後編
(……っ、…………ここはどこだ?)
目が覚めると、青い空が広がっていた。
一体何が起きたのか……?
どうしてまだ意識があるのか……?
そんなことを考えていると、目の前からスライムが一匹降ってきた。
「おわっ!?」
咄嗟に身を回転させて立ち上がる。そして自分がいた場所を見てギョッとした。
何故なら夥しいほどの血液が大地を染め、スライムの破片が幾つもその周囲に散っていたからだ。
周りを見れば、いまだにモンスターハウスの中にいる事実にも理解する。
さっきのは幻だろうか? いや、この状況が幻だったとは思えない。
ただ何故か身体に痛みはない。肩にあったはずの傷でさえ、どういうわけか治っている。
「何なんだよ……一体?」
――ブシュッ!
思考に傾いていると、突如痛みとともに血飛沫が舞う。そんな痛みの元になっている胸に視線を落とす。
背後からオークの槍が、胸を突き破っていたのである。
「ぐがぁぁぁぁっ!?」
そのまま前のめりに倒れ意識が朦朧とする。
それでも味わったことのない鋭い痛みが心を砕こうとしてきた。
――ズズズズズズズ。
驚いたことに、しばらくして痛みは引いていき、徐々に傷も塞がっていく。
「っ!? ……痛みが……ねえ? 傷も治った? んだよこれぇ……!」
パニック状態のロウキに対し、さらに追い詰める事態が起きる。
今度はドラゴンが、こちらに向けて火を吐いたのだ。
「んがぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?」
文字通り焼けるような激痛が全身を襲う。
一瞬で意識が飛び、身体は炭と化して崩れ落ちる……が。
気が付けばまたも意識は復活し、五体満足の身体でそこにいた。
そしてそこでようやくジイサンの言葉が、この状況の説明に一役を買ったのである。
―― 『不死ゾーン』――
今までの自分を捨てる覚悟。死ぬほど強くなれる。
それらのワードが、まるでパズルのように合致していき、一つの答えを導き出す。
「ここじゃ……死んでも死なない? マジかよ……」
そんなものが、こんな神にさえ見捨てられた大地に存在するなど誰が信じられようか。
「でも……事実、なんだよな?」
実際すでに二回死んだはず。即死だ。
一度はトロルに潰されて圧死。そして二度目は焼死。
どれも即死だった。それにオークに受けた傷が瞬く間に治っていく感覚も味わっている。
不死――一体あのジイサンは何者なのだろうか。
こんな場所を知っていることもそうだが、ただの人間だとは思えない。
それにわざわざロウキの望みを叶えようと、ここに連れてきた理由も不明。
そんな思考をよそに四方八方から飛び交ってくるモンスターたち。
ロウキは成す術なくほぼ一撃で瞬殺されていく。
殺されるその度に痛みは精神を削り、死の恐怖は感情を壊そうとしてくる。
そうして何度死んだか定かではない。
蘇る度に体力は回復するし、腹も減らなければ眠気も吹っ飛ぶ。
まるで死に逃げることは許さないと言われているかのようだ。
「ああ……そうかよ。なるほどな……。死んでも戦い続けろって……ことか」
そうしなければ自分みたいな『無能冒険者』は強くなれないってことだろう。
だがいまだにモンスター一体すら倒せていないので、経験値だって入ってこない。
これではただただ死ぬだけの、モンスターの玩具である。
(…………はぁ。マジで嫌になってくるわ)
もう死にたくないと思っても、容赦なく死は襲って来る。
死ななくても腕や足がもぎ取られる痛みだって感じる。復元するといっても何度も何度もその痛みと戦うのは辛い。
ここから出たいと思うが、その方法すら分からない。
この状況をどうにかするには、湧いてくるモンスターを全滅させるしかないのかもしれない。
そんなこと…………できるのか?
さすがに心が折れそうになる。意識が遠のいていく。
『てめえなんか一生強くなれねえよ』
口々に言われたその言葉が、ロウキの薄らいでいく意識を覚醒させる。
そして最後に、『絶対返ってきてね』と涙ながらに言う妹の顔が浮かんだ。
(……………………そう、だよな)
沸々と胸の奥から湧いてくる熱があった。
「っ…………………………上等だ」
歯を食いしばり、ユラユラと揺れながらも立ち上がる。
「こちとらただでさえ無能なんだ。不運なんだ。最低なんだ。…………ああ、今はそれでいい。けどよ…………このまま諦めたら、あのクソどもが正しいってことじゃねえか! そんなの認めたくねえっ! ぜってえ、証明してやる! オレだって強くなれるってことを!」
活力がこもった眼差しをモンスターたちへと向ける。
「そうだ。ここで死んじまったら、ファナを一人ぼっちにしちまうじゃねえか!」
それにせっかく強くなれるかもしれないチャンスが転がり込んできたのだ。
不運の中の一つの幸運。
闇の中の一筋の光。
絶望の中の一個の希望。
「だったら掴むしかねえだろ、オレェッ!」
その時、痙攣しているゴブリンの姿が目に入る。
それまでのモンスターの攻撃に巻き込まれ、瀕死状態のモンスターが横たわっていた。
ロウキは、瀕死状態のモンスターたちにこれ幸いとトドメを刺した。
ステータスを開くと、ちゃんと経験値が入っている。
「へへ、なるほどな。弱い奴には弱いなりの経験値の上げ方ってもんがあるってか」
思わずニヤリと大きく口角が上がる。
(名付けて――漁夫の利作戦だっ!)
モンスターの攻撃を受けてダメージを負うのは何も自分だけではない。他のモンスターたちもそうだ。
向かってきたオークの槍をわざと腹に受け、そのままオークの首にダガーを突き刺した。
「ぐはっ……へへへ、相討ちはっ……オレの……勝ちだ!」
こうしてモンスターを倒す邪道だってある。
幸い不死なので傷はすぐに治る。死ぬほど痛いけれど。
ロウキは、弱者なりの戦い方を実践していく。たとえ強いモンスターでも、殺されても一撃を積み重ねていくことで、いずれは倒すこともできる。
「今までのオレはもういらねえ。これからは新しいオレを誕生させるんだ。だからモンスターども、オレのために一緒に死んでくれ!」
そうして数年間、ロウキは毎日休まず戦い続けた。死に続けた。それがロウキ・アマトがこれから記すことになる伝説の第一歩となる。
『不死ゾーン』で100万回死んでも戦ってたら最強レベルになっていた 十本スイ @to-moto
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