心象風景
帳 華乃
心象風景
潔白な自分の、未練のない人生を、想像して一晩が終わっていく。裁かれることのない後悔と罪悪感にまみれている。ただ、他人を憎んでもどこか薙いだ考えばかりで済むことが私を人たらしめるのだと思う。憎悪を抱くにはらくな人生だ。感謝するには満たされない同情さえ求めたくなる日々だった。後悔しても仕方がないとおもえる、切ない生き方だった。他人になってみたかった人生だった。
人生経験は希薄だ。人間関係も希薄だ。友人だと言えるほどの者はなく、家族と言っても抵抗のない者は三匹の猫だけだった。お前のせいで金がないのだと、お前のせいでうまくいかないのだと、言われて水道水しか口にできないまま、二十を超える年ごろになった。緑茶は罪悪感の味がする。カップ麺は罪悪感の味がする。菓子パンは日常のあじがする。水道水は生きている味がする。命の水と呼ぶには安定していて、半端な不幸と私を体現しているようだ。そして怠惰な私を体現するのは酒だ。得られるものは特にない。宙を漂うような、好きなクラゲに最も近づけるだけの、けれど死んでも水にはならない私の、半端さ。愛が愛を愛に愛こそと言い聞かせて、結局自分が得たいだけだと気づくために存在した二十年超だった。そこに水を注いだのは君だ。私を水にはしてくれないか。けれどそうはできない、人間らしい君だ。
乾燥した肌にはニキビができて、けれど二日間入浴をさぼった肌にもニキビができた。それでもいいよと君は言う。別にどうでもいいだけなのかもしれない。それとも、毎日ビタミン剤を飲んでいる時と大差がないから気にもならないだけなのかもしれない。どこまでが真意かわからないから、一番都合のいい考えを信じることにする。ストレスのない日々がビタミン剤よりよほど効果を出すと。君さえいればと依存している間、責任を君にある程度押し付けて、気楽に生きていると、誰にも内緒で。
生きるのに必死で、けれど不器用で、雇い主にはより都合のいいように使ってくれと愛想を振りまきながら生活保護について毎日調べている。安定しない生活に、本当に都合よく使ってくれている安心感と、仕事への責任感と、不安定ゆえの先々への不安感が付きまとう。生きている実感がする。生きていると、ドアノブでも首を吊れるとかいうトリビアが脳裏をよぎる。死ぬのは怖いと毎日唱えて眠る。おまじない。お守り。怖くてよかった。ロボットじゃなくてよかった。まだ生きている。とりあえず巻き返せる。きっと。努力が全てを解決する。現実を見て吐いた。一日中アプリでATMの残高を何度も確認している。何度も家計簿アプリを確認して、娯楽をなくせばよいだけだと思っては胸が痛む。親族に金を借りて大して返さず、被害者面する生き方について考える。お前のせいで金がないと言われた。疑うようになってからのほうがよほど苦しい日々になった。何もかもの元凶が自分であったなら死ねば人のためになると。もう思えなくなってしまったからだ。私は少しは悪い。でも、全部ではない。けれど彼らは全部だと言い切るから哀れになる。迷う。苦しさと己の罪を天秤にかけて、別に悪くないと言えてしまうから、昔のように死を許容できないのだ。必要悪だとはもう思えないのだ。必要だとはもう、感じられないのだ。
深夜に公園に行くのが好きだ。誰もいない暗闇に息をひそめる自分は、いてもいなくても変わらないモブだ。静かで嫌なことを考えてしまったり、無でいられる時間ができるから。それから、君が誰かの死体を途方に暮れて燃やそうとしているところに遭遇したから。
暗い物語の主人公のような経験をするのは、生まれて初めてだった。
心象風景 帳 華乃 @hana-memo
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