空蝉が宙を舞って
久住
第1話 管理人さん
ここ、どこだろう。真っ白。右も左も前も後ろも全部真っ白。よく見たら右の奥は黒っぽくて左の奥は黄色っぽいくらい。なんにもない。死んじゃったみたい。私。死んじゃった。ベランダから飛び降りて。たかが2階の高さから飛んだだけなのに。頭から落ちたからかな。頭がおかしくなっちゃっただけなのかも。だけどここ、どこだろう。わかんない。わかんないけど。なんとなく。なんとなく、右に歩いてみる。
靴は履いてない。だけど制服を着てる。本当に夢みたいな場所だ。ここが天国なんだろうか。もっと人がたくさんいて、頭に輪っかなんか付けちゃって、羽も生えてて、みたいなのを想像してた。思ったよりつまらない場所だ。だけどなんか暖かくて心地いい。現実よりもずっと、何倍も、こっちの方がいい。
ぺたぺたと自分の足音と呼吸音だけが聞こえる。ものが何も無いからかすごく反響してるように思う。
だんだん周りが真っ白と言うには少しくらいグレーみたいなそんな色に変わったと気づいた時、右腕を強く引っ張られて私はそのまま尻もちをついた。
「ちょっと、勝手に戻られちゃ困るよ」
顔を上げると後ろから被さるように私を見下ろしている男の人がいた。スーツを着てるけど頭に黄色い輪っかが付いてる。想像してたのよりずっと明るくて眩しい。その人は続けて手続きがあるからと私を置いて歩いてきた方へ戻っていった。私もそれに黙ってついていく。
ある程度歩くと男の人は立ち止まって指を鳴らした。すると何も無かったところにカウンターとたくさんのファイルが置いてある棚が出てきて、彼はカウンターに入り椅子に座るとその椅子を回転させて慣れた手つきでファイルを取り、座りなよと私に声をかけた。
「赤坂美優であってるよね」
腰掛けた私に彼はそう言ってそれに私は頷く。彼はページを何枚か見て、時おり「はあ」とか「んー」とか聞いてるこっちが気になってそわそわしてしまうようなことを言っている。
読み終わったのかため息をついてファイルを閉じると私の方を見てニコッと笑った。ふわっとした気持ちになってまたそわそわしてしまう。少し目線をそらしカウンターをなぞった後彼は
「君は死ねないんだ」
と。確かにそう言った。赤坂美優は死ぬ事はできない。天国には行けない。そう言った。
そして自分の話をしていないからと勝手に自己紹介が始まった。
「俺は管理人。なんだろうなぁ、現世で言えば天国の門の番人とかなのかな。その方が想像しやすい?」
陽気に話しているがあまり話が入ってこず、彼もそんな私を見かねて話すのをやめた。すごく、痛かったのを覚えてる。確かに私は飛び降りて、死んで、ここにいる。ずっと辛かった出来事もちゃんと覚えてる。なのに私は死ぬ事もできないらしい。
「わかる。わかるよ。辛かったよな、いじめられて、唯一の母親は自分を置いて男と駆け落ちしたと思えば死んで。生きてらんないよな」
ファイルはその人が今までどのように生きてきたのかが書いてあるのだろう。彼はファイル再度見てそう文字をなぞりながら言った。
私の家は片親だった。お父さんはDV気質でお母さんはすごく辛かったとよく言っていた。離婚したのは私がずっと小さい時で、お父さんとの記憶なんて何一つない。お母さんはよく彼氏を家に連れてきた。私は何も言わなかった。彼氏がいる時は私は家にいられない。私がいることは隠しているらしかった。という私も彼氏に会いたくないから外に出るようにしていた。学校では悪口を言われて仲間はずれにされる、女の子のいじめっていう感じのいじめがあった。ずっと居場所がなかった。
そんな時、お母さんが帰ってこなくなった。原因はすぐにわかった。お母さんには彼氏しかいなかったから。お金とかそういうもの全部持ってお母さんは消えてしまった。でも私はバイトをしていたからお金には少し余裕があった。そしてお母さんがいなくなって一週間ほどだった日、警察が家にきて私は保護されることになる。お母さんが死んだらしい。そのまま施設に預けられて、私は死ぬ事にした。
「管理人って言っても本当は神様なんだ。神様って何人もいてさ毎年くじ引きで誰が何担当するか決めるわけ」
彼は続ける。
「例えば、天国はいれる年数が決まってて、現世でどれだけ貢献したかで延びるんだけど、それの管理とかね。あ、天国ってさ休憩所みたいなもんなの。現世疲れた人のね。っていう俺は入れる人の管理。でねこれがまた難しいのね」
涙が出てきて管理人さんはまた話すのをやめる。悔しかった。どれだけ頑張っても、我慢しても、死ねなかった自分が。救われなかった自分が。まだどこかで生きてる自分が。
「さっき天国は休憩所って言ったけどね反対に地獄はないんだ」
頭をかしげると彼はまたふわっと笑う。
「実は現世が地獄なんだ」
初めに私が行こうとしていた黒いところは地獄。いわば現世に繋がるのだと教えてくれた。普通の人間はだいたい黄色い方へ行こうとするからびっくりしたと彼は笑った。
「僕の管理の仕事はそのまま、天国に入れるか否かを決めるんだけどね。基準があるんだ。死んだ人、つまり天国にいる人はね、快適に過ごせるように死んだ時に一人だけ呪う、まぁ天国に入れないように一人選べるんだ。だから地獄に落ちるってわけ」
言ってる意味が、わかりたくなかった。でもそういうことなのだろう。そしてそれが一人しかいないこともわかっていた。
「美優ちゃん、呪われてるよ」
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