公園の砂場になにかが祀られている

春海水亭

砂場の聖域


 ◆


 俺自身はもう公園で遊ぶような歳でもないんですけど、休みの日は五歳の娘を連れて家の前にある公園まで連れて行くんですよね、ちょっと広い公園でブランコだけじゃなくて砂場とかジャングルジムとかがあって、まあ俺はもう無理なんですけど、子どもなら一生遊べる勢いのとこ。


 子どもってすげー元気ですよね、俺にもあんな時代があったとか意味わかんねーなーとか思いながら、まあ娘が遊んでいるのを暖かく見守ってるわけです。もう人轢き殺せるんじゃないかって勢いでブランコ漕いで、サンダル蹴っ飛ばして、ブランコから飛んで「それはあぶねーからやめろ!」って言って。


 そしたら、ブランコやめて勢いよく他の遊具に走り出して……そういうとこ素直ですよね、まあ子どもなんて何かを禁止したら抜け道を見つけるか、他のおもちゃで危険な遊び方を思いついてしまうもんなんで、それで安心できるわけでもないんですけど、まあ砂場に向かってたんで、さすがに砂場で死ぬような遊びはしないだろってちょっと安心しました。


「見てー!」って娘が言うから、何かと思ったら、ちょっと前まで砂場で遊んでた子どもがいたのかな。砂場のコンクリートの縁のところにピカピカの泥団子があって、砂場の真ん中に山が作られてたんですよね。バケツとかで作った綺麗なやつじゃなくて、手で作ったやつ。真ん中にトンネルっぽい穴が開いてて、あー、俺も昔はこういうの作ったなーってちょっと懐かしくなりました。


 で、俺が浸ってたら「えーいっ!」って娘が泥団子踏み潰して。

 まあ、我が娘ながら引きましたよね。

 人が作ったもん壊すのかよ~とか、結構綺麗な泥団子なのに躊躇ないなぁ、とかそういうの考えないで純粋に破壊を楽しめるの子どもの特権なのかもしれないんですけど。


 まあ、とりあえず「おともだちが作ったものを勝手に壊すのは良くないよ」ぐらいのことは言って……まあ、アレっすね。親の立場になると大人が口うるさくなるのもわかりますね。わかってるかわからねーけど、マジのトラブルになる前に、言っとくは言っとくか……みたいなのあるじゃないですか。


「はーい」って、まあわかってんのかわかってないんだか、にっこにこで俺に返したあと、砂場に入り込んで「来てー!」って言うんです。誰かが作った山のトンネルの中に手を突っ込んで、俺を呼んでるんですね。


 で、「中になんかあるー!」ってトンネルの中から何かを引き抜いて俺に見せてきました。


 少し黄ばんだ白い塊みたいな――すぐに気づきました、歯でした。


「うおっ!」って思わず声を上げましたね。

 いや、子どもが山を作ったついでに乳歯を埋めたとかそういう話だと思うんですけど、いきなり娘に歯を見せつけられたらビビりますよ。

「戻して!戻して!」

 いや、戻せっていうのも変な話ですけど、そしたら娘、「はーい!」って言って歯を戻して、ぐしゃ。

 上から思いっきり体重を乗っけて、誰かが作った山を歯ごと踏み潰しちゃって。

「で、あきたー」って笑ってました。まあ、それから娘が公園に隣接する広場の方に走っていったんで、俺も追いかけていって、五時ぐらいかな……?日が沈むまで娘と遊んでました。


「今日はだれもこなくてかしきりだったねー」って娘は笑ってました。


 夜の八時……何十分かはわからないけど、それぐらいですね。

 大河見てぇなぁって内心思いながら、娘がイッテQ見てた時のことなんで、そんぐらいの時間帯だったと思います。

 ソファに座ってテレビ見てた娘が急にすって立ち上がって、「ちょっと行ってくるー」って言ったんです。

 まあ、普通にトイレだと思って俺も妻も、まあ普通に見送って……で、玄関のドアの開閉音が聞こえたんですよね。

 あ、来客?いや、違う……娘か?こんな時間に?行ってくるってそういうこと!?まあ、ビックリしましたよね。夜に急に外に出るみたいなこと今までに一回も無かったんで。

 急いで玄関に行ったら、娘のサンダルは置きっぱなしで……かと言って、トイレの電気が点いているわけでもないし、裸足で?外?なんで?って思いながら急いで外に出て……そしたら娘が公園に向かって走ってたんですよね。


 娘の名前を呼びながら追っかけたら、俺の方に振り返ってニッコニコで言うんですよね。


「なおしたらだいじょうぶなのー!」って。

 俺の方を見ながら、けど走るのを止めないんですよね。

 で、子どもの足だからすぐに追いつけるはずなんですけど……なんか、追いつけなかったんですよね。娘はそりゃ走ってるって言っても五歳児の全力疾走なんてたかが知れてるし、そもそも後ろ向きに走ってるでしょ?で、俺だって別に手を抜いて走ってるわけじゃないし、昔はサッカーやってたんで足には自信あったんですけど、でも……なんか距離が縮まらなかったんですよね。


 そうこうしてる間に、娘が砂場に辿り着きました。

 街灯の薄ぼんやりとした明かりに照らされて、なんか青白く光ってるみたいでしたね。その砂場の縁に娘が壊したのと同じピカピカの泥団子がありました。

 は?って思いましたね。

 いや、日が沈むまで広場にいたんですけど、公園の方には誰も来なかったのを見てたんで。じゃあ、泥団子を日が沈んだ後に誰かがわざわざ作ったのか?とか、家から作ったのを持ってきたのか?とかそういうことを一瞬だけ考えて……そんなことより娘ですよ。


 砂場の中に入って、砂を集めて山を作ってました。

 娘が壊したのと同じ位置に。


 とにかく、尋常の様子じゃなかったので止めないと、と思ったんですけど……やっぱり近づけないんですよね。確かに俺も砂場の中に入っているんだけど、全然娘の方に近づいていかない。

 娘の名前を叫ぶように呼びました。

 娘、やっぱりニコニコ笑ってるんですよね。

 ニコニコ笑って、山を作りながら普通に遊んでる時みたいに俺に手を振ったりしてる。時間帯が夜ってことを除けば、俺だけがおかしくなったみたいでした。


「あとはおさめるだけ」

 娘がそう言って、砂山にトンネルを掘ろうとするんですけど、砂だけの山なんで当然ですよね。穴を掘ろうとしたそばからさらさらと山は崩れていきました。

 山を作る。トンネルを掘ろうとする。山が崩れる。

 それを何度も繰り返す内に、娘がぱっと何かをひらめいたみたいに頷いて……自分の口の中に手を突っ込みました。


「あがががががが」

「やめろ!」

 叫びました。

 娘、砂場に向かって思いっきり吐いたんです。

 俺はいつまで経っても娘に近づけないのに、吐瀉物のすえた臭いだけは俺のもとに届くんですよね。夕飯のハンバーグが混じった吐瀉物を砂と混ぜ合わせて、固めて、そして、吐瀉物に汚れた粘ついた手で掘り進めたトンネルが貫通しました。


 そして、俺は山の中に埋まっていた歯のことを思い出しました。

 娘は小さい手をもう一度自分の口の中に突っ込みました。

 まだ生え変わる時期じゃなかったので……いじっている内に自然に抜ける歯なんてものはありません。最初は歯を手でいじっていたんですが、その内にひらめいたように、コンクリートの縁を見始めました。


 幸いだったのは俺の行動の方が早かったことです。

 俺は遊具に自分の口を何度も何度も叩きつけて、なんとか前歯を折りました。

 痛みは気になりませんでした。

 ただ、口いっぱいに広がる鉄臭さ、舌に絡まる血のぬるりとした感触は不思議と今でも忘れられません。

 ごぼ。

 歯を一本折ったというにはあまりにも多すぎる出血を感じながら、俺は「この歯で良いだろ!?」と叫びながら、砂場の中に自分の前歯を投げ入れました。

 娘に追いつくことが出来ないのに、自分の歯は届くのか、とかそういうことは一切考えませんでした。結果、砂に埋れるように俺の歯が娘の足元に落ちました。それが代わりになるのかはわかりませんが、届きました。


 娘は俺の歯を砂山のトンネルの中に入れ、両手を合わせ――瞬間、堰を切ったように泣き始めました。

 俺はようやく追いついた娘を抱きかかえて、家に連れて帰りました。


 それが十年前のことです。


 ……はい、あれから特に変わったことはありません。

 娘も何も覚えていないみたいで、俺が行くなと言ってもあの公園で遊んでいました。と言っても砂場で何かを壊すことは無くなったようですが。


 はい、そうですね。

 アレが例の山で、あの縁にある泥団子がそうです。


 泥団子は同じですけど、山は十年前と全く同じってわけじゃないですよ、誰かが壊してはまた直して……姿を変えながら、今も残っています。正直、俺はあの砂場で遊んでいる子どもを見るとヤバいジジイと思われてもいいから、叫んで追い出したくなりますよ。

 ……でも、不思議ですよね。

 子どもたちもいつの間にか、理解しているのか。

 あの砂山を壊さないように、けれど砂場で楽しそうに遊んでます。 

 

 あ、やっぱりそうなんですか。

 ええ、俺も調べたんですがこの公園に謂れなんてものは全く無かったんですよ。前が墓地だったり、誰か死んでたりしたら、納得できてたんですけどね。それに泥団子を誰が置いているのか、今でもわからないままです。


 ……はい、確かに考えたことはありますよ。

 あの砂場の下に死体でも何か埋められたんじゃないかって、っていうか、俺はそう信じたいですね。

 まあ、そこまでして調べる気にはなりませんでしたけど。

 もし、死体が埋まっているとしたらあの山の下ですから。


 やめといたほうが良いと思いますよ。

 間違いなく、アナタはあの山を壊すことになりますし……それに、何も見つからなかったらどうします?

 何の理由もなく、十年もこの砂場でなにか忌まわしいものが祀られるようになったなら――この砂場みたいに、例えば俺の家が急に、とか、職場が急に、とか、そういうこと考えてしまいません?


 そうですね……まあ、気になりますもんね。

 もし原因があるようなら……いや、無くても、呪いの儀式の痕跡があった、とか、誰かの死体とか骨壺が埋まっていたとか、そういう理由っぽいことを教えて下さい。じゃあ、俺は行きます。とりあえずはお気をつけて……としか言いようがありませんが。


 俺は何か、たいそれた理由があることを祈ってその場を去ろうとしたその時、俺は公園の隅に、倒れたアイスの棒があることに気づいた。アイスの棒には拙い文字で『ハム彦の墓』と書かれている。何のことはない、ただの小動物の墓だったのだろう、誰かが倒したのだ。公園に埋めるというのはよろしくないが。

 コンビニに寄って帰ろう。

 なんだか、酒でも飲みたい気分だ。


 子どもとすれ違った。

 どう考えてもハムスターを入れるためのものではない虫かごに生きたハムスターを入れて、笑顔で走っている。


 俺は彼が公園に行き、代わりになる新しい墓を作らないことを祈った。


 【終わり】

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