ホコラシゲニソウイッタ

湖城マコト

ホコラシゲニソウイッタ

『祠を壊すお仕事に興味はありませんか? お引き受け頂けるのなら、多額の報酬をお約束いたします』


 SNS上でそんな怪しい募集を見つけたのは、仕事をクビになった翌日のことだった。最初は裏社会が絡んだ募集だろうかと思った。甘い言葉と報酬に惑わされて参加したら最後、個人情報を握られて犯罪から抜け出すことは出来なくなってしまうと聞いたことがある。だけど、祠を壊す裏の仕事というのはイメージしづらいし、多額の報酬はともかく、祠を壊すという文言が人を集めるのに最適とも思えない。

 だとすれば何らかの企画だろうか? 例えば迷惑系の配信者がとんでもなく不道徳な行いをするための協力者を探しているとか。流石にテレビ局などの企画ということはあり得ないだろうが。

 一番可能性が高そうなのは単なる悪戯という線だ。そんな話は存在せず、連絡しても馬鹿を見るだけ。ある意味ではこれが一番平和な可能性だが。


「……どうとでもなれ」


 俺は怪しい募集に応募した。普段の俺なら絶対にこんなことはしないけど、仕事をクビになったばかりで正直、自暴自棄になっていた。多額の報酬とやらにも興味はあったけど、本当に祠を壊せるのならそれも面白い。仕事をクビになった今の俺は不幸だ。仕事とは社会であり、社会とは世界であり、世界とは星であり、星とは神だ。いったい何が祀られているか知らないが、俺を救ってくれなかった神様なんて知ったことか。祠でも何でもぶっ壊してやるよ。

 

 ※※※


 依頼主と数度のやり取りを重ね、俺はとうとう仕事当日を迎えていた。指定された雑居ビルの一画を訪れると、スーツ姿の中年男性が一人待ち構えていた。髪を真ん中で分けて顔には眼鏡。服装はシンプルなグレーのスーツに紺色のネクタイを合わせている。ごくごく普通のサラリーマンといった印象だ。


「本日はようこそおいでくださいました。依頼主の矛良むらと申します」


 男は腰を低くし名刺を手渡してきた。名前は矛良むらしげる。肩書は「矛良記念財団企画部部長」となっている。財団と同じ名前だが、創設者の一族なのだろうか? ここには矛良以外の関係者はいないようだし、今のところ免許証など個人情報の提示も求められていない。今のところは裏社会の気配は感じられないが、油断は出来ない。どういった活動をしている財団なのか分からないし、もしかしたら危険思想を持つ組織の可能性だってある。


「お仕事の内容は事前にご説明した通りです。あなたにはA県のX村という廃村に存在する祠を破壊していただきたい。現場までは私が送迎を行い、祠を破壊する瞬間も見届けさせていただきます」

「どうして祠の破壊なんて真似を?」

「それについては詮索しないお約束です。まさかここまでやってきながら、罰当たりだなどと正義感を口にはしますまい?」


 穏やかな語り口にも関わらず、矛良には有無を言わさぬ迫力があった。矛良の言う通り詮索はしない約束だ。依頼が流れてしまっては本末転倒なので、俺はこの件についてはそれ以上何も聞かなかった。


「金は?」

「この通り。現金で百万円を用意しております。依頼達成後、そのままお持ち帰りください」


 矛良が見せてきたアタッシュケースの中身にたまらず生唾を飲み込む。直前の疑問なんてもうどうでも良くなった。祠一つ壊してこの金が手に入るならありがたい。


 ※※※


「こちらが標的の祠です」


 車で数時間移動し、俺と矛良はA県の廃村X村へと到着した。朽ちた木造建築を抜けていくと、村外れの畦道にポツンと一つの祠が佇んでいた。丑三つ時を迎えて雰囲気は抜群だが、ここまで来たのだから今更怖気づいてはいられない。


「こいつをぶっ壊せばいいんだな?」

「はい。躊躇わず、一思いに」

「上等だ!」


 俺は矛良から提供された、家屋を解体するための大槌を振り上げ、祠目掛けて勢いよく叩きつけた。それを何度も何度も繰り返す。木製の祠は容易く粉々となり、見る影もなくなった。あまりにも呆気ない。物理的な力を加えるだけで壊れてしまうなんて、やはり神なんて存在しないのだ。後ろめたさよりもむしろ、妙な高揚感を覚えていた。


「素晴らしい! よくぞやってくださいました!」

「な、何だよ急に……」


 これまでは淡々とやり取りを進めていた矛良のテンションが跳ね上がり、俺に対して惜しみない拍手を送った。あまりにも唐突な変化だ。正直、不気味な廃村に立ち入った時よりも、罰当たりな行為をした時よりも、今が一番恐ろしかったかもしれない。


「失礼。少し仕事の電話をさせていただきます」


 動揺している俺を後目に、矛良は鞄から携帯電話らしき機器を取り出した。一般に流通しているものとは異なるのだろうか? 財団のロゴが刻まれており、俺のスマホは圏外のはずなのに、矛良は問題なく先方と通話をしている。


『お前ら、あの祠を壊したんか――』


 先方は何やら揉めているのだろうか。俺の耳にも、電話越しの鬼気迫る声が聞こえてきたような気がした。


「ご苦労だった矛良。直に全ての場所で祠の破壊が完了するだろう」


 そう言って、矛良は通話を終えた。相手の名前も矛良というようだが、親類だろうか? それに、まるで他の場所でも祠の破壊が行われているような口ぶりだったが。


「通話の内容が気になりますか?」

「……祠を破壊する目的は詮索しない約束だ。今更契約に違反して、報酬を渋られたら堪らない」

「あなたは見事に祠を破壊してくださった。これはもうあなたのものですよ。しかとお納めください」


 矛良からアタッシュケースを手渡しされ、現金百万円の重みをこの手に感じる。話の分かる相手で何よりだ。


「何も知らないままというのも気持ち悪いかと存じます。祠を破壊する目的についてお話しいたしましょう。ご安心ください。こちらが勝手に話すだけですから、報酬を取り上げるような真似はしませんよ」


 そういうことならと、俺は無言で頷き、矛良に続きを促す。報酬は現金で用意してくれたし、他の場所でも同じようなことが行われているとすれば、矛良財団はかなりの資金力と組織力を有していることになる。そんな財団がどうして祠を破壊する必要があったのか、その理由はとても気になる。


「電話のやり取りでお察しかもしれませんが、祠が破壊されたのはここだけではありません。日本全国、合計429カ所の祠を同時に破壊しました。財団の人間だけでは数が足りず、あなたのような外部の人間を雇うことで、429カ所の同時破壊を達成することに成功しました。さっきの電話のような有人の村では住民の抵抗もあったようですが、同胞たちは見事に破壊を成し遂げてくれた。これでようやく我が財団の悲願が叶う」

「……何が目的か知らないが、429カ所同時破壊だなんて、流石に罰が当たりそうだな」

 

 流石の俺もドン引きだった。せいぜい2、3カ所かと思えば、全国429カ所だなんて規模が大きすぎる。ここまで来ると狂気すら感じる。やはり危険な組織なのかもしれない。


「罰だなんてとんでもない。この祠は忌々しき封印。我が神はようやくそこから解き放たれる。我が同胞。全ての矛良茂も歓喜に湧いていることでしょう」

「あんた何を言って――」


 言いかけて突然、形容しがたい怖気のようなものが体に走った。それだけではない。視覚や聴覚といったあらゆる感覚が鈍くなってきているような気がする。


「この祠は厄介な性質を持っていましてね。全国429カ所の祠は相互関係にあり、例え祠が破壊されても、他の祠が無事ならば破壊された祠は不思議な力ですぐに修復されてしまうのです。日本は災害大国ですから、自然の驚異で祠が破壊されないとも限らない。それを防ぐための仕組みだったのでしょう。例えばA県の祠が災害で破壊されようとも、遠く離れたB県の祠が無事ならばA県の祠も修復される、といったようにね。故に祠を完全に破壊するためには、祠が修復される時間を与えず、全国429カ所の祠を破壊する必要があった。そして今日、それは成された! あなたの協力のおかげですよ」

「……俺は、俺たちは、何を解き放った」


 俺は矛良茂にそう言った。

 感覚がどんどん遠のいていく。祠を破壊したこと無関係とは思えない。恐らく、他の現場でも同じことが起きているに違いない。とんでもない存在をこの世界に解き放つ。その片棒を担いでしまったことだけは分かる。財団がとんでもない資金を投じた理由も今なら何となく分かる。祠の封印さえ解ければ奴らはそれで十分なんだ。その結果、きっと貨幣価値などあってないようなものになるから……。


「強大過ぎるが故に、名前すら持たぬ存在です。その復活こそが、我ら矛良茂の悲願」


 誇らしげにそう言った瞬間、世界あ暗闇に包まれ、矛良茂と俺の体も飲み込まれていく。


 暗闇の中で巨大な目に見られたような……気が……する……。

 世界はどう……なる……俺のせいで……世界……ごめん……。

 駄目だ……もう意識が――。




 了

 

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