第4話 堕天使の溜まり場

「……マサムネ君っ!…………それ以上はやめて下さい。ううう……このっこのぉっ!」


 アリゼは俺の胸に目掛けて、空拳を作って両手を振りかざして突き立ててくる。

 その姿は子供が地団駄じだんだを踏む様子に似ていた。

 もう慣れたようにして、その手を軽く掴み取ってから払い除けて、俺は台所に向かう。


 この光景を見知らぬ人が見れば、きっと、まるで仲の良い兄妹ではと勘違いしてしまうだろう。


「……とりあえず飯の支度するから、大人しく待っててくれよ! それよりも、いつまでもギルドメンバーが俺ひとりって訳にいかないだろ?」


 俺がそう言うとアリゼは渋々、しゅんと小さくなって不機嫌そうな表情を浮かべながら、もといたソファに勢いよく腰を落として寝転がる。


 これも今となっては、ありきたりでお決まりの行動パターンとなった。


 アリゼは天井を眺めながら身体を左右に揺らす。

 その度に、鮮やかな銀髪が崩れいく。


「……うぅ、そんな事分かってるよ! ……でも、ボクのギルドに入りたいって言う子は今日も皆無……いないんだよっ!」

 

「……まぁ、そうなるのは分かる気がする。なんたって、一緒にギルド設立申請しに行った時の、ギルド本部の連中の顔と来たら……。アリゼって相当有名なのな? 色んな意味で――」


 俺が夕食の支度をしてる背後から、アリゼが小声で唸ってるのが聞こえる。

 それが耳に入ると、俺は鼻を鳴らしながら「フフっ」とうすら笑みを浮かべた。


 アリゼの二つ名は『堕天使』である――。


 この二つ名に基づいて、ギルド本部よりギルド名が決められるらしい。

 だから、アリゼが設立した『ギルド』――。

 イコール、俺が加入したギルド名は、『堕天使の溜まり場イヴリース』となった。


 まぁ、こんな名前のギルド……名前からして悪い予感しかしない『ギルド』に入りたいなんて、そんなお人好しがいる訳ないのだと納得するしかない。

 ましてや、『ギルドマスター』がこのアリゼだ――。

 こうなるのも当然と言えば、当然なのだ。


 それと、刀鍛冶としてもこの際ギルド本部で、鍛治職登録しておいた方が何かと都合が良いらしい。

 この世界での、鍛治職としてのランクアップは、鍛治師が作製した武具を『冒険者ハンター』に使って貰うのだが、その際、ギルド本部に『冒険者ハンター』が所持する武具などを登録する。

 そうすると、登録した武具での実績が作製した鍛治師の実力となる訳だ。


 ここで登録した武具を、ギルド本部に行けば、どれだけの実績があるのかが確認出来る。

 なんのモンスターをどれくらい討伐したのかだ――。


 もっと言ってみると、刀鍛冶の俺が作製した武具を『冒険者ハンター』により多く行き渡せる。そしてよりモンスターを多く討伐して貰う事で、刀鍛冶としての俺の名も広まるし、刀鍛冶としての実績を積める。その次にあるのが鍛治職としてのランクアップにも繋がると言う訳だ。




---


「ギルド本部にようこそ! ギルド設立申請手続きを担当するエドゥと申します。この度、新たにギルド設立……って、アリゼさん!? ……うぅ、それに横にいらっしゃる方はもしかして……」


 俺はこうしてアリゼと出会い、その翌日アリゼと共にギルド設立申請の為にギルド本部に来ていた。


 そして、そんな俺たちを迎え入れてくれたのは、エルフ族の「エドゥ」さんだ。もちろん、女性だ――。


 ギルド本部でギルド申請手続きやアビリティ登録の仕事をしているらしい。


 編み込みボブに、スレンダーな体格。

 エルフ族の大きな特徴でもある、長く尖り耳も現在だ。

 シュッとした輪郭に、どことなく目力のあるグリーンの瞳。そして、鼻筋が通った高い鼻。それがよりいっそう、美人を際立たせていた。


 しかし、そんなエドゥさんの表情とアリゼを見た瞬間の反応からして、面識があるのか、それともアリゼはそれなりに名が通ってる人物なのか……。

 そのどちらか。だなと俺は簡単に察する事が出来た。


 窓口カウンターに立つエドゥさんの声に釣られて、カウンターの奥から女性の声がする。


「えっ!? 今、アリゼって言ったの? もしかして、あのアリゼさん?」


 騒然となり出したその状況に反して、アリゼはなんとも毅然きぜんとしたただずまいを振りかざしていた。

 アリゼの横顔をよく見ると、小さく口を尖らせているのが確認出来た。

 

 しかし、何も知らない俺からすると、不思議な光景である――。


 カウンター奥から姿を見せたのは、猫の雰囲気を纏った半獣族の女性であった。

 その女性は何やら慌てているようであった。猫に似た獣耳をピクピクと震わせているのに目を奪われた。

 感情のたかぶりなどで、きっと反応するのだろう――。


「エドゥさん! 今、アリゼさんって言ったの?」


 猫の半獣族の女性は、エドゥさんの横に出てきて、俺たちの顔を眺める。相も変わらず、猫の立ち耳を踊らせている。

 そして、アリゼを見た瞬間、その女性の表情が険しくなったのを俺は見逃さなかった。

 半獣族だから、見に纏う獣の毛の部分は限られている。顔周りやくねくね踊らせる尻尾だ。だが、その瞬間ゾワゾワと灰色に近い毛を総立ちさせた。

 

 それを見て、身の毛もよだつ。とはこの事かと俺は納得するしかなかった。


「アリゼさん! アリゼさんですよね!? えっ? ここに来られたって事は、もしかして、アリゼさんがギルド設立するって事なんですか?」


 そんな言葉が発せられると、エドゥさんとその女性は不気味なアイコンタクトを送りながら、困った様子を浮かべていた。そこからヒソヒソと2人だけの空間を作り出して、会話が繰り広げられている。


 次第に、その2人の女性の顔つきが変わっていくのが分かった。

 それはまるで嘲笑に似ていた。


 そして2人の会話が終わったことを合図するかのようにして、エドゥさんから切り出された。


「…………あのぉ、一応アリゼさんにはギルドの設立権利はあります。条件もクリアしているのですが……、アリゼさん! 今から言う事はアリゼさんの為では無いのです。お隣の加入される方と、今後加入される方の為に忠告をさせて下さい――」


 その言葉にアリゼは機嫌を損ねたらしい。

 子供が癇癪かんしゃくを起こしたように顔を赤く染め出す。まさに、憤慨ふんがいの言葉がお似合いだ――。

 

「……もぉ! なんなんだい!? さっきからボクの事を……、キミたちにそんな馬鹿にされる覚えは無いんだよ!?」


 そんな怒号にも似たアリゼの言葉の後に再び、エドゥさんと半獣族の女性の2人のヒソヒソ話が始まる。


「……あんた、このお二人になんかやったのか? あんまり幸先が良いとは言えない状況だが!?」


 唇を尖らせて顔を赤めるアリゼに対して、俺が静かに尋ねると、「フン」と鼻を鳴らしてソッポを向いた。


「……むむ。 キミにはあまり……関係のない事なんだよ!? 良いからキミは黙っててくれないかい?」


 アリゼの捨て台詞に真っ先に反応を見せたのは、エドゥさんだった。


「関係大有りですよ! これからアリゼさんが設立されたギルドに加入なされる方に対して……、こんなアリゼさんに着いて来るお人好しの方に向かって、その口の利き方――」


 自分で言いながらヒートアップするエドゥさんの言葉を遮るように、隣の半獣族の女性がそれに続く。


「本当ですよ! まったくもう! 良いですか? アリゼさん!? お金も無くて多額な借金を抱えるアリゼさんにギルド運営なんて出来るとは思えません! ギルド運営ってお金が掛かるんです! 破綻します! それが分かってしまうから忠告するんです! そこら辺、どうするんです? アリゼさん!」


 言いたい放題口を並べて発せられた言葉に対して、アリゼは再びの憤慨を見せた。


 この少女、そう簡単には引かない様子だ――。


 そんなやり取りを第三者面して眺める俺だが……。

 何故だか、嫌悪感や腹立たしい気持ちは浮いて来なかった。


 むしろ逆に、尊くもあり、なんだか不思議な感覚を覚えた。


 今の俺に、この世界でこんなにも血相変えて言い合いが出来る相手がいるだろうか――。

 と思ってしまうのだ。


 俺にそんな考えが巡った瞬間だった。

 まったく意図としない言動が俺の口から出てしまった。


「コイツの事は……いえ、アリゼが設立するギルドに関しては俺も協力するので心配しないで下さい! 俺もまだコイツの事あまり知らないんですけど……、俺なら大丈夫ですから――」

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異世界刀鍛冶の地下大迷宮攻略記 ー刀匠の血を継いだ俺、この世界で最高の名刀を打つー ピコ丸太郎 @kudoken

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