第8話

「うん。今は、目の前で光ってるよ。……これが、郁なんだね」


『――ちょっと、試したいことがあるんだけど、いいかな?』


「試したいこと?」


『こういう不可思議な状況の時の定番かなって、さ』



 光が、叶香に近づく、そうしてふと、叶香の唇に触れた。



「あ、っ……」


『古今東西、大抵のことはこれで解決するものだよ。多分ね』


「……なっ、ちょっ、郁、てめーっ!」



 信じられないものを見たかのように、諒が声をあげる。

 その反応の意味がわからず、叶香は瞬いた。



「え、え?」


『実体はないからノーカンってことで。って諒に伝えて? そんなに期待してなかったけど、なんか戻れそうな感じだし、直接言う暇なさそうだから』



 言われて、射殺しそうな目をした諒に、気後れしながら伝言を伝えようと試みる叶香。



「え、えと、諒」


「あァ!?」


「郁が〈実体ないからノーカン〉だって」


「はァ!? ざっけんなよ馬鹿! こいつに見えないからって何っつーことしやがる!!」



 諒の怒声に驚き、叶香は肩を竦ませた。



『あはは、怒ってる怒ってる』


「よ、よくわからないけど、何して怒らせたの、郁」


『そうだな、どっちかっていうと、叶香が怒るべきかなって感じのことだよ』


「え、私?」



 そう言われても、いったい何が起こったのか叶香にはわからない。

 郁が苦笑した。



『そう。まぁ生身で会えた時に懺悔するから、その時は思う存分怒って』


「どういうこと……?」


『今は内緒。…さて、それじゃあそろそろ電話経由で話すのもできなくなりそうだし、……名残惜しいけどさよならかな』


「あ、……」


『そんな残念そうな声出さない。……僕が体に戻って、目が覚めたら、いくらでも話せるんだから』


「そう……だね……」



 それでもこの電話が切れることが寂しい――心細い。

 それが伝わったのか、郁は真剣な声で囁いた。



『ねぇ、叶香。叶香を心配してる人は、たくさんいるね。大事に思ってる人もたくさんいる。……そういうことを、忘れちゃだめだよ』


「…………うん」


『僕も、その一人だよ。……僕のために不幸になる叶香は、ゆるせないから。ゆるせないなぁって、こうなって思い知ったから。意地でも元気になって夏に会いに行くから、待ってて』


「うん、……待ってる」



 そうして光がひときわ強くなったかと思うと――消え去った。

 同時に携帯の画面が真っ暗になる。それを叶香は物悲しい気持ちで見つめた。



「……いったか」


「……うん」



 気落ちする叶香に気遣うように、諒は乱暴に叶香の頭をかきまぜた。



「だいじょーぶだよ。ちゃんと自分の体に戻っただろ。寝たきり状態だったわけだし、リハビリくらいは必要だろうが、すぐ何もなかったみたいに電話かけてくんだろ、あいつのことだから」


「うん……」


「夏に来るんだろ。そん時は言えよ。グーで殴りに行ってやる」


「ぼ、暴力はダメだよ……」


「グーでもぬるいだろ。っつーかお前こそ、あいつグーで殴るべきだろ」


「え、なんで?」


「あいつのドジで被った迷惑料、兼――……。くっそ、俺から言いたくねぇ。あいつから聞け」


「何を?」


「あいつが最後にやらかしてったことだよ! あー! 思い出したらぶん殴りたくなってきた!! 帰ンぞ叶香。ここにいると思い出してイラつく!」


「あっ、ちょっと、待ってよ諒!」



 足音荒く歩き出す諒を、叶香は慌てて追いかける。



「っつーかお前もお前だ! 何平然としてんだ!」


「そんなこと言われても、郁が何したのかもわかんないし……」


「っがぁあ! なんっで見えてねーんだよ!」


「見えないものは見えないよ……」


「それわかっててやりやがって……くっそ、やっぱ一発じゃ足りねー。二発は殴る」


「殴るのはだめだってば!」


「トーゼンの権利で対価だっての!」



 そんな会話をしながら〈秘密基地〉を去る二人を、月明かりだけが見つめていた。

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コール・ライン・コール 空月 @soratuki

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