モウチヨウ

千織

意味はわからなくていい

※ 私は、横光利一『盲腸』をリスペクトしている。


 ちおりは口から血を吐いた。血檻は乱れた風紀を正すため、正義の炎で体を焼いた。コーギーは初めて見る男女の破廉恥な様子に震えた。交差点でチューをしているカップルを見たときの千織の此の三つの反応の報告を、ぬり是は同時に耳に入れると、「彼らは金婚式まで仲良しでしたとさ」という詩を突発して千織の心臓にトドメをさそうとした。千織は三つの不幸な反応の輪の中で胸から血を流しながら虫の息で頭を上げると、さてどうしてやろうかとうろうろした。

「やられた。しかし、」とちおりから第二の報告が舞ひ込んだ。

「ぬり是も同罪」と血檻から。

「もう駄目だ」とコーギーから来た。

 ――許すまじNL……潰すべしNRY教……――と千織は云つた。

 千織はもうNLを駆逐すべきと決心した。NLのイチャイチャを見るより死体を見る方が記憶に良い。千織は三者の黒い不幸の真ん中を、円タク(タクシー)に乗つて、ひとり明るい中心を狙ふやうにぐるぐると廻り出した。理性と慈悲と自制心は振り廻されるやうに流れ出ていった。

 ――キックなら背後から、

 ――パンチなら正面から、

 奴らから血が流れ出すほどに、NLどもから幸福を追つ払えるのだ――廻れば廻るほど、千織に付着して来たものは幸福感だつた。――幸福とは何物だ?――推進機から殺意を垂れ流して幸福を追ひ廻す――その結果が一層不幸であると分つてゐても、イチャつくNLを追つかけ廻したそのことだけでも幸福だ。――それが喜ばしい生活なら、平穏と引き換えに生み出された殺意が完全に流れ出して了ふまで、幸福なNLを追いかけ廻らう。――リア充が爆発すれば、NLアレルギー持ちの不幸はなくなるだらう。――爆発してしまえば、幸はなくなるまい。――四人の中で爆発させた者が英雄だ。――誰がその富くじを引き当てるか。――四人は競争する選手のやうに、円タクに乗つて飛んでゐた。

 と、やはり血檻が早速飛び出した。

 血檻は廻り続けた円タクの最後の線をひつ張つてあのイチャつくNLがいた時空間へ舞い戻った。が、あの交差点は空虚からだつた。ぬり是が出て来て血檻に云つた。

「もう、彼らはここにいません」

「どこへ匿った」

「さア、それは分りません」

 ――それや、さうだ。

 ――自然の摂理の中で必要なNLに、アレルギーを起こしられると云ふことは?

 ――絶対の自然の摂理の中に、みんな一つ、必要はあるが、無駄で、死をもたらす可能性もある盲腸のような矛盾を抱いてゐると云ふことになつて来る。

 血檻は円タクに乗つて、盲腸のやうな身体をホテルに着けた。ホテルのボーイは彼に云つた。

「もう部屋は一つもございません。」

 その次のホテルも彼に云つた。

「もう部屋は一つもございません。」

 ――摂理に望まれながら矛盾を孕む盲腸野郎に、ホテルは部屋を借す必要は少しもない。

 血檻はまたぶらりと円タクの中へ飛び込んだ。

「どこへ参りませう」と運転手は血檻に訊いた。

「どこへでもやつてくれ」

 円タクは走り出した。血檻は運転手の後から声をかけた。

「明るい街を通つてくれ、明るい街を。暗い街を通つたら金は出さぬぞ」

 ――盲腸が円タクの中で叫んでゐる。

 血檻はにやりと笑ひ出した。

 ――此の盲腸は、今度は誰を殺すのだらう。

 ――だが、身体の中に、誰でも一つの盲腸を持つてゐると云ふことは?

 血檻は街路を、血管の中の虫のやうに馳け廻つた。だが、此の盲腸はどこへ行くと云ふのだらう。



(了)

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モウチヨウ 千織 @katokaikou

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