一世一代の告白

道化美言-dokebigen

一世一代の告白

 あたしは昔からどこか変わってて、決めたことを何があっても諦めないところが怖いって言われ続けてきた。

 進学してからは高校の先生にすら、

花光はなみつさんは、もう少し気楽にいていいのよ』

なんて言われるし、同じクラスの子にだって、

穂夏ほのかちゃんっていっつも元気だよね〜。疲れ知らずって言うかさ』

とか、聞き飽きるほど言われてきた。

 お母さんとお父さん、近所のお姉さんはあたしの長所だ〜って言ってくれるけど、それも不安になりつつある。

 あたし、一回死んじゃったからさ。次で本当に成仏しちゃうわけで。

 この世界ではみんな、異形化って言われて、一回死んじゃったら体のどこかに思い入れのある無機物がくっつく。あたしは止まった心臓の上、そのさらに皮膚の上からアンティークの置き時計みたいなやつがくっついているんだけど……。

 一回目の死は異形化。

 二回目の死では、あの世だとか天国だとか言われるところに旅立っちゃう。しかも、心臓代わりになる無機物——あたしの場合時計——は心臓より壊れやすいらしいから……。

 つまり、やり残したことを急いでやろうとして、ずっこけただけで時計を壊して死んじゃう可能性もあるってことで。

「やだやだ! あたしまだ片思いの恋だって叶えてないのに〜! あ、待って髪の毛目に入った。痛たた……」

 首を思いっきり振ったらボブヘアがぶんぶん揺れて、薄桃色の毛先で視界がピンクに染まった。

 危ない。ただでさえ苺みたいに赤い目を髪で攻撃したことによって出血……なんてちっとも笑えないよ!

 とりあえず! あたしはやり残したことを全部やっちゃわなきゃいけないってこと! 立ち止まってもいられないし、絶賛JKという身分を謳歌してるあたしがやりたいことと言えば、そう! 恋!

 ……なんて気軽に考えちゃうけど、あたしが幼稚園の頃から今日まで片思い中の「近所のお姉さん」は攻略難易度びっくりするくらい高いんだよなぁ……。

 近所のお姉さんこと、神月こうづき とばり。トバリさんは出会ったときから全く外見が変わらない、年齢不詳のミステリアスお姉さんだ。

 そして、あたしの告白を今日まで二万回以上……正確に言えば二五五五〇回笑顔で断り続けてきた強情お姉さんでもある。

 あたしが住む地域では聞かない訛りがあって、藤色のストレートロングといたずらに細められる若葉色の綺麗な目といったらもう! それに声は風鈴みたいに澄んでて、いっそ神々しさすら感じる。多分女神なんじゃないかな、トバリさん。あの声で名前を呼ばれると本当に……。

「穂夏? わたしの家の前で何してん? 入っとったらええのに」

「わー⁉︎ トバリさん⁈」

 振り返って僅かに腰を反らせる。十二センチ上にあるのは彫刻みたいに美しい顔。極秘に入手したトバリさんの身長は一六八センチ。

 十二センチ差はキスするのにちょうど良い身長差らしい。

 つまりあたしたちは運命に結ばれていると言っても過言ではない!

 心臓……じゃなかったね。心臓代わりの時計がガッチゴッチと不規則な秒針の音を刻む。

「なにぃ? 相変わらず元気やなぁ」

 からからと笑うトバリさんからは、新緑のような落ち着く香りが漂う。

「トバリさん、好きです」

「うん、知っとる。今日もお断りさせていただくわぁ」

 柔らかい笑みを浮かべて、あたしの横を通り過ぎたトバリさんは木製の可愛らしい扉に手をかける。解錠された音が響き、トバリさんに促されて西洋のお城を小さくしたみたいな家に足を踏み入れた。

 ずっと傍にいても、トバリさんのことはよく分からない。

 どうして和な印象を漂わせているのに、家は洋風なのか。

 どうしてあたしの告白を断り続けているのに、顔色一つ変えず傍にいてくれるのか。

 どうして好意の色を目にも頬にも宿しているのに、あたしのことを拒むのか。

 特に最近は顕著。距離感は変わらないけど、今までより触れ合ってる時間が平均で五分は短くなってる。

 扉が閉まればオートロックで施錠される音が響いて、差し出された、すっかり履き慣れた白いスリッパに足を通す。

「ねえ、トバリさん」

 木製の白い床。廊下を歩くトバリさんの細く白い腕を掴んで止める。

「今日はさ、真剣にトバリさんと話したいなって。思ってて」

「なにがぁ?」

 間延びした、いつもより冷たく感じる声に背筋が伸びる。

「あたし、この前一回死んじゃったでしょ?」

「……せやなぁ」

「それでね、やっと自覚できた。あたし、本気だよ。本気でトバリさんのことが好き」

「……」

 思い返すのはひと月前のこと。

「あたしね、トバリさんに言われたから二週間、しっかり高校生してたの」

 あたしはトバリさんに「わたしだけやなくて、同級生の子にも目を向けてみたら?」と提案されて、JK業に専念することになった。トバリさんに会う時間を減らしてクラスメイトの人たちと遊んでみたり、部活に参加してみたり。

「そのお陰で、やっぱりトバリさんといる時間が特別なんだって気づいたんだ」

 みんなと過ごす時間ももちろん楽しかったけど、でも、やっぱり何かが足りなくて。トバリさんは特別なんだって気づいて。トバリさんだから好きなんだって確証が持てた。

 二週間も頑張ったんだから、そろそろ良いでしょ〜って。トバリさん不足で高校から街中を全力疾走して、可愛らしい西洋風の家に向かっていたところ。

 ふと頭上に影ができて、見上げた先。

 降ってきたのは雨でもなく、鳥のフンでもなく。光のない目をした成人男性。

 それ以外は何も覚えてないけど、飛び降り自殺をしようとしたサラリーマンの巻き添えになってあたしも死んだらしかった。

 初めての心中がトバリさんじゃないのはものすごく嫌だったけど、でも。目覚めた病室で、きっとあたしより顔を青ざめさせていたトバリさんを見て、最低かもしれないけど嬉しかった。

 いつも飄々としてるのに、恐怖に瞳孔を収縮させて、必死に低い体温を分けようと手を繋いでいてくれた。

「あたし嬉しかったの。包帯ぐるぐる巻きでミイラみたいになってたとき、トバリさん、ずっと側にいてくれたでしょ?」

「……」

「でも、トバリさんあれからあたしのことちょっと避けてるよね。それなのに一緒にいてくれる。ねえ、トバリさ——」

「穂夏」

 ほんの少し、震えた声。

 腕を振り解かれて、向き合った体。逸れた視線。

 俯いて垂れた藤色の前髪がヴェールみたいにトバリさんの顔を隠して、トバリさんがどんな顔をしているのか、分からなかった。

「穂夏は勘違いしてんねん。ちまい頃から触れてきた近所のお姉さん。自分で言うのもあれやけど、憧れとか、友愛とか、そういうのと混合しとんやないん?」

 からりと笑ったトバリさんは、やっぱりどこか距離を感じる。

 あたしが迷惑なのかもしれないけど、それならそうと言って欲しくて。わがままなのかも、しれないけど。

「トバリさん! あたし、勘違いじゃないよ。ちゃんとトバリさんが好き。トバリさんは? トバリさんは、あたしのこと嫌い?」

「……その『好き』が恋慕だとして、穂夏はわたしとどうなりたいん? 今のままじゃご不満?」

 湖に映る三日月みたいに細められた、揺れる若葉色の両目。

 いつも通りのらりくらりとあたしの質問を誤魔化すトバリさんは、けれどいつもより焦りが混じって見えた。

「ご不満だよ! あたしはトバリさんのこと『恋人』って名義で独占したいし、お出かけじゃなくてデートとかしてみたい! カップル割とか憧れる! この前だって、初めての心中がトバリさんとじゃなくて嫌だった! もっと、ずっと、死ぬって概念すら超えてトバリさんと一緒にいたい!」

 変に緊張して背中はじんわりと汗をまとい、胸部の時計は妙に大きく不規則な音を刻んでいた。

「穂夏って昔っから恋愛脳なとこあるからなぁ。……焦ってもうてるだけなんちゃう? わたしじゃなくたって——」

「あたし知ってるもん。入院してるとき、トバリさんがあたしにキスしてくれたって」

「え?」

「瞳孔だって開いてた! ちょっと視界は霞んでたけど、トバリさん、見たことないくらい可愛くて、綺麗な顔してた! あたしが見間違うはずないよ! 夢じゃなかった。ちゃんと全身痛かったし、寒かった」

「……」

 いつも柔和な目が鋭く持ち上がって、一歩後退ったトバリさんに一歩近づく。

「ね、なんで? あたしたち、もし両思いなんだったら——」

「気づいとったん?」

「だって——」

「いつから?」

「確信を持ったのは病室でだけど——」

「はぁ〜……。なんで、気づいてまうかなぁ……」

 トバリさんはあたしの両肩に手を置いて、項垂れたまま静かにこぼし始めた。

「ほな、わたしが不老不死の化け物やって、知っとる?」

「え……」

「ふふ、知らんやろ。必死こいて体質と汚い感情と、隠しとったんに。気味悪いやろ? それに、若い見た目して穂夏のお母さん、おばあちゃんより歳いってるんよ? 死に損ないの忌み子。挙げ句の果てには怖気付いて穂夏にキスだけして。付き合うなんて考えへんの」

 寂しそうに笑うトバリさんに、沸々と、怒り……みたいなものが湧き上がってきた。

「そんなの、何の言い訳にもならないよ! それ言ったらあたしだって頑固だし、トバリさん以外の人と心中経験あるし! トバリさんがアンティークの時計好きだったから心臓代わりに時計くっついてるし! トバリさんにもらった物は専用コーナー作ってコレクションしてるし、ちょっと言い難い秘密だってあるし!」

 きょとん、と目を見開いたトバリさん。初めて見る顔だな、なんて場違いにも嬉しく思ってしまうのだから、後戻りできない。

 あたしはこの「特別な感情」を表すために恋って可愛らしいラッピングをした。

「誤魔化さないで! あたしはトバリさんにキスされて嬉しかった! 不老不死だって言うなら、あたしがもう一回死んでも生まれ変わるなり、トバリさんの脳に住み着いて離れない!」

 言いたいこと全部吐き出して、ぜえぜえと息を吐く。

 肩に乗せられたままでいたトバリさんの手を取って、顔を上げて目を合わせた。

「あ……」

「え」

 十二センチ……よりも屈んでいたから少し近くで見たトバリさんは、若葉色の綺麗な両目から、大粒の涙を流していた。

「え、え。トバリさん? あれ、そんなに嫌だった⁈ ごめん! ごめ——」

「あほ……あほのか」

 謝ろうとした途端。急に抱き寄せられて、細くも柔らかいトバリさんの腕の中に包まれる。

「とっ、トバリさん⁈」

 トバリさんからハグされるのなんて初めてで、頭の中が情報過多でパンクしそうになった。

「わたし、今まで必死に隠しとったんよ? なんで、暴いてまうかなぁ……」

 ぐりぐりと肩に額が押し当てられて、声にならない悲鳴が漏れる。

 一度、背に回された腕の力が強くなって、するりと熱が離れていった。

「……わたし、穂夏のこと死なせてあげられへん。離すこともできひん。ね、それでも『好き』って、言うてええの?」

 泣きながら、瞳孔は開いて、白い頬を赤く染めたトバリさんはひどく不器用で、綺麗で、愛おしかった。

「トバリさん。あたし、トバリさんのこと大好き。恋人って言って、独占していい?」

「……わたしも、好きや。隠せへんくらい」

 広げられた両腕。トバリさんのことを思いっきり抱きしめて、あたしの恋は二五五五二回目の告白で成就した。

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