異世界刀鍛冶の地下大迷宮攻略記 ー刀匠の血を継いだ俺、この世界で最高の名刀を打つー

第３話 ひとりからふたり

「……女？　まぁ、女と言えば女……だったな」

　俺が静かに呟くと、『コイツ』は丸めてた小さな身体をムクっと起き上がらせて、ずかずかと俺の方に向かって来て、じと目で見つめて来る。

「今っ！　女って言ったよね？　言ったよね？　ねえ！？　どいう事なんだい？　ボクと言う女がいるってのに！　こうしてキミの帰りを首を長あーくして待ってる女がいるんだよ！？　ねぇ！？」

　口を尖らせながら早口で、まるで駄々をこねる幼女の様子で俺に詰め寄るが、それを綺麗に交わす。

　そして俺は、『コ』の字のソファの中心に置かれたテーブルに向かって、食べた後の残骸やゴミ、その他諸々を掻き集める。

『コイツ』は俺の背後にピタリとくっ付いたように後をついて来て、視線を送る。

　俺が動くたびに、『コイツ』もそれに連なって動く。

　ピタピタと足音を立てながら、俺を追っ掛けるのだ。

　それに気付いてくれと言わんばかりに、右や左から顔を覗かせて来る。

「……『地下大迷宮（ダンジョン）』で死にそうになってる女がいたんでな……。助けただけだ――」

　俺がそう言うと、『コイツ』は優しい足音から激しい足音に変えて、俺の正面に回って来た。

　さっきより一段と口を尖らせて、顔を赤めて怒号を飛ばす用意をしている。

「キミはそうやっていつも、女を弄（もてあそ）んでるんだな！？　マサムネ君の担当官だってそうだろ？　むむむ、キミは自覚してるのかな？　キミにはもう、ボクっていう女がいるんだよ！？」

「……担当官？　あぁ……ミーシャさんの事か。あの人はあんたと違って、そんな軽い女じゃあない。『冒険者（ハンター）』担当官としての仕事を全（まっと）うしてるだけだろ！？」

「マサムネ君は今、ボクの事をあんたって言ったねぇ？　担当官はしっかり名前で呼ぶくせに！　ボクにだってアリゼって名前があるんだよ！？　その辺しっかりやってくれるかな？　ボクはキミの『ギルドマスター』なんだからね！？」

「……ふん。ならひとが稼いだ金でヘンテコなソファ買わないでくれると助かるけどな！？　使い込み……横領……横暴……借金地獄……、ましてや、二つ名が『堕天使』とかっ。笑える――」

「……マサムネ君っ！…………それ以上はやめて下さい。ううう……このっこのぉっ！」

　俺の目の前にいる『ギルドマスター』の名前は『アリゼ』。

『アリゼ』とは偶然、この『大迷宮都市ユグドラシル』で年に一度開催される『博覧闘技会』前夜に出会った。

　この出来事は、『博覧闘技会前夜騒動』と呼ばれる事になった。

　出会ったのは今からおよそ２ヶ月前の事――。

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「ヴヴオオオオオオオオオォォ！！」

　　俺は今、鍛冶場を破壊されて、自作のたたら場を失うかどうかと言う瀬戸際。

　俺の目の前に仁王立ちしているケンタウロスと対峙している――。

　何故こんな事になったのか――。

　俺は１２地区で鍛冶場を開いているのだが、その周辺には『冒険者（ハンター）』と呼ばれる連中がひしめき、また、『力』を授かるに値しなかった連中がひしめく場所だ。

　もっと言うと、治安が悪い。

　喧嘩はしょっちゅうで、ごろつきの住処と化としている。

　そんな場所だから、格安も格安でこの場所を得られたのだが、この時間以降、騒々しくて堪らないのだ。

『冒険者（ハンター）』たちが『地下大迷宮（ダンジョン）』と呼ばれる地下から戻って来て、鬱憤（うっぷん）を晴らし、愚痴りあう。

　時には、儲かったと。今日の稼ぎは良かったと言葉を交わすのだ。

　――ここに流れて来て随分と経つのだが、一年前もこんなんだったな。

　これの前日はこうなるのだ。

『冒険者（ハンター）』たちの異様な熱（いき）り具合、そして、今年はどんなモンスターが現れるやら、誰が１番の武功を上げるか。

　そんな話で持ちきりだ――。

　現に、つい先ほどまではそうだった。

　しかし、事しばらくして、そんな会話が続いていたところ、異変が起こった。

　俺がたたらを踏んでいた時だった。

「ヴオォギャアァ！！」

「バゴーンウゥゥン！！」

「っグハァァッ！！」

　　轟音（ごうおん）と共に咆哮（ほうこう）と凄まじい悲鳴が飛び、鍛冶場の木戸がぶち破られた。

　木戸を破り、突っ込んで来たのは、４０代後半と思われる年配の男性であった。

　頭上と躯体全身から流血が目立つ。

　鍛冶場の中には瓦礫（がれき）の破片が散乱し、悲惨が物語っている。

　その男性は四つん這いになりながらも、何かから逃げ仰（おお）せようと必死に足掻（あが）く。

　が、躯体は言うことを聞かないようだ。

　片腕がぷらんぷらんと踊り、肩の骨が外れて飛び出してるのが一目瞭然だった。

　まったく、見るのも忍びないほどの光景である。

　そんな光景を見て俺は、脳に送る数多の伝達意識が一瞬停止した感覚に陥（おちい）った。

　何がどうなっているのか思考が追いつかない。

　しかし、そんな中でも群衆の悲鳴や怒号は行き交い、否が応でも耳に突き刺さる。

　そして、それが俺の思考停止を再び動き出される原動力に変わった。

　この後、やはり俺は異世界に漂流してしまったんだと再確信させられるのだ。

　張り詰めた空気に、ぴりぴりと脈打つ感覚に似て、それを全身に浴びてるようだ。

　強大でなお威圧感をこの身体で感じるのが分かる。

　この瞬間、この世界の『冒険者（ハンター）』と呼ばれる連中は、毎日、こんなのを相手にしているのかと悟ってしまった。

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「……はぁ、１２地区かぁ。考え無しに歩いてたらこんなところに……って、なんか騒がしいなぁ！？　うーん、１２地区っていやぁ……。あっ、ユーノがギルドマスターやってる『巨大象の隠れ家（エレファント・カシェット）』があったじゃないかぁ！？　ユーノに頼んで一晩だけでも泊めてもらおう？」

　こうして、つい先ほど大手商業ギルド『白鯨の大商人（メルカトル）』のギルドマスターであるステファニー・ラルフローレン、通称ステファより追い出されたアリゼが、『大迷宮都市ユグドラシル』の中心部より離れた１２地区に差し掛かったところだ。

『巨大象の隠れ家（エレファント・カシェット）』とは、以前、アリゼとステファが共にパーティーを組んでいた際に、同じメンバーであったユーノがギルドマスターを務める、１２地区の中小ギルドの中のひとつである。

　アリゼは騒然とした住人と、半壊に近い建造物に目を奪われている。

　まだ、真新しいまでの傷跡が残る街並み、モンスターの被害に遭ったと思われる住人たちに、その悲鳴だ。

　その光景に似合う、傷付いた『冒険者（ハンター）』たちや騎士たちの姿が確認出来た。

　石畳のタイルに付着した血痕、建造物の瓦礫の山に飛び散った破片が痛々しく、モンスターがどれだけ暴れ回ったのかと言う理解にはさほど時間は掛からない――。

　むしろ、ひと目でそれが想像出来てしまうくらいの甚大な被害であった。

「うーん……ボクに武器があったらなぁ！？　こんなオイタ過ぎるモンスター、瞬殺してやんのに……うぅぅ、くそぉー！　この前、武器売って金策したってのがここに来て良い感じに響いてくるなぁ！　もう……全部、ステファのせいだよぉ！」

　そんな能天気な事を悠々と言い飛ばしながら、アリゼは１２地区のメイン通りを突き進む――。

　日が暮れて、夕焼けの陽が当たり、無惨な不格好をした街並みが、ある意味で幻想的でかつ、これが無事ならなんとも『それ』っぽい雰囲気だったに違いない光景が続く中で――。

　アリゼは一瞬、ぶるっと身体を震わせた。

　幼体のアリゼからすると対面したモンスターはまるで巨大の一言に尽きてしまう。

　現役を退いだアリゼには、これまで幾度の死地を潜り抜けたとは言え、再びのモンスターが放つ強力までの威圧感に身震いを覚えた頃だ。

　薄暗く、落ちた陽の光がその巨体なモンスターを照らしていた。

「こんなところにコイツがいるなんてね！？　その目……からして誰かにきっと操られてるね？　ボクには分かるよ。……って、アレと対峙してるのは……まだなりたての『冒険者（ハンター）』かな？　それに……あの武器、珍しい剣だね？　へへっ、あの人面白いね！？」

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「ヴヴオオオオオオオオオォォ！！」

　俺の中で断末魔か走馬灯だか分からない、まるで除夜の鐘のような音が俺の感覚を支配して、何かに取り憑かれたように身体は咄嗟に俺の意図と違う行動――、

　半壊された鍛冶場の奥から『コイツ』を手にしていた。

　『菊　政宗（きく　まさむね）』の刀身を震わせて伝わる咆哮が、俺を我に帰した。

　半壊になって崩れた鍛冶場から出て、それを側面にしてコイツと対峙している。

　耳を塞いでしまいたいくらいの、瀕死状態に化した年配男性の呻（うめ）き声、まるで断末魔だ。

　そして、本能と怒りに任せた咆哮が俺の頭に突き刺さる。

　その瞬間、ビリビリと電撃のように俺の身体を蝕（むしば）む恐怖で支配された――。

「ヴゥムゥゥン！！」

　巨体な身体から振り下ろされる蹄（ひづめ）の攻撃を、俺は身体を咄嗟に転がして紙一重で交わし切った。

「うっ、うっ……うぎゃあぁわわあぁー！！　ケッ、ケンタウロスだぁ！！　くそっ、なんでこんなところにいやがる！」

「ダメだっ！　おいっ、兄ちゃん逃げろ！　コイツとまともにやり合っても勝ち目はねぇ！」

　俺の背後から住人らの金切り声の悲鳴と、このモンスターから放たれた蹄の攻撃――。

　住人の叫び声の中で俺が今対峙してるモンスターの名称を知った。コイツがケンタウロスだと――。

　巨体とは思えない俊敏を持ち合わせて、鼓膜を震わせるほどの蹄の風切り音が再び、俺を恐怖の渦に陥（おとしい）れた。

　身体は大地の重力をこれでもかと言うほど蝕（むしば）み、脳から筋肉に伝う伝達能力を低下させた。

　下手に動けばコイツの餌食（えじき）になる――。

　俺の身体はそう答えた。

　鞘（さや）に当てがられた手は震えて、刀身を未だに抜けない。

　それでも、そんな躊躇（ちゅうちょ）を許可はしてくれないようだ。

　既にコイツの態勢は整えられて、次の攻撃の機会を伺っている。そう確信出来た。

「ヴヴヴオオオオオォォ！！」

　さらに、俺に向かって恐怖を打ち付ける咆哮。

　それがきっかけとなり、鈍った伝達神経が勢いよく活気付いて、鞘に当てられた手は同時に刀身を引き抜いた。

　その瞬間、再び振り下ろされた蹄（ひづめ）に火花が飛んだ。

　鞘から引き抜かれた刀身は蹄を斬り、そのまま骨にまで届き腕を切断していた。

　ごろんと大きく地鳴りを鳴らして落とされた腕――。

　それを目にして突然湧き上がる熱気が俺の身体を瞬時に動かして、もはや無我夢中だった。

「グゥモオオオオォォォォ！！」

　ケンタウロスの泣きの悲鳴と同時に、バランスを崩した脚に一閃を叩き込む。

　刻まれた線に沿って血が飛び散り、肉の割れ目が顔を出すと、俺は容赦なくさらに一閃、二閃と続いて刀身をケンタウロスの肉に叩き込む。

「ふぅーー、ふぅーっ……！」

　見上げると、ケンタウロスは膝をつき、雪崩のような崩落を描いて、刻まれた線に沿って身体のパーツが砕け落ちて行き、最後の断末魔を叫びながら絶命に至った。

『菊　政宗（きく　まさむね）』を握った手はピクピクと鼓動を打ち、緊張からか手放す事さえ出来ず、俺は変な感覚を覚えながら最後の余韻に浸るのだ。

「ガラガラ、ゴロゴロ！」

　建造物の瓦礫が崩れ落ちる音が俺の頭に響くと、終結を知らせたように身体の膠着（こうちゃく）を解放させて行った。

　その時だった――。

　俺の油断した背後に甲高い声を溢した者がいた。

「…………キミの武器変わってるね？」

　俺はその声に反射的に反応して、刀身を払うようにその声の持ち主の首脇に向けた――。

「……あんた……、誰だよ？」

　一瞬、俺の時間が止まった。

　この世界……、いや日本では見たことない顔立ちをした幼き美少女であった。

　そんな美少女が口を開けた――。

「キミ……『冒険者（ハンター）』になってみない？」

　美少女の顔は、さぁ今から悪戯してやる。そんな悪じみた微笑みを浮かべながら、流暢（りゅうちょう）な弁舌（べんぜつ）で抑揚のある口調で切り出された。

「……ふん。どこのどいつか知らんが、俺は刀鍛冶だ。その俺が『冒険者（ハンター）』だなんて――」

「ふふ。へぇ刀鍛冶かい？　なら、そこのまるで廃墟みたいな……鍛冶場はキミのって事だね！？　人は住めそうだけど……武器は打てそうにはないよね？　こんなんじゃあさ！？」

　そう言うと、目の前の美少女は腕を組み、薄ら笑みから変えられて、口を歪ませながら満面の笑みを作ってこちらに近寄って来た。

　俺は今の状況があまりにも唐突過ぎだし、それに、まるで人間離れした顔立ちの言葉に相応しい華麗な美少女の姿に呆気を取られながら。

　見た目の幼き姿は単なる見てくれだけで、あたかも大人びていて堂々とした態度を眺めながら、胡散臭さもあるが不思議とこの子の言霊に引き込まれて行く感覚を覚えた。

　この世界に来てから、俺にこんな笑顔を作りながら話しかけて来たやつがいただろうか――。

　不気味だと言わんばかりに、露骨に俺との距離を取ってきた住人たち。俺を見てはひそひそと耳打ちをする住人たちの姿は多く見てきた。

　それをひしひしと俺の感覚を辿って、単純に言葉で表せない何かを感じながら、自分でも距離を取って来た。

　ゆえに、俺はこの世界に来てずっと、ずっと孤独感に苛（さいな）まれて来た――。

　それでもどこかで俺はこの世界の連中を見下そうとしていたんだと思う。刀を知らない者を……。

　知ろうともしない連中を――。

　その笑顔は決して作り物だとしても、それでも俺にとってはこの世界で初めての体験だった。

　見てくれはこんな悪びれた餓鬼（がき）なのに――。

「……余計なお世話だ……、また作ればいい――」

「ボクは住む家が欲しい。キミはお金が必要。それに刀鍛冶ならもっと良い設備が必要だろ？　……って事で、利害一致してるよね？　キミはもうボクのものだよ！　明日一緒にギルド本部に行こう？……お邪魔するよ」

「……なっ！　まだそうするとは――。おいっ！　勝手に……」

　これが俺とアリゼを結び付けたきっかけとなった――。