第1話 俺に与えられた力は『魔術刻印』
この世界には
だが、俺は刀鍛冶として日本刀を打つ事しか出来ない。
この世界からしたら俺は異端だろう。
だが俺からすれば、刀に対しての
何故ならこれまでの歴史が物語っているように、日本刀は弾丸すらも切り落として真っ二つに割ることができる
これに理解を示さない、この世界の連中がイカれているのではと思うのだ。
この世界には『ショートソード』や『ロングソード』『大剣』と呼ばれる両刃の剣が存在するのを知った。
目を疑った。
この質の悪い製鉄はなんだ。と――。
しかも、両刃と来たもんだ。
しかし、これもこの世界に存在する、それなりの刀鍛冶が打ったとされていた。
日本刀いわば刀は、人斬りの為に知恵を絞り出した至極の逸品。
であるからして、刀は人を殺める道具のひとつである。
これは刀鍛冶を
だがしかし、この世界に来て俺は、モンスターや魔獣と呼ばれる俺の頭では到底理解出来そうにもない、この世の物かと疑って掛かる『それ』を斬るために、今も尚、刀を打っている。
この世界に来てしまったが、刀を打つ以外に、能がない俺にはこれしか出来なかった。
どうやってここまで流れ着いたか、そんな事は既に薄れてしまった。
ふと昔の事を蘇らせながら、自作のたたら場に向かう。
「さぁ、ここから三日三晩たたらを踏むか。時間はある。少し昔の事を思い出しても良いのかもな」
鍛冶場に併設して俺が作ったたたら場だ。
この世界の鉄は質が悪い。
そんな鉄では、名刀は生まれない。
炭素の含有量を
だから俺は砂鉄から
「俺がこの世界にやって来たのは、今からどれほど前の事だろうか? もう随分と月日が流れた。同時に俺に与えられたのは『魔術刻印』という力……」
俺は日本でも指折りの刀鍛冶の家で生まれ育った。
それもあり、魔術など興味も無くその力を試そうとは思わなかった。
そんな俺がこの世界に来て、流れに身を任せて着いた場所がここ――。
『大迷宮都市ユグドラシル』。ダンジョンと称し、壮大な地下大迷宮を有する巨大都市である。
当初、「ここに鍛治をやる者がいる」。とこの世界の住人たちは聞きつけよくここを訪れた。それに
もちろん、ここに足を運んで俺に対して言うことは、剣や武具の作製依頼であった。が全て断った。
両刃剣の類いである『ソード』など、俺に打てるものか。と内心でそんな捨て台詞を吐いた。
日本刀を打つ刀鍛冶としての誇りもある。
そんな俺に両刃など打てようものか。
ここに来て随分と経つが、やっと最近、この世界の世情を知った。
この世界には『
一度も足を踏み入れたことは無いが――。
この俺に、そんな興味は無かった。
『地下大迷宮』――
それは、この巨大都市の真下、地下に存在する。
別名『世界の中心』。
ここではモンスターや魔獣が発生、生息し、そこに人々は集まりロマンを追い求め、一攫千金、名声を求める。
そんな人々を、人は『
この世界の人間からしたら、俺が打つ日本刀は珍しく見えたのだろう。それ以上に、異端だ。邪道だ。「なんだそれ? 刀身が細く戦いには向かない剣だ!」と馬鹿にされた挙句、もはや、異端児扱いをされた。
だからか、それ以来、俺に近づこうという者はいなかった。
だか、人との関係を断ち切ってしまうと、ここでの生活が危ぶまれた。
刀鍛冶とはいえ、その刀を購入し使用してくれる者が居なけりゃあ、収入は無いのだ。当然の如く。
ひたすら刀を打つことに没頭したが、そこに気付き、なんとか収入を得ようと試みたのは……。
この世界で流通してる鉄を用いての鍛治としての仕事だ。
やむを得ない状況であるから、当初、俺のところに足を運んできた者を頼って、詫びを入れて、依頼を仕方なく引き受けることにした。
だが、日本刀を打つ刀鍛冶としての誇りは捨てなかった。
良い面もあった。
それは、俺に新たな技術を身につけるきっかけにもなった。両刃の刀の打ち方を独自で学び、打ては違うと、再び打つ。この繰り返しを行い、両刃の刀の打ち方を習得した。
俺の成長となり得たのかもしれない。
だがやはり、己の中では納得に至らなかった。
日本刀と比べると、まるっきり切れ味に劣るからである。
玉鋼を使って、両刃の刀を打つには膨大な時間を要す。それに、その手間と依頼の報酬を比べると、絶望的と言えるほど足元を見る報酬だった。安すぎたのだ。
「無名の刀鍛冶のお前には、十分過ぎる報酬だ――」
ふん。馬鹿にするのも良い加減にしろ。
俺は名刀『菊一文字』を打った、
戯言を抜かせ!
しかし、これがこの世界では普通らしい。
そもそも、俺の打ち方とこの世界で存在する『剣』の打ち方はまるで違う。
『
もはや、消耗品の一部としか捉えていないのだ。
そんな考えなのだから、異国なのか別世界から来た刀鍛冶の俺からすれば、受け入れ難い事であった。
それでも、この世界の世情を受け入れるしか出来なかった。そんな状況に陥ったのだから割り切るしか他にない。
「はぁ……、少し休憩するか。『コイツ』を磨いてやらんとな」
ミシミシとたたらの踏み板が音を立てる。
そしてパチパチと熱反応を見せる鋼が炉から声を出す。
腰に結い付けた
それから木樽に溜まった水をすくい、勢いよく
再び、濡れた顔を手拭いで拭く。
鍛冶場の奥、木棚や作業テーブルが並ぶ。
これもいちから俺が作った。
ここは打ち上げた刀を最終仕上げするための場だ。
刃を研いで刃紋を付け、
---
「きゃあーー!!」
「おめぇは向こう行っとけぇ!」
「やべぇぞ!こっち来やがる」
「おい新入りぃ!! お前は、住民に逃げるよう伝えろ! 近くにいる冒険者には協力を仰げ!」
「わっ……分かりました!」
「ギャハハァ、アレからもう1年経つって事かぁ!? お前ぇさんも明日の闘技会に参加すんだろぉ? やめとやめとけぇ! なぁ、それより飲もうや?」
「たっくぅ! 酔い過ぎだよっシゲさん! 俺はずっと待ってたんだよ! 闘技会の日をよぉ。で、俺が大活躍して、そっからでけぇギルドからスカウトされて、晴れて冒険者の仲間入りだよぉ!!」
「おい!! 呑気に酒なんて飲んでな! そっち行ったぞぉ!! 早く逃げろぉ!!」
「あぁん? お前ぇさんがギルドからスカウトだぁ!? あぁっはは!! 無理だ無理。聞いた話にゃあ、明日はうんとヤベェでけぇ目玉が用意されてるって話だ。あの『剣王』でさえどうかって話だぜ!?」
「おい! 早く逃げろと言ってんのが分からんのかぁ!?」
「うっせえんだよ! 俺らがどこで酒飲もうが勝手だろぉ!! ったく騎士だからってでけぇ面しやがって。……シゲさんよぉ? その目玉ってなんだよ? そいつを俺が狩っちまったらよ、流石にギルドだって俺の事放っとかねぇだろ?」
村の住民たちの悲鳴がどこかしらから木霊する。
そして酒場から漏れる話し声。
---
「ふん……。騒々しい。博覧闘技会が明日に迫ったからと言って皆、浮き足立っている。ここの連中はまったく落ち着きが無くて困る」
大手ギルドが主催する『博覧闘技会』。
それは、『
そこで功績や武功を立てた者をギルドが勧誘し、『
すなわち、『
これが『博覧闘技会』である――。
俺の生涯の目標。『菊一文字』に引けを取らない名刀を打ち上げる事だ。
だが、平和になりそもそも戦国ではない日本の世に、そのような名刀を遺しても、何の為だと言うのか。
もはや日本には名刀を使いこなせる者はいない。
戦国の世のような剣術家や、剣豪と呼ばれる存在は
俺はそんな葛藤をずっと抱きながら、刀と向き合って来た。
そんな渦中に置かれた俺に訪れたのは、異世界漂流だった。
俺の気持ちを
平和の世を築き上げた日本とは違い、この世界は今、優れた武具や剣を欲している。
どれほど刀鍛冶としての腕を磨いたところで、何になるのか。と疑念を叩きつけられていた矢先、こんな世界に来てしまった。誰の
しかし今、俺にほんの僅かな希望が見えたところだ。
これも運命ではと悟った。
名刀を遺しても意味はあるのかと――。
そんな気持ちを抱える刀鍛冶をこの世界は欲している。
そして、腕のいい刀鍛冶を必要としている。
なんの因果かと思うが。
ならば、俺の刀鍛冶としての腕を、この世界で試そう。
そして、名刀を遺そう。
そんな誓いにも似た決心を俺自身に植え付けた。
---
ある時――、
ここに流れ着いてから数ヶ月経った頃だった。
刀を打つ様子を見て、俺に興味を示した少年がいた。
歳は10代半ばから後半くらいである。
俺は子供が苦手だった。
俺を不安視していた住人が、自分の子供に様子を見てこいと言い、俺の下に寄越したと思い、全くこの少年を相手せずにいた。
「お前の親に、様子を見て来いとでも言われたか?」
と静かに伺うと「何も言われてない」と悪びれた様子もなくそう答えた。
変な面倒事は起こしたくはない。そう思い、この少年がここにいるのを黙って許した。
追い出したとなると、再び変な噂をでっち上げられ、鍛冶場とたたら場を失う羽目にもなりかねない。そう考えた苦肉の策ではあった。
しかし、この少年は沈黙を続ける俺の下に毎日のように顔を出すようになった。
鎚で叩く様を近くで見たいと言わんばかりに俺の方に近づく。だから、「危ないから離れてろ!」と少年を退かした。
沈黙の中に唯一の言葉を発したのは、それだった。
俺のその言葉には、「もうここには来るな」の意味を含ませての言葉であった。
しかし、少年はここに来る事を辞めなかった。
そんな少年の様子を険しい顔をしながら邪魔者扱いをしていたが、次第に俺の態度は軟化した。
毎日のように訪れる少年が、俺の当たり前に変わったからだ。
俺の顔色が変わったのを気付いたのか、ふと少年が俺に切り出した。
「ねぇ、おじさん。いつもおじさんが作ってる剣って他のと違うよね? あんまり見ないもん! それっておじさんの『力』と関係してるの?」
その少年は首を傾げて、初めて見る笑顔を俺に向けて言った。
この時、少年が口にした『力』とは、俺の単純な腕の力の事を言っているのだろうと思った。
最低でも刀を打つには、それなりの腕力は要する。それと持続力だ。打って伸ばして、そこから折り曲げて重ねる。それを延々と繰り返して、玉鋼の不純物を取り除いていく。だから、それなりの腕力と持続力は必要とするのだ。
しかし、少年が言った『力』とは、腕力を示したものではなかったようだ。
それは意味深長な口ぶりであったからだ。
「まあ腕力はそれなりに必要だ。これは日本刀と言ってな――」
「ううん! そうじゃなくて……俺は『怪力』を授かったから、おじさんにもなにか授かった『力』があるのかな? って思っただけ。……だって、変わった剣作ってるから――」
この世界の世情に
この世界に『力』というのが存在し、この世界の人々がひとつ目のそれを授かるというのだ。
中には何ひとつ授かることの出来なかった者もいるらしい。
俺はこの少年の『力』と言うのを間近で見せて貰った。
少年はそれを『怪力』と呼び、凄まじい破壊力を見せた。
俺はこれが人間なんかに出来る所業なのかと目を疑った。が、粉々になった岩石の破片を前に、この光景は現実だと理解するのにそう時間は掛からなかった。
しかも、その『力』の種類は様々であり、人によって異なるという。
そして、その『力』は俺にも宿っている事を知った。
それが『魔術刻印』――。
また、この世界はそれを、『アビリティ』と呼ぶのだと知った。
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