第3話 内緒

 リリーナの家に着くが、そこはもぬけのからであった。リリーナも、その父親もいない。


「マジで、連れ去られちまったのか……」


 家の奥の奥まで探して回った。家の奥の机の上に一枚の紙切れが落ちていた。

 悠斗はその紙切れを拾う。


「嘘だろ……」


 そこには、あまり信じたくないような文言が書かれていた。


 *

 悠斗は頭を切り替えて、村周辺を探して回った。しかしリリーナは見つからない。これはいよいよ本格的に連れ去られてしまったという考えに切り替えるべきだろう。

 この世界に来て最初に助けてくれたリリーナを助けなければ。悠斗は、リリーナを助けることに決めた。だけどどうしたら良い?どうすればリリーナを救うことができる?

 考えを巡らせる悠斗ではあったが、真っ先にリリアの存在が浮かんだ。

 彼女ならば、協力してくれるかもしれない。悠斗は一縷の望みを抱き、リリアを探すことにした。

 酒場に行くと、リリアは悠斗の異変をすぐに察した。彼の顔には焦りが色濃く現れ、足取りも早かった。


「何かあったの?」


 リリアが静かに問いかける。


「リリーナさんが……」


 悠斗は息を切らしながら答えた。


 「リリーナっていう女の子がジャックとかいう王様に連れ去られたかもしれないんだ!」


 リリアが一瞬固まる。


 「ジャックに?」


 悠斗は頷いき、起きたことを全てリリアに話した。


 「それが本当なら、リリーナはすでに王国に連れ去られてしまった可能性が高いわ。ジャックは、顎で使える手下のような存在が数多いるのよ」


「リリーナが狙われたのには理由があるのか?」


 悠斗は、状況を整理しようとリリアに問いかける。

 リリアは深く息をついて、言葉を選びながら話し始めた。


 「理由は……単純よ。リリーナは、彼女は村でも有名な美少女。ジャックは、そういう女性を集めては売り飛ばしたり自分の女にしているっていう噂が絶えないわ。だから今回もそういうことだと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、悠斗は怒りを抑えきれなかった。

 絵に描いたような展開だと悠斗は思った。


「最低な野郎だな……」


 悠斗は静かに続けた。


「ジャックはどこにいる?リリーナさんはどこで囚われているんだ?王国内か?」


 リリアは、一瞬の沈黙の後、静かに答えた。


 「おそらく、王宮の地下牢よ。ジャックは捕らえた娘たちを王宮の隠された場所に監禁しているって話があるわ」


 「地下牢……リリーナさんは、そこにいるんだな?」


 リリアは頷き言葉を続ける。


 「ええ。でも王宮の地下牢に潜り込むのは簡単なことじゃない。ジャックの手下たちが常に見張っているし、無数の罠が仕掛けられていると聞くわ。それに、彼女が今どういう状態かも分からない。もう売り渡される準備が整っているかもしれないし、ジャックが自らお楽しみするのかもしれない。とても危険よ。今回は諦めることを私はお勧めするわ」


 リリアは冷たく言い放つ。


「リリーナさんは、俺がこの世界に来てすぐ、死にかけていたところを助けてもらったんだ。そんな人を見捨てるわけにはいかない。俺は、リリーナさんを助けたい」


 リリアはそんな悠斗の決意を見て、しばらくの間考え込んだが、やがて静かに頷いた。


 「あぁ〜。もう。わかったわ。手を貸すわよ。ただし、慎重に動く必要がある。王宮への正面突破は自殺行為だわ。けど、地下道があるの。かつて王宮の使者が密かに出入りしていた隠された通路よ。そこから忍び込めば、少なくとも目立たずに近づけるわ」


「地下道……それならリリーナに近づけるんだな?」


 リリアは頷き、悠斗に向かって言葉を投げかけた。


 「でも、王宮内は一歩間違えると抜け出せないほど危険よ。命を落とす可能性だってあるわ。それに加えて地下牢となると王宮の中でも最深部にあたるから潜入はより難しいわ」


「その話だけを聞くと詰んでいるようにしか感じないんだが?」


 悠斗は威勢の良いことを行った手前言い出しにくかったが、不安度が最高潮になる。


 「まぁ、話は最後まで聞きなさい。影潜りという陰の力を使えれば可能性はあるかもしれない」


 リリアが言う。


「なんだ。そういう技があるなら早く言ってくれよ。その影潜りってやつを教えてくれるか?」


 悠斗は、情けない声音でリリアに対して懇願した。


「わかったわ。影潜りを教えるわね。でも、あまり期待しないで。完全に習得するには時間がかかるわ。今のあなたにできるかどうかは……やってみないとわからないけど」


 リリアは酒場を出て、悠斗を村外れの森へと連れて行った。森の中は静かで、冷たい風が木々を揺らし、不気味なほどに静まり返っていた。リリアはその場で悠斗に向かい、真剣な表情で話を始めた。


「影潜りは、影と同化して姿を消す技術よ。影を使って物理的な障害をすり抜けたり、敵に気づかれずに移動することができる。ただし、自分の集中力と感覚が試されるわ。少しでも気を抜けば、影から弾き出されるの」


「つまり、俺の集中力次第ってことか……」


 悠斗はリリアの説明に納得し、彼女の指示に従って影の操作を試みた。自分の影を見つめ、その動きをイメージしながら、影と一体化する感覚を掴もうとする。リリアはその様子を見守りながら、細かいアドバイスを続けた。


「もっと自分の影を感じて、溶け込むように意識して。影はただの影じゃない、あなたの一部でもあるのよ。怖がらずに委ねて」


 悠斗は何度も影に集中を試みるが、なかなか思うようにはいかなかった。影の中に入る感覚を得ると同時に、すぐに弾き出される。何度も失敗し、疲労がたまってくる中、彼は焦りを感じ始めた。


「くそっ……⁉︎こんなことしている間にも、リリーナさんは……」


 悠斗は歯を食いしばり、再び影に意識を集中させた。リリーナが今も冷たい地下牢で苦しんでいるかもしれないという思いが、彼の体に新たな力を与える。ようやく、彼の体が徐々に影と同化していく感覚が訪れた。


「やった……!影に入れた!」


 リリアはその様子を見て、満足げに頷いた。


 「うまくできたわね。でも、持続時間はまだ短いから油断しないこと。これで少しは戦える準備が整った」


 悠斗は大きく息をつき、リリアに向かって感謝の言葉を口にした。


 「ありがとう、リリア。今更すぎてあれなんだけど、どうしてここまでしてくれるんだ?」


 悠斗はふと疑問に思い、尋ねた。


「内緒」


 リリアは答える。その口元は少し微笑んでいるように見えたがリリアは依然としてローブのフードを深く被っているので表情を読み取ることが難しい。


「内緒って、なんだよ。でも内緒ってことは、なんか理由があるってことだよな。まぁいいや。とりあえず。ありがとう」


「感謝なんていらないわ。この話を知ってしまった以上私もリリーナを見捨てるって言うのは……それだけよ」

 

 リリアのその言い方は、少し照れているようにも感じられた。

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過労死した俺、今度は異世界で影の力を駆使して死なない程度に頑張ります。 疾風 @tasukuGT

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