中編1

 世界地図で見ると、最北端に位置する。

 周囲を海に囲われた大陸が、まるで追いやられるような形でポツンと存在していた。

 そここそ『不在の大地』と呼ばれる【エンド大陸】である。


 ここに来たのは、この大地に一つだけ存在する、あるダンジョンに挑戦するため。

 大陸のさらに北。

 その最果ての地に、【愚者の迷宮】という地下ダンジョンが存在する。

 この地に住む者たちすら、恐れて近づかない不気味な領域。

 これまで踏破したこと者はおらず、入れば出てこられない死への誘い場とも言われている。当然挑戦した冒険者もいたが……だ。


 ロウキは、このダンジョンに自分の運命を託すことに決めた。

 ちまちまと弱小のモンスターを倒して経験値を稼いだところで、一流冒険者になることはできない。

 しかしココならば、手っ取り早く強くなれる方法が見つかるかもしれない。

 ココなら何か…………自分を変えてくれそうな気がしたのだ。


「はぁ~ふぅ~。……よし、行くか」


 身体が震えるのを自覚しながら、武者震いだと言い聞かせ薄暗い階段を下りていく。真っ直ぐ階段は続く。ずっと。ずっと。

 そして気づけば、今度は螺旋階段になっており、さらに下へと降りていく。

 底が暗くて見えない。まるで奈落まで続いているようだ。


 しばらくして開けた場所に出たかと思ったら、眼前に広がったのは思わず目を疑ってしまうほどの果ての無い迷路だった。

 少し高台に立つロウキは、この迷宮の凄まじさに唖然としてしまう。


「と、とにかくここまで来て諦められるか!」


 自身を奮い立たせ、迷路の入口へと繋がる一本道を下っていく。

 入口から一歩入ると、幾つかある横道の一つを進んでいく。

 一応目印を壁につけながら迷わずに進んでいくが、分岐点が多過ぎだし景色もそう変わらないので、何も出ずとも歩くだけで疲れてくる。


 するとズゥン、ズゥンと巨大な何かが歩む足音が響いてきた。

 咄嗟に身を隠し様子を見守るが、音のする方向は何故か自分が来た方向からだ。


「嘘だろ? 後ろには何もいなかったのに……!」


 別の通路に隠れていると、先程までロウキがいた場所から見たこともない巨大な怪物が姿を現した。

 息が詰まる。こんな生物を見たのは初めてだ。


 まるで塔のように高く、丸太を幾本も重ねたような腕と足、それに筋肉の塊ともいえる灰色の身体はとてもではないが剣や槍などが通じるとは思えない。

 頭部には三つの眼があり、それぞれがギョロギョロと動いている。


(っ……無理だ! 何だよあのバケモノ!? いきなりでアレかっ!?)


 見つかったらダメだ。見つかったら――死。


 簡単に連想してしまうほどの威圧感を覚える。

 だが――油断していた。ここに存在するのは、モンスターだけではないのだ。


 後ずさったロウキの右足がググっと沈む。

 同時に壁に複数の穴が開き、その延長線上に自分は立っていた。


 ――まさかっ!?


 直観に従い身を引く。すると、穴から矢が発射されロウキを射抜こうとしてくる。


「くっそっ!?」


 さらに身をよじりながらかわすが、完全には回避できずに右肩に刺さってしまった。


「あがっ!?」


 声を上げながら地面を転がったことで、ヤバイ事態に気づく。

 見上げると、そこにはロウキを見下ろす三つ目のバケモノが立っていた。


 気づかれた――っ!?


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ロウキは叫びながら、遮二無二に通路へと逃げ込む。

 だがその先には、巨大なスライムが立ち塞がっていた。

 大きくてもスライムならと、腰に携帯しているダガーを抜く。

 しかし、スライムが突然燃え上がり始め、身体から燃える触手を伸ばしロウキを捕縛しようとしてきた。


「そんなのアリかよっ!?」


 オレのバカ野郎! と咄嗟に叫ぶ。こんなところにいるスライムが普通のスライムなわけがないのだから。

 またも三つ目のバケモノが待つ場所へと戻ってしまう。


 この状況に理解させられる。やはり自分には無謀な挑戦だったのだ。こんな場所で、強くなれるきっかけが得られるわけもない。ただただ殺されるだけ。

 全力ダッシュで、先程三つ目のバケモノが通ってきた帰り道に入る。

 本能はもう外に出たいという一心だった。

 しかし壁に刻んだはずの印がいっこうに見つからない。


「はあはあはあ……ど、どういうことだ? ていうかここ、こんな道だったか……?」


 まだ通ってきたばかりだから道の形は覚えているはずなのに、何故かその形に違和感を覚える。そう、通路が変化しているのだ。


「マジ……かよ……っ!?」


 戻る術すら失ってしまい、無意識に両膝をついてしまう。

 しかし残酷にも、後ろからは三つ目のバケモノが迫って来る。


 そしてその眼から一閃の光が放たれ、ロウキに向かってきた。

 回避したはいいが、光は地面を貫いて底が見えない穴を形成している。


「じょ、冗談じゃねえっ!」


 形振り構わず走り回り、どこをどう走ったのかまったく分からず、行き止まりの空間まで来てしまう。すると今度は足場が急に崩れ出し、


(あ…………死んだ………………悪い――――ファナ)


 最後に浮かんだ妹に謝罪しながら、ロウキはそのまま闇の中へと落下していった。



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