第3話 魔法書

「新しい弟ってあなた、勝手に人数増やしたら怒られちゃうわよ?」


「大丈夫! リューシュが死んだからその穴埋めってことにすればいいから」


「それならいいんだけど」



 どうやらそのリューシュというやつの変わりが僕になるらしい。でも仲間の死に対して少し淡白すぎるのではないだろうか。死んだら代わりを入れる。それをまるでなんてことの内容に言い合うその様に嫌なものを感じた。



「それでこの子がママに聞きたいことがあるんだって」


「聞きたいこと? それよりもまずこの場所についての説明はしたのよね。あなたでも知っていることの説明を任せられるのは嫌よ」


「あ、忘れてた。じゃあ気を取り直してお姉ちゃんがこの世界についての説明をしてあげよう」



 そういってリーベはすぐに話始めようとしだした。でも、まともにあいさつも交わしていない。ママと呼ばれる女もこっちを見てくるのがなんとも気まずい。この人の名前も知らないのだから。



「それじゃあこの世界について軽く説明すると、まずこの場所は継ぎはぎの街と呼ばれているの」


「継ぎはぎの街?」


「そう。君がどこから来たのかはわからないけど、突然見たこのない街の様子になったでしょ。実はこの町はいろんな場所からちょっとずつ建物とかをくっつけられて出来上がってるの。例えばこのホームも、世界のどこかに実際にあるものなんだけど、このコンクリートの壁の地下部分と上のバーの部分は元々別の物。隣の建物も、現実の世界のこの建物とは全く違う場所にあるはずの物。で、いろんな場所からちょっとずつくっつけて作られているから継ぎはぎの街って呼ばれているわけ」


「じゃあ、上のバーに日光が入り込んでたのも?」


「そう。現実のこの建物は多分日光の入り込む場所にあったんだろうね」



 継ぎはぎの街か。道理で全く見たことのない景色になってしまっていたわけだ。でもなんで僕はそんな場所に来てしまったんだ。ああ、早く帰り方を教えてほしい。



「それで次がもっと大切なことなんだけど……この魔法書について説明するよ」



 そういってリーベは腰についていた本をとって顔の近くまで上げて見せてくれた。



「君も持っているこの本が魔法書って言ってずばり、君の命とこの魔法書のページ数が連結しちゃってます」


「は?」


「うんうん。そうだよね、こんなこと突然言われても意味わかんないよね。でも事実だから受け止めてね」



 語られた魔法書の説明はこういうことだった。魔法書のページ数と僕の命はつながっていて、魔法書のページがなくなれば僕は死んでしまうということ。ページは魔法を使うとその魔法に応じた分だけ消費するということ。年越しの日に一ページが自動でなくなってしまうこと。そして、ページ数を増やすには他人の魔法書を奪って吸収するしかないということだった。



「ということで、この継ぎはぎの街では、いろんな場所でチームを混んで仲間と協力しながら魔法書の奪い合いをしてるっていうわけ。まあ、こまごまとしてルールはもう少しあるけど、とりあえずはこれぐらいでいいでしょ」



 僕は今までなんとなく大事に持っていた魔法書を見つめた。こんなものが僕の命だっていうのか。これがなくなれば僕は死ぬのか。そんなバカな話が本当にあるのか。震える手で表紙を開けページ数を確認する。そこにはたった一〇ページしかなかった。この一〇ページがなくなれば僕は死ぬのか。



「あ、最初はみんな一〇ページしかないから気にしなくても大丈夫だよ。それにお姉ちゃんがちゃんとフォローしてあげるからすぐに増えるよ」



 その言葉も安心できない。リーベは僕とは違う常識で生きているようなやつだ。フォローと題して何をされるのか分かったもんじゃない。絶対にただページを恵んでくれるだけじゃないだろう。



「説明は終わったかな。さてと、それで私に聞きたいことというのは何かな?」



「この子ちょっと変わっててさー。元の世界に帰りたいんだって。それで帰り方を教えてほしいらしいんだけど、ママなら何か知ってるかなって」


「ふむ。まずリーベ、その考えは変わってはいないよ。この街に来た者の大半はその子と同じようにまず帰ることを考える。むしろ君のようなものが変わってると言われるんだよ」


「えーそうなの。でもみんなそんなこと言ってなかったけどなー」


「それはこのチームの者に変わっている奴が多いだけさ。さて、帰り方だったね。しかし、残念ながら私もそれについては知らないんだ」


「そんな。それじゃあ僕はもう帰れないんですか!」



 思わず声を荒げて聞き返してしまった。帰れない。こんな意味の分からない場所で、死ぬまで魔法書の奪い合いをすることになるのか。いやだ。そんなのは絶対に嫌だ。



「落ち着き給え。私としても確実ではないことを言うのはあまり好きではないのだが……うんそうだな。君には特別に教えようかな。可能性があるとすれば魔導書だろう」


「魔導書? それってこの魔法書とは違うんですか」


「ああ違う。魔導書は分かりやすく言えば魔法書の完全版といったところだね。その特徴としてはページの減少がない」


「それって!?」


「ああ。魔導書を手に入れれば、ページによる死の恐怖からは逃れられるだろう。でも大事なのはそこじゃない。ずっと前からある一つの噂があるんだ」



「それはどんな!」



 焦らすようにゆっくりと話す女につい焦って聞き返してしまう。



「ふふっ。ちょっとは落ち着き給え。それでその噂だが、まあ早い話魔導書をすべて集めれば何でも思い通りになるようなすごい力が手に入るというものさ」


「はあ」



 気のない声が出てしまった。だがそれも仕方がないだろう。だってまるで、聞きたいことと違うことを言われたような気がしたんだ。こっちは帰り方を聞いたのに、向こうは最強になる方法を答えたとかそんな感じだ。



「わからないのかい。なんでも思い通りになるということはきっと元の世界に帰ることだってできるだろう」


「でもそれって……」


「君の言いたいことは分かる。まあ、あまりに現実味のあるような話ではないからね。それに誰かが確認したわけでもない。ただの噂だ。それでも私はこれはあり得ると思っているんだね」


「どうしてですか」


「昔ね。魔導書を持つ者をこの目で見たことがあるんだ。それはもう規格外の力だったよ。あれがいくつも集まればなんだってできる。そう私に思わせるほどの物さ。まあ、見ていないものに何を言ってもわからないだろうがね」



 確かに分からない。だが、そもそもこの女は最初から知らないと言っていたんだ。なら本当に小さな可能性だったとしてもそれを頼りに生きていくしかないのか。知らないということはつまり、今までで帰ったことのある人を見たことがないということだろうから。


 そもそもこの女は一体何歳なんだ。見た目からかなり若いようだが。紹介されて、なんだが雰囲気があったからそのまま聞いていたが、そもそもこんな少女の知っていることなんてたかが知れているんじゃないのか。そうだ。そのはずだ。それなら、元の世界に帰る方法を知らないのにも納得がいく。きっと彼女は知らなくても、もっと長い間この世界にいる人なら知っているに違いない。そうに決まっている。



「そうですか。ありがとうございます。あの、それで失礼かもなんですが、あなたはどのくらいこの場所にいるんですか」


「ん? ああ、確かにこんな子供みたいな見た目の奴にいわれても信用できないかな」


「いや。そんなことは」


「ちょっとダメだよ。ママを馬鹿にしたらさすがにお姉ちゃんも怒るからね」


「まあまあ。リーベも少し落ち着きなさい。そもそも私たちはまだ自己紹介すら交わしていなかったね。それじゃあ改めて……私がこのチーム、ファミリアのリーダーをやっているエーヴィだ。こんな見た目だがこの世界に来てから軽く二○○年は立っているかな」



 二○○年だって。とてもそんな風に見えない。そもそも人間はそんなに長く生きられはしないだろう。僕をからかっているのか、それとも魔法を使えば長く生きることもできるのか。


 もしかしてリーベも同じように年寄りだったのだろうか。思わずリーベの方を見てしまった。



「なに? ああ私は違うよ。私は見た目通りの二一歳だから」



 セーラ服着ている状態ならそれは見た目通りじゃないんだよな。なんてことは口が裂けてもいうことはできないだろう。



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魔導書を火にくべる 蛸賊 @n22

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