中編2

「――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 腹の底から目一杯の声を上げて、ロウキは意識を覚醒させる。

 どうやら横になっていたようで、今は上半身を起こしている状態だ。


(……あれ? オレ……どうなったんだっけか? 確かモンスターに追われて、逃げ回って、そんで…………そうだ。落とし穴に落ちたん……だよな?)


 だが周囲を見回せば、ここが森の中だということが分かる。

 殺風景な石造りだったダンジョン内とは到底思えないほどの自然が広がっていた。

 まるでさっきまでのことが夢のようだ。しかし身体を動かす度に、あちこちから軽い痛みが走る。ダンジョンでの負傷がまだ尾を引いていることで、コレが現実だと痛感した。

 では一体、この空間は何なのだろうか……?


「――――ようやく目が覚めたようじゃのう」


 突如聞こえてきた声に、身体が反射的にビクッと動いた。

 勢いよく声の主を見ると、そこには赤いローブを纏った老人が立っていた。


「…………だ、誰?」

「誰とは言い草じゃのう。儂の住処に侵入したのはお前さんじゃというのに」

「す、住処……だって?」


 一体このジイサンは何を言っているのだろうか?


 ここは【愚者の迷宮】で、冒険者すらおいそれと近づかないダンジョンだ。

 そこに住んでいるなんて信じられるはずがない。


「な、何の冗談だ? さすがに笑えないぞ、ジイサン」

「ヒョホホホ、逆に笑ってやったぞ」


 ケンカを売ってんのか、このジジイ……と顔を引き攣らせてしまった。


「まあともかく、世にも珍しいバカがいたもんじゃな」

「は?」

「たかだかレベル2のくせにココに挑むとは。自殺志願者かのう?」

「じ、自殺じゃねえし! ……! いや、それよりも何でオレのレベルが2だって知ってんだ?」


 ステータスは本人しか確認できないはず。当然ジイサンが知る由はない。


「ヒョホホホ、賢者ともあろう者が、レベルを見抜く程度、できぬと思っておるのか?」

「…………賢者?」

「そうじゃ。儂は賢者。真理を追求する者――アオス・G・フォール。お前さんの名は?」

「…………レベルを見抜けるなら、名前だってできるんじゃねえの?」

「ヒョホホホ、そういう返しをする輩も久しぶりじゃな。確かにお前さんの名はもう知っておる。しかし人と人ならば、礼儀というのがあろう」

「っ…………ロウキ・アマト」

「アマト……のう。……ふむ。して、ロウキよ」

「いきなり馴れ馴れしく名前呼びかい」

「お前さんは、何故こんな無謀なことを?」

「……別に。ジイサンには関係ねえし」

「確かにそうじゃがのう……」


 そこへ自分の肩に包帯が巻かれていることに気づいた。


「……これ、ジイサンが?」

「まあのう。ただの気まぐれみたいなもんじゃが。美女や美少女なら、もっと丁寧に手当てしたんじゃがのう」

「その歳で涸れてねえとか、どんだけだよ」

「儂はいつでも現役じゃ。何なら女を口説く百八の奥義を伝授してやろうか?」

「いらねえし」


 ……ま、まあちょっと? 興味はあるけど。


「……はぁ。んで、オレがここに来た理由だっけ?」

「ヒョホ? 教えてくれるのか?」


 そしてロウキは、自分が今まで冒険者としてやってきたことを伝え、最後のチャンスと託しここへ来たことを語った。

 黙って聞いていたジイサンは、長い沈黙のあと、短く「ふむ」と頷くと、ある質問をしてくる。


「のう、ロウキや。それほどまでに強くなりたいのかのう?」

「あ? だからこんなバカな真似してるって言ったろ」

「…………強くなれるとしたら、お前さんは今までの自分を捨てる覚悟はあるか?」

「覚悟? ジイサン……何言って――」

「死んでも強くなりたいと願うのなら、ある方法を提供してやろう」

「ある……方法?」

「……ついて来るんじゃ」


 それだけを言うと、ジイサンはそれ以上何も言わず歩き出す。


「あっ、待てよジイサン!」


 置いていかれないように、傷む身体に鞭を打って追いかける。

 無数の木々を掻い潜りながらしばらく歩く。


 不意に、ジイサンが立ち止まったと思ったら、目前に岸壁が現れる。

 一部に穴が開き洞窟のような入口になっていた。そこを通るらしく、警戒しつつも後を追っていく。


 何もない細道を真っ直ぐ歩き続け、ようやく出口のような光が目に飛び込んできた。


「ほれ、あの光に向かって進むがええ」

「は? ジイサンは行かねえの?」

「いいから……行け!」


 いきなり後ろから尻を蹴られて押し出される形で出口へと出た。

 太陽の光が眩しく思わず顔をしかめてしまうが、自分が立っている場所がかなり広大な空間であることを知る。

 周囲はとても登れないほどの高い岸壁に囲われていて、それが円形状に広がっていた。

 その岸壁には、所々大小様々な穴があって異様な造りになっている。


「お、おいジイサン、ここは一体……え?」


 振り返って来た道にいるはずのジイサンに質問しようとするが、何故かそこには出口が見当たらなかった。


「ちょっ、おいジイサン! ジイサンどこだっ! おいっ!」


 彼が何を思ってこんな辺鄙な場所に連れてきたのか問い質さないといけない。

 しかし次の瞬間、求めていたジイサンの声だけがどこからか聞こえてくる。


「――そこはかつて、この地に存在した神が創った修練場じゃ」

「か、かつてこの地に存在した神? 待てよ。この『不在の大地』にも神がいたってのか? いや、それよりも……修練場?」

「そうじゃ。名を――『不死ゾーン』。人が人を超越するために神が与えた『理外の領域』じゃ」

「不死……ゾーン?」


 聞き慣れない言葉だ。というか立て続けに混乱することばかりで思考が定まらない。

 ただ分かるのは……。


「修練ってことは、ここで強くなれるってことか?」

「うむ。お前さんが真に強さを求めるなら、〝死ぬほど強くなれる〟じゃろうな」


 すると、ジイサンの言葉終わりに、凄まじいまでの怖気が全身を襲い掛かってきた。

 同時にどこからか不気味な呻き声のようなものや、無数の足音などが周囲からこだまする。そしてそれらは、岸壁に開いた穴から姿を見せた。

 現れたのは無数とも言えるほどのモンスターたち。


 スライム、ゴブリン、オーク、コボルトなどの比較的初心者冒険者が相手をするモンスターもいれば、トロル、オーガ、トレント、ゴーレムなどのレベルの高い奴らもいる。

 さらにその数が尋常ではない。まるで穴の奥に無数の卵でもあるかのように次々と湧いて出てきた。


(それに何だよあの一番奥にいる奴……。アイツって……ダンジョンにいた三つ目じゃねえか!?)


 一際巨大な穴から出てきたのは、非常に見覚えのある二度と会いたくないと願ったモンスターだった。


「は、ちょ、んだよコレ! まさか戦えってのか!」

「そのまさかじゃ。強くなりたいんじゃろ?」

「それはそうだけど、こんなもんすぐに死んじまうだろうがっ!」


 この中で倒せるとしたらスライムくらいだ。それでも五十匹はいるスライム相手では無理。しかしジイサンは冷徹な声でこう言う。


「別に死ぬなら死んでしまえばええ。それで見えてくる世界もある」

「………………………………は?」


 ジイサンが何を言っているのか分からなかった。

 死んだら元も子もない。すべてがそこで終わるだけだ。


 ――――騙された。


(そうだよ。こんな場所に住んでる奴がまともなわけがねえ。あのジイサンも人間じゃなくて、きっとモンスターが変化した特殊な存在だったんだ)


 ダンジョンに入ってきた者を巧みに騙し、こうしてモンスターに蹂躙される姿を見て楽しむようなイカれた奴。


「……ちっ……くしょう…………ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうぉぉぉっ!」


 ロウキの中では、絶望よりもわけの分からない憤怒で埋め尽くされていた。

 これまでの不幸もそうだ。目の前のモンスターたちもそうだ。自分を騙したジイサンもそうだ。そして何より簡単に騙されるバカな自分に腹が立った。

 どうせ死ぬのは確定だ。だったら最後くらい、絶対敵わないような相手に一太刀くらい入れてやる。


 そう決断し、半ば自棄になりながらダガーを抜いて駆け出す。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。

 狙うは三つ目の化け物。


「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ――しかし、たかがレベル2のロウキには、スライムの群れですら超えることができなかった。次々と身体にのしかかられ埋もれていく。

 その隙間から、冷ややかに見下ろす三つ目のバケモノが見える。


 そしてトロルが、振り上げたこん棒をこちらに向けて振り下ろす瞬間――。


(ああ…………くだらねえ人生だったな)


 直後、目の前が真っ暗になり意識が途切れた。




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