06
「え、ええ、はい。けけけ、検査でも大したことなかったのでっ。も、もも、もう大丈夫です」
「お隣とは面識が?」
特に怪しまれているわけでもなさそうだが、私は必死に悪行を隠すように、カーテンから身を引いた。
「い、い、い、いえ。別に」
「そうなんですね。その子、二村さんと同じ事故で怪我を負ったので、もしかしたら、って思ったんですよ」
そうだったのか。必死に、あの日の映像を思い起こしてみるが、何の残像も私の中にはなかった。運転手に過失があったということは知らされていたが、てっきり私は単独で事故に遭ったのかと思っていた。
「そ、そ、そそそそれにしても、よく眠っていますね」
私の言葉に、看護師さんは何もいわずに、カーテンを半分まで開けてしまった。病室に差し込むのまぶしい光が、彼女の顔を照らす。その煌き。ずっと影のせいだと思っていた彼女の顔色が、血色が、たいへんな不具合を抱えていることを私に知らせる。
死んでるみたいだ。
目の前の光景が、急に映画のワンシーンのように思えた。でも、それは、皮膚の一番オモテだけを薄く塗ってある、わけじゃない。内側から、着実に死に向かっている、そんなことを思わせる。
看護師さんのてきぱきとした動きによって、点滴は、私の二つ目のため息の後には、新しいものに替えられていた。
「この子の、おお、お、お母さんとかは?」
私は彼女の横顔に訊いた。看護師さんが「ううん」と答えた。そして、「これからも、触れてあげてください、話しかけ続けてあげてください。そうしたら、きっと……」と続けた。
必要な作業を終えた看護師さんは、荷台をきゅるきゅると押して、次のカーテンへと向かった。
確かに、私はずっと覚醒しているはずだ。これは夢ではない。だったら、いつ私は目覚めたのだろう。
私はまた、失くしてしまうのだろうか。一握たりとも、この手に抱えているわけでもないのに、また激しい喪失を味わってしまうのだろうか。
さっきと同じように、しかし異なる体温で、彼女の頬に触れた。規則正しい寝息が辺りを包んでいる。私も同じように、息を吸って、吐いてみる。この子はごくふつうに、眠っているみたいだ。
彼女はいま、どこにいるのだろう。どこをノックしても、彼女は扉を開かない。その薄く暗い夜の中で、ひとりぼっちで、永遠に眠っている。
扉は鍵がかかったままで、その鍵も闇の中に失くしてしまって、もう二度と開くことはない。いっそのこと、奇怪な色をした水でも注いでみようか。
彼女の足元にそれが届いたとき、無事に悲鳴でもあげてくれれば、私はきっと安心する。そのおかげで、私はそのドアを壊すことができる。でも、乱暴に壊すと、そのショックで、きっとこの子は死ぬ。みたことのない色で混濁した意識から救い出す方法を、私は知らない。
その白に溶ける 西村たとえ @nishimura_tatoe
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