第2話 ファミリア

「うーんルーキーか。ま、ちょうどいいか。よし君を新しい弟に任命しよう」



 なんとも場違いでかわいらしい女の声が聞こえてきた。意味が分からない。もうすぐ死んでしまうと思っていた次の瞬間には、弟に任命されてしまった。怖くて見ることさえできやしない。



「あれ? ずっと倒れてるけど大丈夫だよね。おーい、もう大丈夫お姉ちゃんが助けてあげたからね」



 こっちの了承も取らずにもう姉ぶりだした。うわっ。体を揺すられ始めた。これ起きなきゃダメな奴か。起きなきゃ、殺される? いやだ。死にたくない。ここは覚悟を決めて起き上がるしかないか。



「だ、大丈夫です。あの助けてくれてありがとうございます」



 横でしゃがみこみながら僕を揺すっていたのは、セーラー服を着た金髪の少女であった。特に見張るのは瞳だ。青い色をした瞳にはまるで吸い込まれてしまいそうな魅力を感じた。



「よかった。お姉ちゃんもう間に合わなかったのかと思ってひやひやしたよ」


「あの、そのお姉ちゃんというのは」



 にこにことした笑顔を返されただけで質問には答えてもらえなかった。中々起き上がらない僕に対しての冗談のようなものかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。姉弟設定はこのまま続けていくようだ。やばい人なのかもしれない。どこに地雷があるかわからないし、姉弟設定については否定したりしないようにしよう。



「すいません。僕実は何もわかっていなくて。突然ここにきて、あの変な男に襲われてしまって……どうすれば元の場所に帰れますか!」



 不安は残っているが、さっきの男と比べれば見た感じでは友好的だ。思い切って聞いてみることにした。もう少し観察してからのほうがいいかとも思ったが、一刻も早く元の場所に帰りたいという思いのほうが強かった。



「元の場所かー。お姉ちゃん的にも弟のお願いはできるだけかなえてあげたいんだけど……うーん。ママなら何か知ってるかもね」


「ママですか?」



 きっと本当のママではないのだろう。ロールプレイというやつか。



「うん。ママはなんでも知ってるし頼りになるんだよ。君ももう私たちの家族になるんだからちゃんとママにも紹介してあげる」



 そういうと女は、僕の手を取って立ち上がらせた。きっとこれからその家族ごっこの会場に連れていかれるんだろう。よくわからないことに巻き込まれ死にそうな体験をした次にあるのが、家族ごっこ。絶対まともじゃないだろ。もしかしたら、何かの理由をつけて僕を連れて行って、その先で殺そうとしてるのかも……。



「ひっ」



 手を引かれながら歩くと、さっき僕のことを殺そうとし男の死体があった。血が男から流れ出て、地面は真っ赤に染まっている。その顔は苦悶の表情を浮かべている。死んだ人間なんて見るのは祖母の葬式以来だし、その時だってこんなんじゃなかった。もっと穏やかに、それこそまるで眠っているようだったし、周りにい大人も、悲しみながらも笑顔で見送る。これが正しい死の形だと思った光景だ。僕の知っている死というものは決してこんな残酷ものなんかじゃない。意識すれば、血なまぐさい匂いも感じてしまった。思わず吐き気が襲ってくる。



「おえええ」


「大丈夫? ああ、死体見るの初めてだったのか。うんうんわかるよ、初めてってちょっと辛いよね。私もそうだった。でも大丈夫! すぐになれるよ」



 すぐになれるよ? それはつまりこれから先、こんな光景をもっと見ることになるということなの? いやだ。そんなの嫌だ。今すぐこの場から逃げ出したい。僕の背をさすってくるこの女を払いのけて走って逃げ出したい。


 でもできない。もし、そんなことをして、この女の怒りに触れてしまったら。僕がこうなってしまう。こんな風に人を殺せる女に、僕が勝てるなんてとてもじゃないが思えない。いやだいやだいやだ。誰かの正しくない死を見るのも嫌だけど、僕がこうなるのはもっと嫌だ。我慢しないと。我慢して、今はこの女に従わないと。殺されないように。



「ありがとうございます。もう大丈夫です」


「そう? それならいこっか」



 そういって再び僕の手を握って女は歩き始めた。握られてる手が血でべっとりと汚れているような気がして気持ち悪かった。何かで気を紛らわせないと……あ、この女の腰にもあの時見つけた不思議な本と同じような本がある。色は違う。僕のは赤黒い感じの色なのにこれは黄色だ。それもどこか攻撃的なとげとげしい印象を感じるような色をしている。聞いてみた方がいいのかもしれない。でももしそれ逆鱗に触れたら。そう思うと僕は結局行動できないまま、ただ手を引かれて黙々と歩くことしかできなかった。


 その間女も僕にしゃべりかけてきたりはしなかった。それがまた、機嫌を損ねたのではないかと不安を掻き立ててきた。



「はい到着。この下だよ」



 案内されたのは地下に続くように入口のある建物だった。そこまで歩いてはいなかったはずだが、やはり周りの建物は僕の知っているものではなかった。やっぱり僕はどこ知らない場所に飛ばされたりしてしまったのではないかと思う。


 女に連れられて、僕もその建物のなかに入っていく。そこは不思議な雰囲気のバーらしき建物だった。真ん中には太い大木の幹が伸びており、天井を超えていっているようにも見える。奥にはカウンターの席とお酒の入った棚。幹を囲むようにして、いくつかの木製の丸テーブルが置いてある。なにより不思議だったのは窓から太陽の光が差し込んできていたことだ。そりゃ、今は確かに昼だが、さっき僕は地下に向かう階段を下りてきたのだ。それなら、窓があったとしてそこは地面が見えてなければおかしいのではないのか。なんで光が差し込んできているんだ!



「驚いたでしょ。ここが私たちファミリアのホームだよ」


「ファミリア?」


「そう。それが私たちのチームの名前でここがそのホームつまり拠点ってわけ。さてと、ママはもっと下にいるからついてきて」



 また連れられて、僕は店の奥の扉、たぶん従業員用の扉を通って奥へと進む。するとまた雰囲気が変わった。階段があったが、そこの壁はさっきまでの温かみを感じられる木製の壁ではなくコンクリートになっている。上の方には何のかはわからないがパイプらしきものまで伸びている。階段を下って入り組んだ通路の先に一つの扉。そこを女はノックし始めた。



「ママいる? リーベだけどちょっといい?」



 そこで初めて知ったが、どうやらこの女はリーベという名前らしい。どうやら僕は名前を聞くということを考えることもできないほどに動揺していたらしい。中から返事が聞こえてリーベは部屋の中に入っていく。



「ママー、新しい弟を連れてきたよー」



 そこには一人の女が座っていた。恰好も黒い服にローブのようなものを着ている。これで三角帽子をかぶれば僕らが想像するような、昔話に出てくる魔女そっくり、しかしその容姿は銀の髪に銀の瞳、とても美しい顔立ちのとてもママには見えない少女だった。

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