最終話:わたしいま、とてもしあわせなの

 某日、学校近くの地下下水道にて女子中学生の遺体が発見された。

 警察は事件に関与したとして、彼女の担任教師を殺人容疑で逮捕。男は一貫して容疑を否認している。

 また、被害者と同級生の少女が一名行方不明になった。男に事件への関連性を追求すると共に、少女の足取りを追っているという。

 B男はA子を殺害し、容疑者として逮捕された。

 その瞬間を、私もカミサマもすぐ近くで目撃していた。

 本来は立ち入り禁止となっている学校の屋上。A子はB男に言い寄るも、彼はまるで相手にしない。しかし諦めきれないA子は、彼に抱きついてまで説得を試みる。上目遣いで男を見やるその様は、まるで道化のようで滑稽まであった。


『口裏合わせてくれてありがと~先生~。バレたらまずいもんねっ。これでもう、あの化け物は二度と来ないかな? 来ないよね?』

『さあ、わからないよ』

『先生、いつも思ってたんですけれど。私に冷たくないですか? どうしてですか? 私が先生のこと好きなの、知っていますよね?』

『雉本さん。悪いけれど、僕は教師で君は生徒。その一線は、超えてはいけないんだよ』

『……そんなこと言って。私知ってるんですよ。先生が神代を性的な目で見ていること』

『な!?』

『あいつを特別扱いするのだって、そういうことですよね? なんで!? 私の方があんな化け物よりも優秀で可愛くてキレイなのに!』

『黙れっ……お前みたいな奴に、彼女の何がわかる!』

『ねえ先生!? 今からでもいい、私のこと好きになって! 私が先生のこと幸せにしてあげる、絶対に!』

『……さい――』

『よく考えてよっ、化け物なんかのどこがいいのっ? 先生はおかしい、あの女におかしくされているんだよ! 正気に戻って!』

『うるさい! お前みたいな狡猾で汚らわしい女に、彼女の良さは一生わからないだろうなぁ!!』

『え、あ――』


 ついぞ激昂した男は、その小柄な身体を振り払う。突然支えを失った女はたたらを踏み、高い音を立てながらフェンスへぶつかった。

 ……普段、人が滅多に立ち入ることのない学校の屋上。点検なんて、まともにされているわけもない。だから例え、それが老朽化していようとも、誰も気づかないのはごく自然の出来事。

 バキ、と、錆び付いたアルミとともに、彼女の身体は真っ逆さま。落下先はコンクリート。頭を強く打ち付けたことにより、即死だった。

 動揺したB男は、A子の遺体を下水道に放り込んだ。

 しかしまぁ、そんなお粗末な方法で隠し通せるかと言えば、そんなわけもなく。

 かくいう私は、世間的には行方不明扱いになっているらしい。

 私を知る同級生や養父母はここぞとばかりに涙を流し、テレビ局のインタビューへ躍起になって応答する。

 私のことなんて誰もがどうでもいいと思っていたくせに、こういう時はごぞって騒ぎ立てる。結局、皆、自分のことしか考えていないんだ。

 だがそれも、数日後には収まるだろう。だって、彼らはそういう人たちだから。

 ……あの日、私はカミサマに願った。

 あなたの近くにおいてほしいと。

 そして、私を不当に扱った人たちに、それ相応の罰を。

 彼らには何らかの災いが降りかかり、私はカミサマの側にいられる。これを一石二鳥と言わずして、なんと言おう。

 存在を放棄しただとか、生きることを諦めただとか、言いたければ言えばいい。周囲からの悪評やデマほど不要なものはない。私は、私の心に従い進むのみ。

 紛れもない、私自身の人生だ。何も知らない第三者が脚本を書き換える権利などあるはずもないし、必要性だってない。

 そうだ、A子の取り巻き二名と性悪養父母のことだけど。彼らに罰は下らない。

 けれど、今この瞬間だけの話。

 彼らは忘れた頃――それも人生で一番幸せだと思った時、私の恨みをその身で飲み込むことになる。

 その頃にはきっと私もカミサマも、彼らのことなんて頭の隅にだってないのだろう。だって、今この瞬間でさえ――それこそA子が死んだ場面を目撃してもなお、心にあったのは爽快感でも、喪失感でもなかった。

 無関心。彼女に対する感情は、ただそれだけ。

 そんなことよりも、私は目先のことばかり考えていた。これで、これから先、何があろうともカミサマの側にいられる。

 それこそずっと、永遠に。


「どうした、考え事か?」

「ふふ、当たりです。これからについて、色々と考えていました」

 

 いつものように、大きな手が私の頭を撫でる。指先が頬を滑り、唇の形を確かめるようになぞられた。

 私は永遠の命を手にするために、カミサマの血液を飲み込んだ。そのせいかな、未だ口の中にじんわり、鉄の味が残っているけれど、どうしてか悪い気はしないのだ。

 広くしっかりした肩へ頭を預け、目を閉じる。ふわりと鼻先を掠めていくのは、お香にも似た雅な香り。

 ねぇねぇ、カミサマ、私今すごく幸せだよ。

 これで私たち、ずっと一緒にいられるね。

 だってそれが、前世からの願いじゃない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねぇねぇ、神様、 雛星のえ @mrfushi_0036

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ