第2話 地獄
「美優ちゃん、呪われてるよ」
言われた言葉に今更絶望することもなかった。呪った人はお母さんなのだろう。というか身近に死んだ人がいないのだから仕方なくそうなってしまう。当然だとも思った。私がいたから再婚できなかった。邪魔だったのは自分が一番わかってた。
管理人さんは少し眉を下げてこちらを見ていた。私のことを可哀想だとか思ってるのかもしれない。それならたまったもんじゃないな。そういうのが一番傷つく。一番は盛ったかも。
管理人さんは一息つくと指を鳴らしてコーヒーとオレンジジュースを私の前に出して、コーヒーの方を持っていった。そして一口飲んでまた話しを続けた。
「でもそんなのおかしい!って意見もあるだろう?だから現世でその人が正しい行いをすればそれが解消できる仕組みがある。正しいというかまあ、条件。でもそれは俺からは教えられないしこの話すらしてるのは結構危ない」
さっきより声の大きさを落として言った。条件は教えられないけど、それをすれば私は死ねる。何をすればいいかはわからないけど。どちらにしろ私はまだ生きているという事実は受け入れられるものではなかった。
また私はあの日々に戻って、今度は死ぬために頑張らないといけないのだ。簡単に死ぬことも許されない。制服に触れるても冷たいジャケットがあるだけだった。
彼はもうすぐ私を地獄へ戻さないといけないと言った。私もそれに頷いた。そして一緒に黒い方へ歩いた。今度は二人並んで。それがなんだか懐かしかった。
「本当なら、しばらくは戻って来ないでと言いたいけど。今までのことは全て序章だから。これからが本当の美優ちゃんの人生だ」
そう言ってにこっと笑った。目の前には穴がある。また、落ちろということなんだろう。それはすごく怖かった。
片足を上げ体が傾いた時彼は続けた。
「戻ったらきっと人が尋ねてくるよ。大丈夫。全部うまくいくから」
振り向いてみたけれど、彼の顔がうまく見れなかった。
目を開けるとまだ真っ白なことろにいた。背中がじわーっと暖かくて涙がポロポロ落ちた。まだ生きてるよ。自分に言い聞かせるみたいに。それがすごく切なくて誰かに抱きしめてもらいたくなった。
しばらくぼーっとして、それからナースコールを押した。遠くからパタパタ音がして扉が開くと看護師さんが「先生を呼んでー!」と大騒ぎしてそれからお話をした。
実はあまり覚えていない。先生がなんだかんだ言ってる間も看護師さんがなにかしてる間もずっと管理人さんと話したことを思い返してた。あれは夢だったんだろうか。走馬灯は昔の記憶を読み返すものだと思っていたけど、つまらない現実に戻りたくない自分の悪あがきかもしれない。
先生たちが帰って静まり返った後、またバタバタと足音がして荒い音を立てて扉が開くと、息を切らした男の子が「本当にいたんだ神様って!」なんて叫んだ。
神様と聞いてまた管理人さんを思い出した。人が尋ねてくる、って言ってたよね。まさか。
「夢でさー見たんだ!この番号の部屋に行くといいって。そしたら本当に人がいるんだもんびっくりだよ!」
病院で出すような声量じゃない声で話し続ける。なんだか展開が早くてまだ追いつけていなかった。彼の頭には包帯がぐるぐるに巻かれていて、ここにいるという時点で彼にどんなことがあったか察しが着いた。
彼は病室に入り窓際に置いてある椅子に座って外を眺めた。それ以降彼から話し出したりこっちを見たりすることもなかった。
私もそれに何か言ったりすることもなかった。ただ彼と同じように外を眺めた。
空が焼け始めた頃、看護師さんが部屋に来て彼を元の部屋へと返した。部屋を出る際こちらを振り向いて「また来るから」とにぱっと笑った。
三食出るご飯は特別おいしいとはいえなかったが、なぜか涙が溢れて止まらなかった。そのたび看護師さんが背中をさすってくれた。後遺症から来るものなのか体がまだ痛かったけど、そんなことどうでもいいくらい手が暖かかった。
次の日も彼は来た。元気で部屋に入ってくるのにいつも窓際に座っては静かに外を眺めた。そんな彼にひとつ聞いた。
「家族は、好き?」
私の方を見て昨日のようににぱっと笑うと
「うん!すごく好き!」
子どもように、屈託ない笑顔でそう答えた。実際彼は子どもなのかもしれない。無垢で健気に見えた。でも彼の腕に見える痣はどうもそんなふうに見せようとはしてくれなかった。
彼も管理人さんにあったんだろうか。私たちに共通点があるとするなら。頭によぎるのは良くない事ばかりだった。
部屋を出ていく時彼は「明日退院するんだ」と言った。その顔は少し悲しげだった。
「でも明日も来るよ。明後日も。大丈夫だよ」
それを少しだけ嬉しいと感じてしまった。ずっとなにかに期待するのは良くないと思い込んでしまっていたのを思い出した。
そうして私の地獄は回りだした。
空蝉が宙を舞って 久住 @kuzu-mi
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