなシリーズが最新刊まで陳列されているのを眺めるのは、なかなか他に類を見ない幸福の味わい方ではないか。


 そんなことを思いながら、所定のルートで、無駄のない経路で、私は好きな作家先生の最新刊が陳列されているであろう棚に赴いた。


 私が良く読む小説は――と、ここで私の趣味を全開に披露しても良いのだが、今は止めておこう。


 各自感情移入する際には、自分の大好きな作家の大好きな小説の最新刊を買いに行った、と考えてほしい。


 そこで一番上にあるものを手に取った。


 一番上は人の手が触れていると言って忌避する人もいるだろう。コロナ禍では特にそうだし、今でもその余波は残っているけれど、私は開店時間とほぼ同時にこの書店に来ている。そうそう人が触れることはないだろう。そう思っての行動である。


 そしてその本が、目当ての新刊であることをまじまじと(不審者と見紛われることのない程度に)確認し、裏表紙も確認して、レジへと向かうのである。


 買う前に本の中身を確認するなどという不粋な真似はしない。


 今まで一度も触れたことのないジャンルの作家先生の本なら、装填のついでに冒頭を一読くらいはするだろうが、そのケースは稀である。


 会計を済ませる。カバーはかけてもらう派である。結構な頻度で本を持ち歩いたりするので、あると便利である。

 

 店員から「ありがとうございました」と言われ、私も「ありがとうございます」と答えた。


 この辺りは最近賛否別れる部分らしいと聞いて、吃驚した。


 何でもお客様は神様で、敬うべき存在なのだとか、自分の金で給料が出ているのだから感謝をして当たり前だとか、そんな風に平気で胡坐をかく連中がいるらしいのである。

 

 正直辟易してしまう。


 そういう人間はきっと余裕が無く、誰かより下位にいることに焦りを感じる類の者なのだろう。自分が見下されていると思いたくない――自分は絶対に精神的に上でありたい。仕事をしていても、大学まで進学してきても、そういう人間は割といた。


 お互いが気持ち良く利用できれば良いのにな、と思う。


 世界の中心は、誰かの私有地ではないのだから。


 そんな風に思いながら、エスカレーター方面に進んだところで。


 丁度私の目に、その張り紙が入ってきたという塩梅である。


 12月31日をもって、当書店は閉店します――等々と書いてあった。


 ショックであった。


 いや、デパートから5分ほど歩けば、駅構内の別系列の書店もある。何も買う所に困るという訳ではない――のだが。


 私は、その書店がなくなってしまうことが、ショックなのだった。


 いつもの場所。馴染みの場所。思い入れのある場所。


 そういった地が無くなってしまうことに、一種の寂寥感を抱いたのである。


 この思いは、上手く言葉にできない。


 仕方のないことである。


 たとえ私がここで「嫌だなあ」「寂しいな」と反発したところで、この決定は無碍にはならない。


 諸行無常の世の中、本屋だって商売である。本が売れなければ、やっていけない。他の本屋との兼ね合いだって考えられる。最近ではカフェや演奏会ホール、図書館と隣接する本屋だってあったりするのだ。何より電子書籍が席巻する本の業界である、そう簡単に生き残ることができるほど、甘くはないだろう。


 それでも。


 寂しいものは、寂しいのだ。


 本屋から自宅までは、徒歩で10分かかる。


 家に帰りながら、秋の風を感じながら。


 閉店までに、またあの本屋に行こうと。


 私は思った。




(「読み物三昧」――了)

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