第4話 観察日誌
◎ ●月×日 7:43
・朝食の介助中、味噌汁が「ぬるい」と言ったあと、「そういえば、ミーナが食事当番の時は煮えたぎったスープがよく出てきたなー」という発言あり。
※考察
・ミーナって誰?
・正二さんはいつも汁物を「汁」っていうけど、この時は「スープ」って言った。
・「食事当番」って野営っぽい。
・内容からして昔の話。「大賢者」だったときのことかな?
※表情、雰囲気:つながっていると思われた。
◎ ●月△日 10:48
・入浴上りの着衣の際、「右手がうずく」と着衣拒否あり。
※考察
・観察したところ、虫刺されの跡あり。痒かったのか?
※表情、雰囲気:明らかにつながってない。
◎ ●月◇日 6:12
・朝の離床支援の際、「見張り当番なのに寝過ごした。ユージに怒られる」と慌てた様子の言動あり。
※考察
・ユージって誰? 正二さん(大賢者)を怒ることが出来る存在?
・野営の「見張り」の事かな?
※表情、雰囲気:つながっていたのか寝ぼけていたのか不明。
「うーん、こうしてみると結構あるなー。」
オレがいろはちゃんと始めた『正二さん観察日誌』。
さすがに職場のパソコンに入れておくわけにはいかない(他のスタッフに見つかるとバカにされる)ので、スプレッドシートを作って互いのスマホ上で運用している。
これまで年齢と同じ年数の彼女いない歴を誇るオレとしては、若い女性と二人っきりの共同作業でテンションが上がっている。
だが、オレよ油断するな。
ここで変な勘違いとかしたら、人生奈落の底にまっしぐらという事を忘れるな。
と、まあそっち系の感想は置いといて、本題の『正二さん日誌』のほうだ。
記録を付けてから一週間が経過。
その間、『中二病発言』と思しき言動は3回。
だが、うち1回の虫刺されは該当しないと思われるため確実なところでは2回と言ったところか。
これが多いのか、少ないのかはわからない。
ただ、正二さんに携わるのは施設中のスタッフ全てなのだが、観測して記録しているのは、いろはちゃんとオレというたった二人のみ。
実は他のスタッフも見聞きしている可能性を考えると、これは結構多い方なのではないだろうか?
あと、どうしても言動を見聞きするタイミングは、食事や入浴、更衣など実際にスタッフが直接介護している現場になりがちだ。
これは、夜間や日中、正二さんが一人でベッドに横になっている時間はほとんどスタッフがそばに居ないので観測しようがないからだ。
オレといろはちゃんの二人の目がある時だけで週に2回。
これは、いうなれば『正二さんが火魔法を暴走させる可能性』があった頻度である。
火事のリスクを減らすためには、リスクのある時間帯とか、状況とかをもっと明確にしたい。
そう考えたオレは、主任権限を利用して正二さんの居室を監視カメラ付きの部屋に移動させた。
このカメラ付きの部屋は、多動な入居者さんのベッドからの転落事故や、徘徊する入居者さんの施設外出予防のために必要と思われる人がいる所だ。
この部屋に入居させるにあたり、プライバシーの侵害にもあたることから、家族への説明と同意を得なければならないが、正二さんには家族はおらず、天涯孤独の身であったことが判明した。
こういった施設に入るためには、家族等の身元引受人が必要になるのだが、全くそういう関係者が不在の入居者さんは珍しかった。
正二さんの入所の経緯につき、さりげなく施設長に探ってみると、「さるやんごとなき方からのご縁」としか返答が帰ってこない。
その情報を聞いたオレは、いろはちゃんとのスプレッドシートに
◎ ●月♯日 関連情報
・身元引受人不在。入所経緯不明。
※考察
・施設長は「さるやんごとなき方」からのご縁としか言わなかった。
・正二さんの過去を知る人を探すことが出来ないという事。
※表情、雰囲気:(空欄)
と、新しい情報を書き込んでおく。
◇ ◇ ◇ ◇
それからも、オレといろはちゃんは正二さんの観察を続け、その言動や状況を記録に残していく。
それと並行して、オレはスタッフルームで書類仕事している時などは常にPCの画面に正二さんの居室の監視カメラ映像を流し、変わった様子がないか観察を続けた。
その結果。
どうも、正二さんが睡眠から覚める朝方や、昼寝から目覚めた時。
そんなときに『つながっている』表情が多いような感覚を覚えてきた。
とはいってもカメラ越しで解像度も高くないので、あくまでもオレの主観だが。
そんなある日。
午睡から目覚めた正二さんが、明らかにつながっているような表情でなにやら手を前に向け、口の中でもごもご言っている様子がカメラに映った。
まずい!
オレは直感的に何かがヤバいと感じ、正二さんの居室に駆け込んだ。
居室に入ると、突き出した右手の周りに明らかに淡い光が集まっている!
オレの動きを見て後をついてきたいろはちゃんも居室に駆け込んできた。
「正二さーん!」
どう見ても魔法を発動させてしまいそうな正二さんに、慌てて呼びかけて駆け寄っていく。
そうして右手を抑え、どうにか正二さんの気を引いて呪文の詠唱を止めなければと思ったオレは、思わずこう言っていた。
「正二さん! オレに魔法を教えてください!」
田舎の老人ホームのおじいちゃんが昔は大賢者だったと言うので魔法を習ってみた。 桐嶋紀 @kirikirisrusu
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