異世界刀鍛冶の地下大迷宮攻略記 ー刀匠の血を継いだ俺、この世界で最高の名刀を打つー

ピコ丸太郎

プロローグ

 『大迷宮都市ユグドラシル』

 ダンジョンと称し、壮大な地下大迷宮を有する巨大都市である。


 『地下大迷宮ダンジョン

 それは、この巨大都市の真下、地下に存在する。

 別名『世界の中心』。

 ここではモンスターや魔獣が発生、生息し、そこに人々は集まりロマンを追い求め、一攫千金、名声を求める。

 そんな人々を、人は『冒険者ハンター』と呼んだ。



---


 ここは『地下大迷宮ダンジョン』の7階層。


 そこに、1人の青年がつい最近『冒険者ハンター』となり、『地下大迷宮ダンジョン』に潜っていた。


「……はぁはぁ、助かりました。こんなところに『巨大蟻ジャイアント・アント』の群れがいるなんて!? 7階層の適正レベルは1なのに……はぁはぁ。7階層にいるって事は……、あなたも最近『冒険者ハンター』になられたんですか?」


 『巨大蟻ジャイアント・アント』の群れに遭遇して、血闘の末に力尽きて横たわる女性の前に、ひとりの青年が己の力だけで『巨大蟻ジャイアント・アント』の群れをほとんど薙ぎ倒して向かって来たところだ。


 本来なら『巨大蟻ジャイアント・アント』の群生地区は12階層、レベル2にカテゴライズされるモンスターがここ7階層に群れとなり降りてきた訳だが。

 


 洞窟のような空間に『巨大蟻ジャイアント・アント』の幾つもの死骸が転がる。

 躯体を真っ二つに破られた死骸、首を落とされた死骸などがあちこちに散乱する。


「……まぁな。そんな事より、まだ油断しない方が良い! まだヤツらはいる――ハァッ!!」


 青年の背後を狙った『巨大蟻ジャイアント・アント』に抜刀からのひと太刀を浴びせると2つに割れた。そして、その瞬間ガラスが割れて粉々になったように消滅していく。


 粉々になって消滅した『巨大蟻ジャイアント・アント』の亡骸から、淡い赤色をした魔石がコロンと転がるのだ。

 魔石が転がった音が、薄暗い洞窟を木霊した。


「……あの一撃、早い。そして美しい。あんな剣技見た事ない。……それにあの武器――」


 女性はなにやら独り言を呟いているが、それは青年には届いていないようだ。

 青年から放たれたひと太刀の鮮やかさに、見惚れながら呆然とする女性の姿。


「おい! 歩けるなら早いうちに出た方がいい。こいつらは仲間を呼ぶ。そうなりゃあ、俺もここで命を落としかねないからな」


 青年は横たわる女性に向けてそう言って、今討ち取った『巨大蟻ジャイアント・アント』から出た魔石を拾う。

 そして、散乱した『巨大蟻ジャイアント・アント』の死骸にとどめを刺しては、粉々になって消滅して転がった魔石を拾って行く。


 女性はそんな青年の様子をただ眺めている。

 何やら脚を痛めてるようだ。

 何度か立とうと試みるが、立てずにうずくまる。


「……すみません……歩けそうにもないです」


 女性の声は洞窟を木霊した。

 青年は弱々しい声を発した女性に視線を向けて、立てないでいる女性の下に歩き出す。


「…………仕方ない」


 と言い、青年は女性を軽々しく肩に担ぎ上げると、『地下大迷宮ダンジョン』の出口の方へと歩き出す。

 まるでレスキュー隊が救助するかのような担ぎ方であった。まさに『ファイヤーマンズキャリー』といった姿だ。


「……本当にありがとうございます。一時はどうなるかと……このご恩はきっと――」


「…………」


「あっ、あのっ……さっきの斬撃、それにあなたの武器……そんなの見たこと――」


 女性はこれで助かったと安心し切った様子で、声を張り上げて青年に問い出した。


「あまり喋るな! 声に反応してまたモンスターが来る」


「…………すいません。でも……、どう見ても最近『冒険者ハンター』になったなんて思えなくて。嘘……なんですよね? 私を安心させる為に……、きっと高レベルの――」


「いや!……俺はつい最近『冒険者ハンター』になったばかりだ。……まぁ、ただ本職は違うけどな!?」


 先ほどの青年の斬撃を見てしまうと、まるでつい最近『冒険者ハンター』になったばかりと言うのはあり得ない。嘘だと――

 それほど目を疑ってしまうほど早くて、鮮やかなひと太刀だったのだ。

 怖気つく気配すらも見せず、慣れているような堂々とした立ち振る舞いに驚きを隠せないでいる。


 その上、青年からは落ち着いた紳士的と言ってもいいくらいの答えが返ってくるのだ。


「えっ? それって、どういう事ですか? さっきの斬撃と言い――」


「今は『冒険者ハンター』としてやってるが、本来は刀鍛冶なんだ――」


「かっ、刀鍛冶……ですか?」


「……あぁ」


「鍛治の人って『地下大迷宮ダンジョン』には普通潜らないんじゃあ……」


 鍛治とは、『冒険者ハンター』の為に優れた武具を作製するのが本来の姿である。

 だから、地下に潜る事は全く無い。あるとしても、武具のメンテナンスの為に同行する場合だけ。

 それも長期に渡って潜る時に限るのだ。

 だが、この青年はまるで違う。


「……まぁ。本来ならな」


「……じゃあ、どうして――」


「人には事情ってもんがあるんだよ! それ以上質問続けると、ここに置いてくぞ!?」


「……あわわわっ、すっ、すいません。置いてかないで下さい」


 女性はそう言い残して、大人しく青年の肩に担ぎ上げられている。

 斬られてはいるが、『巨大蟻ジャイアント・アント』は息をしておりピクピクと躯体を震わせているところに、「グサリ」と遠慮を知らない音を立てて、青年は突き刺しとどめを刺していく。


 とどめを刺した『巨大蟻ジャイアント・アント』から魔石が現れるが、女性を担いでいるのもあり魔石は拾わずに、そのまま突き進む。

 

「……あんたのせいで、今日の稼ぎが減った」


 担ぎ上げられて天下が逆になる視界の中に、拾わず置き去りにされて行く魔石に気付いた女性が、慌てた様子で脚をバタバタと揺らす。


「はわわわわっ、ほんとごめんなさい!……その分いつかお返しさせて下さい」


「……いやいい! ちなみに、もう出口に着く頃だ。ここからは流石にひとりで帰れるだろ? 回復薬やるから、それで手当てして今日のところは帰るんだな!」


 次第に『地下大迷宮ダンジョン』の出口が見えて来た頃、青年は担いでいた女性を肩から下ろして、バックパックから回復薬を取り出すと女性に手渡した。


 今まで薄暗い中で青年の姿をはっきりとは確認出来ていなかったが、夕陽に照らさせた青年の顔ははっきりと眺める事が出来た。


 そんな青年の姿を見るなり、女性は目が点となり呆然としている。

 黒髪に短髪、良い具合に鍛え上げられた身体に、凛々し過ぎる顔立ち。だが、どこかこの世界の人間とは異なる雰囲気であった。


 防具はこれといって軽装。

 あまり『冒険者ハンター』らしい装備とは言えない風体であった。

 いかにも未熟な駆け出しの『冒険者ハンター』と言う印象だ。

 腰に携えている武器だけが、どこか違和感を感じるのである。普段見掛けるような『ショートソード』『ロングソード』などでは無いようだ。


 女性はそれに相まってか、青年の姿を見るなり安堵した様子を浮かべながら、顔を赤く染める。




---


 がやがやと、夕暮れのギルド本部は喧騒けんそうに包まれていた。

 この時間から夜に掛けて、だだだっ広いロビーでは『地下大迷宮ダンジョン』から戻った『冒険者ハンター』たちが群がっている。

 

 群がった『冒険者ハンター』は、『地下大迷宮ダンジョン』から持ち帰った戦利品である魔石の買い取りや、情報更新された巨大掲示板に目を向ける者、同業『冒険者ハンター』との情報収集などで賑わいを見せていた。


 生産系や商業系ギルドらによる新製品の情報や、『地下大迷宮ダンジョン』から持ち帰った『希少魔獣レアモンスター』の情報に『冒険者ハンター』は群がり、一攫千金になるような情報には、当然と言えば当然だが――。

 抜かりが無い。


 その群がる『冒険者ハンター』の中に、つい先ほど『地下大迷宮ダンジョン』の7階層から戻った1人の青年がいた。


 その青年に慣れたような口調で話し掛けるのは、『冒険者ハンター』担当者である半獣族のミーシャである。


「お疲れ様です、マサムネさん。今日は確か7階層まで潜るって話でしたよね? 無事にお帰りなされて安心しました!」


 猫に似た立ち耳に、八重歯ば目立つ半獣ハーフのミーシャだ。毛色は黒と灰色の間、髪は灰色で首までのショートヘアーである。

 無事の帰還を祝うような笑顔を青年に向けている。


「えぇ、そうです。……ミーシャさんこれ、買い取りお願いします」


 照れ隠しのようなポーカーフェイスを浮かべて、魔石が入った袋をカウンターの上に置く。

 そして、もう慣れたかのような手際の良さで、ミーシャは袋から魔石を取り出して確認を始める。

 確認しながら、マサムネに目を向けて切り出す。


 ミーシャの手つきはなかなか器用だった。

 魔石を確認しながら、チラチラと何度かマサムネに目を向けては、魔石の重量を測ったり、その魔石の重量をメモに記載して行く。


「……では、明日は8階層に行かれるんですか?」


「いえ、明日は本職の方が……」


「あぁ、なるほどですねぇ。うーん、もうそろそろパーティを組むか、サポーターを雇ってみる事を考えてみて下さい。今よりもずっと効率が上がりますから」


 言い終えると同時に、マサムネが提出した魔石の確認が終わったらしい。

 そして、ミーシャはそれに見合うだけのコインを袋に入れてカウンターに置いた。


「……パーティですか。俺は他人と組むのはあまり向かないと思う。……ところでサポーターって言うのは?」


 マサムネがそう言うと、ミーシャがカウンターに置いた袋を受け取り、バックパックに仕舞い込む。


「今日の分の買い取りは……、2万4千コルになります。って、確認しなくても大丈夫ですか?」


「……あぁ、信用してるんで大丈夫です!……で、サポーターと言うのは?」


 マサムネからそう聞かれると、ミーシャは慌てながらカウンター下から教本を取り出して、サポーターについて記載されている箇所を指差して音読を始める。


「サポーターと言うのは、『冒険者ハンター』さんを手助けする役目で、バックパックに入り切らない魔石や道具を運んでくれる『冒険者ハンター』さんのフォロー役ですね。たまには攻撃加勢出来るサポーターさんもいるので、『冒険者ハンター』さんの援護も出来ますよ」


 ミーシャの言うことに、マサムネは聞き耳を立てながら聞いていた。

 そんなミーシャの説明を邪魔するかのように、隣の『冒険者ハンター』アドバイザーの窓口が何やら騒々しい。


冒険者ハンター』担当者と口論をしているのはひとりの女性であった。

 マサムネはその女性に視線が奪われる。

 それに気付いたミーシャがマサムネを呼ぶ。


「……あの、マサムネさん?」


 ミーシャの声に反応した瞬間だった。

 隣の窓口で口論している女性がマサムネの方に向けて視線を送った。


「…………今、マサムネって言った? マサムネって、あの『黒きさすらいのルーキーストライダー』の?…………って、さっきの!?」


 そう言うと、その女性は先ほどまでカウンター窓口で口論していたのを忘れたように、マサムネの方へずかずかと向かって来た。


「なんだ……あんたはさっきの。7階層で死にそうだった――」


 マサムネはそう言い捨てて、向かって来た女性に背を向けてミーシャに小声で「ミーシャさんありがとう。また――」と言うなり、ギルド本部を足早にして去って行く。


 そんな颯爽としたマサムネの行動を眺めながら、ただ呆然と立ちすくすしか出来ないでいた。


 ふと、そわそわしながら、その女性は『冒険者ハンター』担当者窓口のカウンターからマサムネを見送るミーシャに突っ込むようにして、いきり立った表情を向けて切り出した。


「あっ、あの! さっきの人って『黒きさすらいのルーキーストライダー』ですよね? マサムネって……その人、どこに住んでるんですか?」


 ミーシャはその言葉に困惑の色を示した顔をしながら、その女性を落ち着かせるように落ち着いた口調で答えた。


「…………マサムネさんと何かありましたか?……私はマサムネさんの『冒険者ハンター』担当者をしてますミーシャと言います」


 まるで聖女らしいミーシャの声に反応して、次第に冷静さを取り戻す女性。

 再び、ミーシャに問い詰める。


「……何かあったと言うか……助けられたと言うか……。あの人がどこに住んでるか教えて下さい!…………会いたいなぁなんて……あっ、いえ。助けて頂いたお礼がしたくて――」


 ミーシャの表情は困惑から一変された。

 顔を歪めながら意味深な微笑みとウィンクを見せて、たじたじになって、顔を夕暮れと同じ紅色に頬を染めた女性に優しく答えた。


「マサムネさんは結構、私たちの間で人気があるんですよ!? えーとっ……確か、12地区で鍛治工房を開いてると聞きました。それに明日は『地下大迷宮ダンジョン』には行かないと仰ってたので……。ライバルには案外優しく接するのです。私は……ムフッ――」


 そう言い終えると、ミーシャは少しだけ首を傾けて、さらに微笑みを作って返した。


「…………ライバルって……!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る